第32話 遊園地-未知なるものへの期待-

 アメリカンな雰囲気の賑やかな音楽が流れている。

 目の前に広がっているのはヴェネチアを彷彿とさせる街並みの風景。

 左右に伸びる橋の上を、大勢の客たちが往来している。

 巨大な車輪付きのゴミ箱を押した青年が、玩具のような音を立てて道行く人々の注目を集めていた。

 これが、日本が誇る巨大テーマパーク、ワンダーリゾート。

 子供の頃に一度来たっきりの僕の記憶に残っている情景とは、全てがまるで違っていた。

「わぁ……」

 ミラは辺りをしきりに見回して、感激の声を上げていた。

「凄いです! 賑やかで、まるでお祭みたいです!」

「……綺麗な家」

 ネネも周囲に立ち並ぶ建物の美しさに圧倒されているようで、視線を持ち上げたまま動きを止めている。

 つい見ちゃう気持ちは分かる。日本の建物じゃないみたいで綺麗だもんな。

「今日は此処で遊ぶんですか?」

「ああ」

 ミラの問いかけに僕は頷きながら、持っていたマップを広げた。

 随分細かく色々書かれたマップだな。使いこなせるようになるまでに時間がかかりそうだ。

「僕も二十年前に一度来たっきりだから、何処に何があるかは正直言って分からない。あまり質問はしないでくれよ」

「櫂斗さん! あそこ、火山があります! 行ってみたいです!」

 橋の手摺りから身を乗り出して指を指すミラ。僕の話なんててんで聞いちゃいない。

 あの山は……ジェットコースターがあるエリアだな。此処から徒歩でそうかからずに行ける距離だ。

 ミラはジェットコースターは平気なのか? まあいいか、僕も特に絶叫系が苦手だというわけじゃないし、乗りたいと言い出したら乗せてやることにしよう。

「分かった。それじゃあまずはあそこに行くぞ。ネネもそれでいいな?」

「……うん」

 きゅ、とネネが僕のシャツの裾を掴んだ。

 これは、子供が親に縋る時によくやる動作だ。ひょっとしてこの人の多さにはぐれたりしないか不安になったのか?

 ネネも普段は大人ぶっているけど、まだまだ子供だ。

 まあ、この人混みの中ではぐれたら探すのは大変だからな。好きにやらせておくことにしよう。

 マップを畳んで肩に掛けている鞄にしまい、僕は火山があるエリアを目指して歩き始めた。

 ミラがその後をやや遅れて小走りで付いて来る。

「待って下さい、櫂斗さん」

 僕の隣に並んだところで、彼女は右手をこちらに向けて伸ばしてきた。

 きゅっ。

 彼女の掌が、僕の左手を握る。

 僕はびっくりして、思わずそちらを見た。

「……何だ、いきなり」

「人がたくさんいるので」

 ミラはにこりとした。

「離れ離れにならないように、こうして行きましょう」

 手を繋いで歩くって……恋人同士じゃあるまいし。

 それを見ていたネネが、掴んでいた僕のシャツを離して僕の右手を握った。

「私も、こっちの方がいい」

「……二人して引っ張るなよ。歩きづらいじゃないか」

 このシチュエーション、まるで妻と娘に寄り添われた旦那のようだ。

 時々街中で親子で手を繋いでいる姿を見かけて仲がいいなと思うことがあったけど、実際にやってみると結構歩きづらいものなんだなということが分かる。

 慕われているという部分は……まあ、嫌な気分ではないけれど。

「ふふ、何だかとっても楽しいです」

「あまり手を伸ばすなよ。他の人の迷惑になるからな」

 僕たちは横一列になって、目的地を目指して道をのんびりと進んでいった。

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