第20話 飲み会-酒はお好みで-
店の奥。四人掛け用の席が連結された大きな席に、僕たちは通された。
一人掛けの椅子に男が、ソファの方に女が座る。ソファの方が座るのが楽だろうということでこうなったのだ。
因みにミラは、僕の隣に座りたがったので椅子の席の方に座っていた。
スマホを取り出してテーブルの上に置き、鞄は備え付けの籠に入れて座席の下に置く。
早速メニューを広げると同時に、店員が熱く蒸らしたおしぼりを人数分持ってやって来た。
「飲み物から先に頼んじゃおう。皆は何頼む?」
青木の言葉に、皆が手を挙げながら次々と酒を注文していく。
「オレは生ビールで。ジョッキね」
「私はウーロンハイ」
「梅酒……がいいなぁ」
「六甲山を熱燗で!」
「安西親父くさっ」
「何よー、いいじゃない。女が熱燗頼んじゃいけないっていうの!?」
身を乗り出して抗議する安西を、小林がげらげらと笑っている。
まだ飲んでないのに元気な連中だな。
あーはいはいと青木が苦笑しながら二人を宥めた。
「まあまあ、いいじゃないか。好きなものを頼めば。……小泉は何にする?」
「……カシスオレンジで」
小泉は僕の方をちらりと見てすぐに視線をそらし、小さな声で注文を口にした。
……何だ? 今の意味ありげな視線は。
「はい、カシスオレンジね。俺は小林と同じ生ビールをジョッキで。三好は何にする?」
「そうだなぁ……」
僕はメニューを見つめた。
色々並んでいるとついあれこれ頼みたくなるのが性だが、最初はスタンダードにいつもと同じビールでいいだろう。
「僕もビールにするよ。ジョッキで」
「了解。男は三人共生ビールをジョッキで。神楽がウーロンハイ、横山が梅酒、安西が熱燗、小泉がカシスオレンジ。と……」
青木の目がミラへと向いた。
「ミラちゃんは? 何がいい?」
「っていうか、彼女日本語読めるの? メニュー分からないんじゃない?」
小林の疑問に、ミラはぱっと顔を上げて笑顔で答えた。
「言葉でしたら大丈夫です。エンケラドスの人間は、言語翻訳能力がありますから。書くことも、読むことも問題ありません」
へぇ、日本語堪能な理由をどう繕うかと思ってたけど、そういう理由で来るのね。
彼女が日本語堪能な本当の理由は分からないが、日本語が読めるというのは助かる。何かあった時書き置きして伝えることができるからな。
エンケラドス、のくだりに小林は首を傾げていたが、取るに足らない疑問だったようで、へぇそうと相槌を打った。
「頭いいんだねぇ。美人で頭良くってスタイルも抜群って、パーフェクト超人じゃん。三好が羨ましいぜ」
「何でそこで僕の名前が出てくるんだよ」
「今までお前ばっかり彼女を独り占めしていい思いしてたのが妬ましいってこと! アニオタのくせに生意気だ」
「……お前のその発言は全国にいる二次元愛好家を敵に回したぞ。下に見てるといつか痛い思いをするからな」
「別に構わないし? オレは現実を愛してるから」
「はは、ヒートアップしてるなぁ」
僕と小林の遣り取りを、青木は笑いながら横に流した。
肘をついてミラが見ているメニューを覗き込み、尋ねる。
「それとも、お酒は飲めなかったかな?」
「お酒は飲めます! 晩餐会の時に、よくワインを嗜んでいたので!」
大丈夫です、と彼女は言った。
「でも……此処にあるのは見たこともない飲み物ばかりなので。何を選べばいいのか、分からなくて……」
「三好。お前が選んでやったらどうだ? 当たり障りのなさそうなやつ」
「……当たり障りのないやつ、ねぇ」
僕はメニューを覗き込んで、眉間に皺を寄せた。
ワインは飲める……とミラは言っていたが、それが酒に強いということに繋がるわけではない。下手に癖のあるものを選ぶよりは、初心者でも飲める口当たりの良いものを選んでやった方が良いだろう。
そうだな。小泉も頼んでたけど、カシスオレンジなんかは口当たりが良いからミラでも味を楽しむことができるだろう。
「……カシスオレンジはどうだ? ジュースみたいに甘い酒だから、日本の酒に慣れてなくても飲むことはできると思うぞ」
これ、とメニューを指差してやると、ミラは嬉しそうに顔を輝かせて頷いた。
「櫂斗さんが選んで下さったものですから、それにします!」
「はい、カシスオレンジ追加ね。……それじゃあ店員さん、今ので注文お願いします」
青木が傍らの店員にそう告げると、店員は手にした機械に注文内容を入力し、少々お待ち下さいと言い残して去っていった。
それから幾分もせずに、注文した酒が運ばれてきた。わかめのおひたしが入った小鉢付きだ。
「それじゃあ、いつも仕事お疲れ様。今日は気兼ねなく飲んで楽しもう」
ジョッキを前に突き出して、青木が挨拶を述べ始める。
皆もそれに習って、各々の酒が入ったグラス(安西はお猪口だけど)を前に掲げた。
「乾杯!」
『乾杯~!』
かつん、とグラスが合わさる。
そんな感じで、飲み会は和気藹々とした雰囲気の中始まりを告げた。
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