第18話 飲み会の誘い

「……へ?」

 平日の昼下がり。休憩時間を終えてデスクに戻ってきた僕を、青木が来い来いと手招きをしながら呼んだ。

「飲み会?」

「そ。女子社員たちの間でそういう話が持ち上がってるんだよ。たまには交流会をして親睦を深めようってね」

 青木は誰とでも分け隔てなく接する。彼が女子社員たちからそういう話を聞いてくるのは別段不思議なことでも何でもない。

「次の土曜日。次の日日曜だから遠慮なく酔い潰れられるだろ? 少人数での飲み会だけど、どうかなって」

「女たちの目当てはどうせ青木だろ。あんた、女たちの間じゃえらい人気だからな」

「さあ、違うんじゃないかな? 三好と小林も是非呼んでくれって言ってたし。普通に酒を楽しみたいんだと思うよ、俺は」

 どう考えても僕たちは青木の引き立て役のような気がしてならないのだが。

 まあ、いいか。女たちの考えることを勘ぐったところで明確な答えが得られるわけではない。

 デスクのパソコンを起動しながら、僕は尋ねた。

「僕は別に参加するのは構わないけど……誰が来るんだ? その飲み会」

「男は俺と三好と小林。女子は神楽と横山と安西と……後は小泉」

 小泉も?

 あいつは会社では基本的に大人しい奴だし、そういう集まりにはあまり参加しないもんだと思ってた。

 僕は小泉の席にちらりと目を向けた。

 小泉は欠伸を噛み殺しながら、目の前のパソコンを見つめてキーボードをカタカタと叩いている。

「それでさ……俺からひとつ提案があるんだけど」

 青木は椅子の位置をずらして僕との距離を詰めてくると、声のトーンを少し落として言葉を続けた。

「お前のところにいる……ミラちゃん。彼女も誘ってくれないか? 噂のがどんな人なのか、是非とも会ってみたいんだよ」

「……あいつを?」

 それはまた唐突な話である。

 ミラは人前に出ることに対しては特に抵抗感を持っていない。僕が来いと言えば二つ返事で頷くだろうが……

 彼女が成人しているかどうかは分からない。未成年かもしれない人間を酒の席に誘うのは如何なものなのか。

 僕が眉間に皺を寄せて考えていると、青木が目の前で手を合わせてどうか頼むと頼み込んできた。

 ……まあ……いいか。未成年だったら酒を飲ませなければ済む話だし。

「分かった……帰ったら、あいつに話してみる」

「宜しくな!」

 そんなにミラに会えることが嬉しいのか。青木は期待の眼差しで僕を見つめていた。

「因みに、何処で飲むつもりなんだ?」

「この前俺たちが行った駅前の居酒屋。あそこの話をしたら女子たちが行ってみたいって言うから」

「ああ、あそこな。あそこは雰囲気いいし料理も美味いよな」

「席の予約もできるらしいし、事前に取っておこうと思ってるよ」

「その辺のことはあんたに任せたよ」

 僕は会話をそこそこに切り上げて、立ち上がったパソコンの画面に意識を向けた。

 さて……ミラは飲み会の誘い話に対して何と言うだろうか。


「飲み会……とは、何ですか?」

 まずそこからなのか。

 呆れるほどに日本の常識を知らないミラは、僕の話に対して真っ先に疑問をぶつけてきた。

 これはエンケラドス星人を名乗るが故のわざとの振る舞いなのか、それとも天然なのか、時々分からなくなる。

 どうすれば分かりやすいだろうか……僕は頭の中で必死に言葉を選んで、言い直した。

「晩餐会みたいなもんだよ。食事して酒を飲む集まりだ」

「晩餐会でしたらお城にいた頃にやったことがあります! 貴族の方たちをお招きして、お食事を楽しんだものです!」

 厳密に言うと晩餐会と飲み会は全くの別物なのだが、今はとりあえずニュアンスが通じればそれでいい。

「会社の同僚が、お前に会いたいって言ってるんだよ。無理に来いと言うつもりはないけど、来るか?」

「櫂斗さんからのお誘いですもの、断るわけがないではありませんか」

 ミラは迷いのない目をしてきっぱりと言った。

「私、行きます」

「分かった。それじゃああんたも参加するって青木に言っとくからな」

 会社の同僚の集まりに、ミラを連れて行く。

 何とも奇妙な飲み会になったものだ。

 ……ま、青木たちは悪い奴じゃないし、ミラも電波ではあるけど性格の方にまで問題があるわけじゃないから、上手いこと仲良くやってくれるだろう。

 たまには僕も、純粋に酒の席を楽しむとするか。

 次の土曜が来るのを楽しみにしつつ、僕は目の前に置かれている味噌汁入りの器に手を伸ばしたのだった。

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