第8話 買い物
「わぁ……人がたくさんいますね。城下町を思い出します」
「まあ、人気の店だからな。客はいっぱいいるだろうさ」
店内に溢れる人々を見て興奮するミラに、僕は肩を竦めながら答えた。
休日。僕はミラを連れて、駅前にあるミニクロに訪れていた。
此処なら基本的な服は全部揃うし、値段も手頃だからな。安月給のサラリーマンには有難い店だ。
此処で手に入らないのは、あの規格外の大きさを誇る女の象徴を受け止めることのできる下着くらいだろうが……それは後で専門店に足を運んでミラに選んでもらうことにしよう。
「此処で買い物をするのですか?」
「そうだ。此処であんたが着る替えの服を買う。ちゃんとサイズが合ってて着られるやつを選んでくれよ」
脇を通り過ぎる客たちの視線がちらちらとミラに注がれている。
皆がミラを見る気持ちは分からないでもない。こんな美人がいたら、誰だって興味を惹かれるだろうな。僕だって見てしまうかもしれない。
しかし、注目を浴びる方としては落ち着かない。
僕はミラに売り場に行くぞと声を掛けて、人の波を掻き分けるようにして店の中を進んでいった。
やって来たのは、婦人服売り場。
流石種類の豊富なミニクロだ。目移りするほどに色々な服が棚に並んでいる。
好きな服を選べとミラに言うと、彼女はしばし棚を物色した後に、灰色のスウェットを選んでいた。
そんなもろに部屋着と分かるような服を選ばなくたって、此処にはそれなりに可愛い見栄えの服もたくさんあるのに。
僕がそう言うと、僕が部屋にいる時にいつもこういう格好をしているから真似をして選んだのだと彼女は答えた。
まあ……彼女がこれがいいと言うのなら、それを咎めるつもりは僕にはないけど。
しかし問題は、サイズだ。きつくて入らないなんてことになったら買った意味がない。
特に彼女は……おっぱいがでかいし。
「試着してみるか?」
僕の言葉に、ミラは小首を傾げた。
「試着とは何ですか?」
おいおい、無知にも程があるっての。
「試しに着てみるってことだよ。せっかく買ったのに大きかったり小さかったりしたら買った意味がないからな」
「着ていいのですか?」
「いいんだよ。服を買う時は皆そうしてるんだから」
「はい」
ミラはスウェットを棚に置いて、着ているワンピースの裾をがばっと持ち上げた。
おいおいおいおい、ちょっと待て!
「こらっ、公衆の面前で着替える奴があるか!」
僕は慌てて彼女のスカートを引っ張った。
後少し僕が引き止めるのが遅かったら、彼女はパンツ丸出しの状態になっていたことだろう。
彼女はどうも羞恥心が薄いところがあるみたいだが……付き合わされている僕の身にもなってくれ。
ああ、周囲の客がこっちを見ている。
僕はミラが棚に置いたスウェットを引っ掴むと、彼女の背を押して試着室に行き、その中にスウェット共々彼女を押し込んだのだった。
「櫂斗さん。どれが良いのでしょう?」
「自分のサイズを店員に測ってもらえ。それで自分に合ったサイズのやつを選べ。僕に訊くな」
僕は落ち着きなく辺りに視線を彷徨わせていた。
そんな僕の顔を覗き込むように、両手に色鮮やかな女物の下着を持って尋ねてくるミラ。
ミニクロで無事に買い物を済ませた僕たちは、ミラが着る替えの下着を買うために女性下着の専門店に来ていた。
どうやら此処は若者向けの下着を専門に扱っている店らしく、店頭に並んでいる下着は普通のデパートで売られているようなものよりも可愛らしいデザインのものが多かった。
それは別にいいのだが、何で僕がミラの下着選びに付き合わなければならんのだ。
僕はミラだけを店に入れて外で待ってるつもりだったってのに。
ああ、店員が何か変わったものを見るような目で僕を見ている。
アニメショップで女の子のフィギュアを買う時だってそんな目で見られたことはないってのに。
まるで公開処刑をされている気分だ。畜生。
「これ、可愛い」
「自分のサイズを測ってからにしろって言ってるだろ」
ピンクの花柄のブラジャーを見ながら目を輝かせるミラを嗜めて、店員を呼ぶ。
全く……これくらいのことは自分でやってくれよって言いたくなる。
やって来た店員にミラのバストサイズを測ってくれるように頼んで、僕は彼女たちに背を向けた。
何となく目に飛び込んできたブラジャーに付いていた値札の価格を見て、溜め息をつく。
女物の下着って、何気に結構するんだな……安いフィギュアが一個買える値段だよ。
今日は財布に結構入れてきたつもりではあるが、計画的に買わないとあっという間に底をついてしまいそうだ。
しばらくの間は仕事帰りのビールは控えた方がいいな。
などと考えながら待つことしばし。
店員にしっかりとサイズを測ってもらったらしいミラが、弾んだ声で僕を呼んだ。
「櫂斗さん! 私、これにします! お花がいっぱいで綺麗です!」
呼ばれてしまったので仕方なしに振り向くと、そこには赤い薔薇の花が描かれた白地のブラジャーとパンツを持って嬉しそうにしている彼女がいた。
うん……似合ってるんじゃないか? それなりに。
因みに僕は、青と白の縞々の柄のパンツが好きだ。あの柄は可愛い娘によく似合うと思う。
短いスカートが風に靡いてちらりと見えるシチュエーションとか、堪らないね。
って、何を言ってるんだろう僕は。今は僕の嗜好なんてどうでもいいじゃないか。
「ひとつじゃ足りないだろ。三つくらい選んどけ。洗濯して乾かなかったら着る分がなくなるからな」
「良いのですか?」
「いいって。僕だって替えは多めに持ってるんだから……あんただって着るものがないと困るだろ」
「ありがとうございます!」
どれにしよう、とわくわく顔で陳列棚の下着に目を向けるミラの横で、店員が笑いながら彼女に言った。
「優しい彼氏さんですね」
彼氏だって? 僕が?
冗談じゃない。こんなのの彼氏なんて御免だ。
僕はがしがしと頭を掻いて、ミラが下着を選び終えるまで床を見つめながら過ごしたのだった。
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