群青

しい

第1話 プロローグ


 扉を開け放つと、真っ先に青い空が目に入る。青い青い、絵の具を垂らしたような空。所々に、千切った綿のような雲が浮かんでいる。その真ん中、雲を真っ二つにするように、空を区切っていくように、飛行機が飛んでいく。すいすいと華麗に飛ぶ姿は、水の中を泳ぐ魚のようだった。遠く、ぼんやりとした、しかし力強い、プロペラの音が鼓膜を震わせる。

 発動機の音を運んで来た、凛とした初夏の風が、頬を撫ぜた。気持ち良さそうに飛んでいる飛行機に目を細めながら、少しなびいた髪を耳にかける。

 大きく息を吸って、吐いて。悠々と飛ぶ飛行機の下、そうやって空を見上げていたが、一度短く瞬きをして、それから一歩、足を踏み出す。芝生が僅かに音を立て、靴の下で少しだけ潰れた。

 芝生の多い敷地の中で、平らに均されている茶色い地面を横切って、バラックの小さな建物の前を通り過ぎ、工場の方へと歩いていく。開いたままになっているシャッターから、中を覗いた。

「すいませーん、沢村さん居ませんか?」

 事務所を出て行く時に確認した黒板には、彼はこの工場にいると書かれていた。というか、ここから一本電話連絡があって、その後の行方が知れないというのが実情。課長がイライラと沢村さんを呼んでいたから、早く連れ戻さないと。

「沢村ぁ?  さっき電話してたろ」

 工場の中から、壮年男性が顔を出して、大声で答える。

「そうなんです!  電話が来た後、帰ってこなくて!」

 少し離れた所で手が離せないらしい素振りが伺えるので、大声で端的に尋ねた。手が離せないと言うことは、あまり時間も取らせられ無いし、また、作業が溶接などの場合、近寄ると逆に迷惑になる事がある。一応、短いながらも今までの経験を踏まえての選択だった。

「あぁ?  あ、そう言えば、試験飛行の進捗を聞いてから帰るって言ってたような」

 その返事を聞いて、大きく溜息を吐いた。呆れ半分、尊敬半分のそれに、向こうの男性は大きく笑う。

「まぁ諦めな、岬ちゃん!  沢村は仕方ねぇわ。あいつのあれは、もう病気だからな」

 確かに何度注意されても治らないし、改める気配もない。だとすれば、もう病気の一種だと割り切ってしまうのが良いかもしれない。

 それか、空の神様に魅了されてしまったのだ。彼は、空に憧れて、空を愛してる。そして、飛行機を愛してるのだ。飛行機で、空を飛ぶ事を何よりも、愛している。

「ありがとうございました、お手数お掛けしました!」

 ぺこりと頭を下げて、くるりと踵を返す。進捗具合を聞きに行く、と言っていたようだが、もし仮に、今日もまた性懲りも無く飛んでいるとすれば、今頃きっと空の上だ。

「もう……沢村さんったら」

 一人ぶつぶつと文句を垂れながら、先程横切ってきた、試験飛行場の方へと歩き出す。

空の上ではまだ、飛行機が気持ち良さそうに空を飛んでいた。

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