春を運ぶ風

カゲトモ

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 頬に当たる風が柔らかくて気持ちが良い。こんな風に春を感じさせる風は大好きだ。アレルギーのある人にとっては恐怖かも知れないけれど。

 マフラーを巻いて来なくて大正解。首元に心地よい風を感じながら歩いていると、ふわりと艶やかな髪が目の前で膨らんだ。少し困ったように片手で髪を押さえた人物と目が合うと、彼女はにっこりと微笑んでくれた。

「スカイさん、こんにちは」

「こんにちは」

 若いのに今どき珍しく深々と頭を下げて挨拶をしてくれたのは、和菓子屋の桃子ちゃんだ。桃と書いて“とう”と読むのはなんだかとても可愛らしくて、よく覚えている。

「今日は学校休み?」

 制服ではなく、薄手のコートを羽織って何処かへ出掛けようとしているように見える。ド平日の昼間に女子高生がふらついているなんて。まさか桃子ちゃんに限ってサボりなんてことはないだろうけど。

 彼女は表情を変えずにあっさりと答えた。

「二月は登校日がほとんどないんです」

 あぁ、なるほど。

「そっか、高校三年生だもんね」

「はい。三月の一日が卒業式です」

「そっかぁ、おめでとう」

「ありがとうございます」

 柔らかく穏やかに微笑む姿は、ザ・大和撫子って感じだ。白い肌に桃色の頬、紅い唇に黒い髪。和菓子屋の娘さんってこともあって厳しく育てられたんだと思うが、ひとつひとつの所作も綺麗だ。そしてなにより優しいし。昔ながらの日本美人な上、品行方正とはモテない訳はないってくらいの女の子だ。

「桃子ちゃんは卒業したら進学するの?」

 確か桃子ちゃんは頭が良いってことでも有名だったはず。美人で性格も良くて頭もいいって悪いところが全然浮かばない。実は家では凄いずぼらだったりするんだろうか? なんて、それでもプラマイゼロにならないけど。

「進学します。専門学校ですけれど」

「へぇ、専門なんだ。やっぱり和菓子?」

「いえ」

 そう言ってから「ふふ」と口元へ手をやって首をすくめてみせる。そうして楽しそうな声で続けた言葉に俺は驚きを隠せなかった。

「洋菓子の専門学校です」

「洋菓子っ!?」

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