第160話 大地の咆哮

 「んん?」


 「おい、戦闘中だぞ! 何をボケッと突っ立ってやがる!」


 北区の門近くで、革命軍と交戦中だった一人の騎士が空を見上げていた。


 「今、遠くで空が光らなかったか?」


 「はぁ? 光りだぁ?」


 この二人と同じやり取りが、革命軍側でもなされていた。


 「今の光、見た?」


 朝倉 葉子あさくら ようこがジェヌインの仲間に訊ねる。


 「? 銃火器の光ならそこら中であふれていますが」


 「違うわ。銃や大砲の光じゃない。遠くの南西の空が一瞬光ったのよ」


 「いいえ、確認していません。まさか、またドロップスカイの最新兵器でしょうか?」


 「わからない。今はとにかく用心して――」


 ゴオォォオオオォ!!!!


 突然、大地が唸り声を上げた。

 大型船舶の汽笛に似た音で、それが耳の鼓膜を破りかねないほど大音量に鳴り響いていた。革命軍も騎士団も街の人々も、堪らず耳を塞ぐ。

 音だけではない。地面が大きく左右に揺れ動く。

 その揺れに耐え切れず周辺の家屋が崩れ、人も倒れる。


 オォオオォォオオオウウゥゥゥゥンンン…………。


 10秒にも満たない時間だった。

 重低音はフェードアウトしていき、揺れもそれに伴って鎮まる。

 朝倉は転倒した仲間を引っ張り起こした後、神妙な面持ちで呟いた。

 

 「治まった……今の音と揺れは何だったの?」



 *



 場面は再びメシュと幼女が戦っていた場所に戻る。


 メシュが最後に放った攻撃により広範囲に土煙が高く舞っていた。

 渓谷地帯には山さえ丸々飲み込んでしまえる巨大な穴が穿たれており、渓谷に流れていた川が滝となってその穴の深淵に落ちていっている。


 「……よし……よし。なんとか鎮まったか。此奴め、やんちゃしおってからに、危うく目覚めるところだったではないか」


 大穴の上空に、あの幼女がいた。

 当たり前の様に宙に浮いて、今までの幼い口調とは異なる話し方をしている。


 「加えて、今のはなかなか痛かったぞ。【メギドの火】。あの“魔天戦争”を終結させた極大神性魔法とは聞き及んでいたが、これほどだったとは」


 片手を伸ばしながら言う幼女。

 伸ばす手の先にはグッタリと脱力したメシュがいた。幼女がメシュの頭を掴んでいたのだ。

 そんな幼女の肉体はあちこちの部位が半透明になっていた。これは彼女自身も決して小さくないダメージを受けた証拠だった。


 「流石は太陽の名を持つ男と言ったところか。さて、記憶には再び封印を施した。この男を主の元へ返してやるとしよう」


 幼女の手からメシュが霧になって消えた。



 フィラディルフィアのアルーラ城付近では、ジェニーが血眼になってメシュを探していた。表情にこそ出ていないが、気持ちは相当焦っていた。

 そのジェニーの前に、突然メシュが道の真ん中に横たわった状態で現れる。


 「……!! 怪我してる!」


 上半身に酷い火傷を負ったメシュの手を取ると、ジェニーは『瞬間移動テレポート』の魔法石でアルカトラズの病院へ向かうのだった。



 *



 「ふぅ……制圧完了だ」


 アルーラ城のとある場所で、芝居がかった動きで腰に両手を当てる西洋甲冑を着た男がいた。

 その男の足元には数人の騎士の死体となって転がっている。


 「今の音と揺れは地震によるものだったのかな? この世界に来て14年になるけど、初めての経験だよ。おかげで騎士たちがパニックになって予定よりも楽に処理できた」


 言いながら男は死体を跨いで奥へと進んで行く。

 その先には金属製の大きな両開き扉があった。扉には南京錠がつけられている。

 男は魔法石産ではない『道具収納アイテムボックス』からダイナマイトを取り出すと、それに火を点けて扉の前へ投げた。

 ダイナマイトがカギ代わりとなり、扉が吹き飛ぶ形で開錠される。


 「平時にこんな音が鳴れば騎士の方々がおっとり刀で駆けつけてくるところだけど、今は皆それどころじゃないからね」


 男はカシャカシャと鎧の擦れる音を鳴らしながら、その空間へと足を踏み入れた。空間を見渡すと、男の口から「おお」という感嘆の声が漏れる。


 「騎士団に忍び込ませたスパイから、アルーラ城の地下へと続く道がいくつかあることは聴いていた。中でもこの道は厳重に警備されていて調査はできなかったと。なるほど、実際に見て確信した。ここには何かがある。……アナタもそう思うでしょう?」


 男が最後にそう言うと、先程爆破された扉の影から大男がぬっと出てきた。

 大男は体を赤い鎧で覆っていたが、顔には防具を装備しておらず、その強面が露わになっていた。

 

 大男はオルガだった。


 西洋甲冑の男が、オルガを前にその甲冑を次々脱ぎ捨て始めて自身の正体を明かしていく。


 白いワイシャツ、ベージュのチノパン、肩口まで伸びた金髪。

 ドラゴンの炎に焼かれて息絶えたはずの千頭がそこにいた。


 「途中まで気づきませんでしたよ。いつから僕を尾行していたんですか?」


 「革命軍が北区へ侵入して、それを騎士団が追って『瞬間移動』した時だ。混じって、火事になっている森から『瞬間移動』する光を見つけた」


 「ということは、初めから僕が死んでないとわかっていたわけですか」


 「ああ。車にあった焼死体がお前さんでないことは背丈の違いからすぐにわかったからな。ドラゴンの炎については、予め『土魔法』で用意しておいた地下空間に『道具収納』で移動して逃れたというところか」


 「正解ですよ。この革命の間だけでも誤魔化せればと思って死体役に拘らなかったのは失敗でしたかね」


 やれやれと肩を竦める千頭の態度に、オルガは眉間にしわを作った。


 「人を燃やしておきながら。お前さんにはその程度の感想しか浮かばないのか」


 「勘違いしないでくださいよ。僕の身代わりになった人物はそもそも既に殺されています。この前のバミューダでの戦闘時、草薙 知世の手によってね」


 「バミューダの戦闘……あの時の老人か」


 オルガは海辺で知世と老人が一騎打ちした場面を思い出した。

 しかし、オルガはそれでも納得できなかった。


 「例え既に命を落としていたとしてもだ。遺体を作戦に利用するなど故人を侮辱している」


 「いえいえ、侮辱も何も使ってくれと言ったのは、その人自身が望んだことですからね。『もし私が死んだら、好きなように使ってくれていい』と。僕はその通りにしただけです」


 「…………」


 本人たっての希望だった。

 だからと言って、実際にそれを行えてしまえるのは全くの別問題だ。

 オルガには千頭の抱いている感情が視えなかった。


 「革命に加担し人を殺し、果ては仲間を燃やし、そこまでしてこの場所に来たかったのか?」


 「ええ、僕はここを何年も前から調査したかった」


 オルガに背を向けると、空間を囲うかのように両腕を広げた。


 「元の世界へ帰る方法を見つけるべく、この14年間、僕たちは魔人の領域以外の場所、人間界を回り尽くしてきた。ただ一つ、このアルーラ城の閉ざされた地下を除いてね」


 千頭の前には異世界が広がっていた。

 白い壁、白い天井、白い床。広い空間が、壁に一直線状に設置された照明によって満遍なく照らされていた。

 その空間が斜め下に向かって延々と続いている。


 オルガはこの内装に見覚えがあった。


 「ドロップスカイ。僕らがいた世界をも上回る技術がどこからもたらされたのか。それがここだったというわけですよ」


 「……ここに、元の世界へ続く道があると?」


 「さあ? それはこれから調べます」


 「もしこの場所にも答えがなかったら、お前さんはどうするつもりだ?」


 「……さっきの地震、すごかったですよね」


 千頭がつま先で白い床をコンコンと叩いた。


 「地震が起きたということは、この世界にも地球と同様にプレートが存在している可能性があります。もしそうならこの世界も地球と同じ惑星であり、重力が地球と等しいことから地表面積も地球と同じ大きさであると推察できる」


 「何が言いたい?」


 「前人未踏の地、魔人が住む大地より先には未知の領域がまだまだ存在するかもしれないということです」


 それは、魔人の領域へ侵入するという宣言に等しかった。

 オルガは爪の指が食い込むほど拳を強く固めた。


 「この25年間、魔人から襲われたという話はない。だが、復讐のために魔人の地へ赴いた人間は全員戻ってこなかった! 行けば殺される! 自殺行為だ!」


 「危険は承知の上です。僕らは往きますよ」


 「往かせん!」


 千頭は14年間、物を盗み、人を攫ってきた。

 今回の革命で、ついに人の命までも奪い。

 そして次は己の命を捨てようとしている。

 

 止めなくては。今ここで。千頭の暴走を。


 オルガは強く思い、千頭を穴が空くほど見る。


 「……本当に、小樽さんの考えはわかりませんよ。アナタを殺そうとした男を何故構うんですか?」


 「決めたからだ。関わった人々すべてを、俺は守ると」


 「…………」


 千頭は黙ったまま空間の奥へと歩いていく。

 歩く先には四方が鉄製の手すりで囲われた縦横10mの大きな斜行エレベーターがあった。斜め下に延々と続く空間を移動するための設備だ。


 千頭はコンソールらしき物の前に立つと、その画面をタッチした。


 『下へ参ります。移動中の転落防止のため、手すりに掴まってください』


 コンソールから機械音声が鳴ったかと思えば、エレベーターがガコンッと動き出して下へと向かい始めた。


 千頭はオルガの方を向き直る。

 エレベーターに置いてかれたオルガとの距離はどんどん離れていっていた。


 「僕らはここまで来てしまった。もう止まれないんですよ。最期まで駆け抜けるしかないんです」


 「……いいや」


 オルガが走って、飛んだ。

 エレベーターの上に着地し、千頭に追いつく。


 「止めてみせる」


 地下深くへと降りていく斜行エレベーターの上で、千頭とオルガが構えた。

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