第153話 それの名は

 特撮なんかでよく見かけた怪獣が口から放つビーム光線。

 平原で戦っていた転生者組みはドラゴンの息吹を目の当たりにして、それを思い出していた。

 それほどまでに、その炎は超高圧で吐き出されていた。

 距離にして1500m。炎は森を横断するように駆け抜け、木々だけでなく潜伏していた砲兵隊をも焼いた。

 森一帯が瞬く間に火の海となった。


 騎士たちも、反逆者たちも、ジェヌインの面々たちも、戦いの手を止める。

 誰しもが、その存在に目を奪われた。


 赤黒いドラゴン。


 異世界ウォールガイヤに存在するモンスターの中でも最強のモンスターとされており、レベルはが確認されている。


 その最強のモンスターが、悠然と前に倒した首を地面と垂直に戻す。

 足から頭までの高さは10階建てのビルと同じくらいあり、その高さがさらに人々を戦慄させる。

 本能が訴えてくる。

 自分より大きい相手には勝てないと。踏み潰されて終わるだけだと。


 戦場は凍り付いたように静まり返る。目立てば殺されるかもしれないと、全員身じろぎ一つできなかった。


 「「――ッ!」」


 突如現れたドラゴンに、渡辺とディックも動揺していた。


 光学兵器であるAUWたちが空を舞う先で、現代兵器である戦闘機が空を切り裂く先で、ファンタジーを代表する存在であるドラゴンが君臨している。

 二人もドラゴンの圧倒的存在感に目が釘付けになりかけるが、AUWに対する集中力を欠くわけにはいかない。

 向こうは機械だ。ドラゴンが現れようが与えられた命令を坦々と実行するため、わずかな隙が命取りになる。

 渡辺とディックは一呼吸の間を挟んだ後、再びAUWたちへの意識を高めた。



 ドラゴンは顔を横に向け、鋭く光る双眸で戦場の人間たちを見渡した。すると、両翼を広げて、激しい突風を吹かせながら地上を飛び立ち始めた。


 ドラゴンとなったチョフリスキーは上空から反逆者たちを根絶やしにしようとしているのか。

 事情を知っている者であればそう考える場面かもしれないが、実際は違う。

 ドラゴンはそのまま遠くの、西の方へと飛び去ってしまったのだ。


 実はチョフリスキーの意識は既にこの世から失われていた。

 これが『変身メタモルフォシス』のリスクだった。

 『変身』は対象となる生物の組織液をわずかにでも摂取すれば、どんなものにでも姿を変えられ、その能力もオリジナルと遜色なく引き出すことができる。

 だが、身の丈に合わない変身。つまり、自分よりも遥かに強力な存在への『変身』は、自らの消失を招く。

 自我がその生物の本能に取り込まれてしまうのだ。

 チョフリスキーはそれを承知の上で、千頭という巨悪から国を守るため身命を投げ打ち、炎の息吹を放ったのである。



 『ザー……こちらローレンス。これより指揮は私が執ります』


 ジェヌインおよび反逆者の一部の面々が所有している無線が告げた。

 全員が疑問に思う。何故ここで指揮権が千頭からローレンスへ?

 その疑問から、何人かはある答えに辿り着く。


 今のドラゴンの炎で千頭が命を落としてしまったのではと。


 「りょおおお!!!」


 その答えに行き着いた一人。オルガは魔法石の『瞬間移動』で火の森へと移動した。


 「亮! どこだ亮!」


 燃え盛る炎の中、オルガは必死に千頭を呼んだ。

 叫ぶたびに、灼熱の炎が喉を焦がそうとするが構わない。オルガは何度も力の限り声を張り上げた。

 だが、聞こえてくるのは木が焼け崩れる音ばかりだった。


 「頼む返事をしてくれ! りょ――!!!」


 何度も連続で叫んでいたオルガの口が、それを見つけたことで閉ざされた。

 オルガの前で火だるまになっているセダンの自動車があった。エンジンルームやトランク、到る所から火柱が立ち昇っている。


 この異世界でセダンの車を持っている人間は千頭しかいない。

 オルガは恐る恐る、運転席へと目の焦点を合わせた。

 そこには火に包まれた人間が座っていた。

 服も髪も、顔の皮膚も焼かれて炭化が進んでおり、見るに堪えない。


 オルガは目を背けて、呟く。


 「亮……お前はそこまで……」


 オルガの両手の拳が深く握り締められた。



 *



 渡辺とディックは尚もAUWと戦い続けていた。


 二人が無線を持っていなかったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。

 おかげで、千頭の生死を気にかけずに戦闘に集中できた。


 初めは200以上いたAUWも残すところ数機。

 障壁上で続いていたこの戦いも、ついに終わりを迎える。


 「フィナーレだ!」

 「うおおおぉ!!!」


 渡辺とディックがこれで最後だとばかりに、さらにスピードを上げてAUWへと飛び掛り拳をぶつけた。


 残っていた数機のAUWがほぼ同時に砕け散り、スクラップと化して障壁の上に墜落する。


 「へ……へへ……やって……やったぜ」


 肩で息をするディック。


 「ハァ……ハァ……グ……」


 そのすぐ近くで渡辺が膝を着いた。


 「渡辺! 大丈夫か!?」


 「し、視界が……灰色に……」


 「グレイアウトか?!」


 渡辺は失神する寸前だった。

 時速1000kmでの急加速が体の血流に大きな負荷をかけていたのだ。


 「そうかお前、これだけ長く高速移動し続けるのは初めてなんだったな。慣れてねーんじゃ当たり前だ。しばらく休んで血流を整えるのを意識しろ。そうすりゃあ良くなる」


 「や、休んでいられるかよ。早く、ミカを病院に連れて行かねぇと!」


 体をグラグラとふらつかせながらも足に力を入れて立ち上がると、目を閉じて横たわったままのミカへと駆け寄った。


 「ったく、オメェってやつは呆れるぐらい前しか向いてねーな。安心しろよ、助っ人をならもう呼んでる」


 「え?」


 渡辺とミカのそばに、『瞬間移動テレポート』の光が落ちた。


 「ミカのことは私に任せな」


 「エマ!」


 『瞬間移動』で現れたのはエマだった。


 「俺が『精神感応テレパシー』であらかじめ頼んでおいたんだ。敵を全滅させて安全が確認できたらすぐこっちに来てもらうようにな。エマ、ミカをよろしく頼むぜ。俺の命の恩人を必ず救え」


 「当然」


 エマが小さな身体で、自分よりも背の高いミカを優しく抱きかかえる。

 その際に、エマは一人小さく呟いた。


 「よく頑張ったな。同じパートナーの身として、あんたを尊敬するよ」


 遠くからずっとミカの奮闘ぶりを見ていた。

 戦いには縁遠い村娘が、死の間際になっても決して勝つことを諦めなかった。

 ミカがアルーラ城から脱出する際に語ったマリンを助けたいという気持ち。あれがどれほど強い願いだったのか。エマはその気持ちを汲み取る。

 だから言う。


 「おい、渡辺」


 呼ばれて、渡辺はミカからエマに視線を移す。


 「ミカがここまで頑張ったんだ。あんたも必ず有言実行しなよ」


 「……ああ。言われるまでも無い」


 エマは静かに微笑むと、ミカと共に『瞬間移動』でアルカトラズの方へと飛んで行った。



 「よし、ディック。俺たちもさっさとこいつを消して進むぞ」


 渡辺が踵で障壁を叩き、ディックに障壁の解除を促す。


 「……それなんだがな……無理だ」


 「な! 何でだよ! 障壁の色が薄くなってるってことは、中にいる連中が魔法陣を破壊してくれたんだろ?! 障壁の厄介な再生力はもうない! だったら――!」


 ディックが魔法石の『道具収納アイテムボックス』を使う。

 すると、そばに黒い穴ができるのだが、それも一瞬の間ですぐに消えてしまう。


 「と、こんな感じで、障壁の近くでは細かい魔法が上手く扱えない。魔力をぶっ放すだけの攻撃魔法とか、『瞬間移動』みてーな座標指定するだけの単純な魔法ならともかく、穴を作る位置、引き出す対象物の指定、引き出す速度、いろいろ繊細な操作が必要になる『道具収納』みたいな魔法は難しい。イメージとしては足に1トンの重りを付けて逆立ちしようとしてる感覚だな」


 「……そうか、初めはミカがいたから」


 「ああ、『飛行フライト』の能力で障壁の影響を受けない距離からなら『道具収納』は使える」


 だが、そのミカはもういない。

 空の魔法石を大量に落として、障壁の魔力を奪う手段は使えない。


 「クソッ! 他に方法は無いのかよ!」


 「……無いことも無いぜ」


 「って! あるならさっさと言えよ!」


 ディックが下を向く。


 「この障壁を直接殴って壊す。再生力が弱まった今なら可能性はある。だがな――」


 「だがな。はいらねぇ」


 「……そうだな。その先の言葉はお前に言っても無駄だな」


 ディックはフッと笑う。


 渡辺は視線を自分の足元へと向け、右拳を大空へ向けて掲げる。


 「待てよ。一人で勝手に始めようとするな」


 ディックが渡辺の隣に立つと、渡辺と同じ様に左拳を真っ直ぐ上に向かって掲げる。


 「前ばかり見てねーで、少しは隣のヤツに甘えるってこと覚えろよ」


 「…………」


 “私に、甘えてくれますか?”


 渡辺はかつてマリンが言ってくれた言葉を思い出す。


 「……わりぃな。それについてはまだ、分かろうとしてる途中なんだ」


 風が吹き始める。

 渡辺とディックを中心に空気が荒れ狂い始める。


 「「 行くぜ!! 」」

 「ディック!!」「ワタナベェ!!」


 二人の全身全霊を注いだ一撃が、障壁へと叩き込まれた。


 バチチィイッィッ!!!


 雷が落ちた様な衝撃音が戦場にも街にも響き、全ての人々が注目する。


 「「 うおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!! 」」


 雄叫びをあげる。

 二人の拳により、障壁にヒビが入り始める。


 だが、


 「ぐっ!」


 ディックの拳が障壁の力に弾かれて浮き上がる。


 「……舐めんじゃねぇ!」


 ディックは燃え上がらせる。感情を。自分が何のためにここまで来たか、それを燃料にして。


 「うんざりなんだよ! もう! 他人に振り回されるのは! 自分の生き方は自分で勝手に決める! お前らに人の人生を縛る権利なんてねぇ!!」


 筆頭勇者だった男の拳が、再び障壁へ深く抉り込まれた。



 そんな二人の様子に気づいた司令官の男が叫ぶ。


 「何をしているのかと思えば、無駄よ無駄ぁ!! 確かに魔法陣が破壊されたことで、障壁北側の再生力は落ちた。しかし! 防御力そのものは健在だ! そしてそれを上回る力を持つ者はルーノールただ一人! 貴様ら小僧が束になろうが障壁を破壊することなど不可能だ!!」


 不可能。

 その言葉を体現するかの如く、今度は渡辺の拳が弾かれる。


 「……俺は仲間を、友達を助ける! そのためなら何だってやる! 手も汚す! 命だって懸ける!!」


 マリン。

 俺に新しい考え方を……世界を教えてくれた君を……必ず救ってみせる!!


 渡辺の思いが障壁を打つ。


 「「 だあああああああああああああぁぁぁぁ!!!! 」」


 パキン……パキィッ……。


 障壁のヒビがみるみる拡がっていく。

 その光景に、司令官の男は瞠目した。


 「馬鹿な……まさか破られるというのか……たった二人の小僧に……あり得ぬ……あってたまるかああ!!」


 男の叫びも虚しく、ヒビは稲妻の速度で数kmに渡って拡がる。


 渡辺とディックは目を見開き、歯を噛み砕く勢いで食い縛り、拳にありったけの力を注ぎ込んだ。


 そして、


 ガラスの割れる音が鳴り響いた。



 司令官の男が両膝を落とした。司令官だけでなく、戦場の騎士の一部の者たちもショックのあまり握っていた武器を落とす。


 王国の守りが――障壁が壊された。



 渡辺とディックが、割れた障壁の欠片と共にフィラディルフィアへと落下していく。


 「……ずっと考えてたんだ」


 落ちながらディックが言葉を投げてきた。


 「お前のチート能力の名前、何がいいかなってよ」


 「……いきなり何を言い出すかと思えば……」


 まったく予想してなかった方向から話が飛んできたものだから、渡辺は呆れ顔になる。


 「仕方ないだろ。ピンと来ちまったんだ」


 「はぁ……落ちるまで時間はあるし聞いてやるよ。それで?」


 「『絶対の意思アブソリュート インテンション』なんてのはどうだ?」


 「……『絶対の意思』」


 「今ので確信したんだ。お前のチート能力はお前の意志が強ければ強いほど力が引き出されてるってな。そんな能力にピッタリな名前だろ?」


 「俺の意思が強いほど……か」


 言われて、渡辺はこれまでのことを思い出す。

 自分が負けられないと思った時、譲れないと思った時、変えたいと思った時、この能力はいつも応えてくれた。

 ここまで来れたのも、それのおかげに他ならない。


 初めの頃は、自分の肉体をも傷つけてしまう能力に疎ましさを感じていたというのに、今では頼もしいとすら思える。


 「そうだな……こいつは……俺の思いを代弁してくれる能力だ」


 渡辺はそう言うと、右の手のひらを見つめた。


 だから、これからも頼む。

 俺のチート。

 どうかマリンたちを救う力を、俺に貸してくれ。

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