第152話 圧倒的ファンタジー
「あなたは……フランス革命を知っていますか?」
千頭の問いかけに、チョフリスキーは顔をしかめる。
もちろんフランス革命については知っているが、何故千頭がそのような質問をするのか。意図がわからなかった。
「1789年、7月14日……バスティーユ牢獄が国民議会によって襲撃された……それがフランス革命の切っ掛けだった…………バスティーユには武器や弾薬が多く保存されていて……王国軍に立ち向かうための準備を進めていた国民議会がそれらを得ようとして起こった事件……」
「一体何の話だ? お前の言う博打と何の関係がある?」
チョフリスキーは妙な気分だった。
千頭は死ぬ寸前であり、戦争自体も明らかにこちらが優勢のはず。
にも関わらず、何故か自分たちが勝っているとはまったく思えなかった。
千頭は愉しそうに話を続ける。
「……この革命の勝敗を決するのは、僕たちの作戦の成否じゃない……あなたたち王国の25年間なんですよ……」
「……まさか」
そこまで言われて、チョフリスキーは千頭が何に賭けているのかを理解した。
「そう……バスティーユの襲撃の後、襲撃した本人たちですら予想しなかった事態が起きた……それは……」
*
朝倉の手から拳銃が落ちる。
「しぶといですね」
リリアの手によって朝倉の気道が閉じられ、肺の空気の循環が停止する。
朝倉は必死にリリアの手を両手で退かそうとするが、石像を相手にしているかの如くビクともしなかった。
「あ…………が……」
朝倉にこの状況を打開する能力も無ければ、仲間の助けももう期待できない。
完全な詰みだった。
『ザ……ザー……』
その時だった。
リリアが装着しているチェストリグのポーチで無線が鳴った。
『大変です! リリア様!』
「……こんなときに」
リリアが朝倉の首を絞めたまま、空いている方の手で無線のスイッチを押す。
『何事です』
『新たな敵が現れました!』
『何を言っているのですか。敵は私が感知した者たちですべて――!!』
リリアは絶句した。
無線相手の言葉を受けて、改めて能力で探ると確かに周囲を謎の集団が囲っていた。
「何故! 他に敵はいなかったはず、一体どこから……彼らは何?!」
リリアは敵の正体を明かすべく、能力への集中力を高める。
「プレートアーマーは装備していない……かと言って革鎧とも違う……これは……え……普通の衣服?……まさか!!」
「ふっ!!」
信じ難い事実に動揺するリリアへ、朝倉が宙ぶらりんになっていた両足を振り上げた。リリアの頭を両膝で挟み、捻る。
「うぐっ!!」
普通の人間なら首の骨が折れている場面だが、リリアの首はそれに耐えた。
しかしながら突然の反撃に、リリアは自分の手から朝倉が逃れるのを許してしまう。
リリアの手から脱出した朝倉は、咳き込んで新鮮な空気を取り入れつつ、外へと一心不乱に走り出す。
途中、拘束から解放された騎士たちが朝倉を捕えようとするが、朝倉はこれらを軽やかな動きで受け流すようにかわす。武術でもやっているかのような洗練された動きだ。
無事に外へ飛び出していった朝倉を、リリアが追いかけて外に出る。
「ッ!!」
外を見て、リリアは言葉を失った。
能力で感知してから予感はしていた。
それでも信じたくなかった。
新たな敵の正体が、国民だなんて。
100を超える数の人々たちが、リリアたちを囲んでいた。
人々の足元には騎士が倒れている。
「……どういうこと……あなたたち、一体何をしているのですか?! 敵は――」
「敵はお前らだ!!」
そう叫んだのは10歳にも満たない少女だった。
「アリーナなんて止めてよ! 私のお母さんを返してよ!」
少女は今にも泣き出しそうな声で訴える。
声は一つだけでは終わらない。
「私の夫もよ! あの人を返してもらうわ!」
「アリーナだけじゃねぇ! いつ来るのかもわからねー魔人共のために散々たけー税金払わせやがって!」
「あなたたち王国は民から奪うだけなんですよ! 人口がどんどん増えているというのに水道管も電線も拡げない! 国を豊かにする気がまるで無い!」
「ワシらはフィオレンツァ様に戻っていただくと決めた。あの方はちゃんと国民のことを考えてくださっているからのう」
リリアは耳を覆いたくなる気持ちだった。
反逆者たちに戦いを挑んでいる騎士たちはカトレアだけでなく、国の人々を守るために命懸けで戦っている。
なのに、その国民たちから裏切られる。
自分たちの存在を真っ向から否定され、リリアは目眩を覚える。
精神的に追い詰められる。
だから、リリアは気づけなかった。
人々の群れに隠れて、朝倉が肩にロケットランチャーを担いでいることに。
*
ドンッドンッと、城壁から何回か爆発音が鳴った。
その音を耳に入れながら、障壁の色が薄くなっていくのをチョフリスキーは遠目で見ていた。
それは、北区にある複数の魔法陣が破壊された事を物語っていた。
「……バスティーユ牢獄の事件は、不満を募らせていた農民たちが領主館を襲撃する切っ掛けとなり、フランス革命の始まりとなった」
視線を千頭に戻すチョフリスキー。
「自分たちの革命を切っ掛けに、国民たちが動乱を起こす。これが貴様の賭けか」
「はい、そうですよ。僕はギャンブルがあまり好きじゃないので、こういうことはあまりしたくなかったのですが、運勝負も必要なくらい僕らと王国では戦力差がありますからね。ま、止む無しです」
チョフリスキーは強烈な違和感を覚えた。
先程まで死にかけて、今にもそのおしゃべりな口が閉じられ永遠に閉じられようとしていたはず。何故、この男は今、普通に話している?
その疑問に答えるかのように、千頭はPコートの裾を持ち上げた。
すると、ボトリと雪の上に何かが落ちた。
袋。
その袋は破れていた。
破れた箇所から赤い液体が溢れている。
それは、血糊だった。
「貴様! 謀ったな!」
チョフリスキーがワーウルフの爪を構えて、地を蹴って飛び出した。
しかし、もう何もかもが遅かった。
「長話に付き合ってくれてありがとうございました。おかげでゆっくりこれを落とす準備ができましたよ」
次の瞬間。
千頭の目の前で轟音が噴水の様に湧き上がった。
それに混じって木のメキメキと割れる音が鳴り響く。
重低音であるその音は戦場にまで届いて大地を震わせる。それにより森の近くにいた騎士たちはその異常な光景に気づく。
「は……ハァッ?!」「あれ……は!」「嘘でしょ! どうしてアレがあんなところにあるのよ!!」
千頭は鼻で軽く笑いつつ、目の前に墓標のように突き立てられたソレを見上げた。
千頭がバミューダ港から盗み出した船。アトランタ号。
全長50mを超える巨大な木造帆船が、チョフリスキーを真上から押し潰していた。
千頭はずっとこの一撃を狙っていた。
チョフリスキーに銃が通用しないとわかった時から。
まず雪の下にあるトラップでチョフリスキーの注意を下へ向けさせる。それからアトランタ号を引き出すのに必要な大きさの『道具収納』の穴を作るため会話で時間稼ぎをする。
ここまで――ダメージを受けることも含めて全て、千頭の思惑通りだったのだ。
「あーあ、こんなもの出しちゃったら僕らジェヌインが革命に関わってるってバレちゃうな。まぁ、僕としては女王様がどうなろうと知ったことじゃないからね。僕らは僕らの目的を果たすために動く」
千頭は実際に怪我をしている脇腹を押さえながら立ち上がると、船と地面が接している部分を見る。
船首は完全にグシャグシャに潰れており、それに飲み込まれたチョフリスキーがどうなったのかは外からではまったく不明だった。
「いくら『変身』でも“すり身”にされたらお終いでしょう?……ねぇ……チョフリスキーさん……」
千頭は次の行動を取った。
その行動は本人ですらも、予想していなかった行いだった。
黙祷を捧げた。
千頭にとってチョフリスキーは決して他人とは思えなかった。
彼は心の底では元の世界への帰還を切望していたはず。
だが、彼はその願いを諦めてしまった。
もしかしたら彼と同じ人生を、自分も辿っていたかもしれない。
そう思うと千頭は、彼の冥福を祈らずにはいられなかった。
「あなたは異世界から解放された。どうかあなたの魂が望んだ世界へ辿り着きますように」
祈りとは、なんと自分らしくない。
千頭は自嘲して、その場を後にした。
「……それが貴様の本音か」
「ッ!」
背後の声に千頭は振り返った。
それと同時に、アトランタ号が吹き飛ぶ。
戦場の方へと飛んでいったアトランタ号に騎士たちが叫び声をあげる。
「に、逃げろおお!!!」「船が落ちてくるぞおお!!!」「い、一体何がどうなってるんだよお!!!」
千頭も騎士と同じ気持ちだった。
何が、起きようとしている?
眼前でチョフリスキーと思われる黒いシルエットが揺らめく。
「貴様の言う通り、私の思いは本物ではなかったかもしれん。だがな、それでもだ。この世界に転生して40年間、私はこの世界の人々のために骨肉を断ってきた。それは未来永劫変わることのない事実」
シルエットが膨張を始めた。
「ッ! まずい!」
そのシルエットに飲み込まれまいと、千頭はチョフリスキーから距離をとる。
シルエットは尚も膨らみ続け、辺りの木々を根っこからなぎ倒していく。
「心はニセモノであったとしても、行いはホンモノだ。ならば私は、そのホンモノの誇りにかけて最期まで騎士として闘うのみだ。私は、その生き方に満足している」
シルエットが何かの形を成していく。
「故に、私は貴様を殺す。例えその結果、私が私でなくなったとしてもな」
「そん……な……その……『変身』は!!」
「
シルエットに色と形が宿る。
それは一見すると巨大なトカゲの様に見えた。
四足歩行で、長い尻尾を持っている。
赤黒い。
血の様な鱗を身に纏っている。
そして、それがゆっくりと翼を広げた。
両翼を広げた状態の横の長さは70mはあろうかという大きさで、それは本当に生物なのかと目を疑うほどの巨躯だった。
そこまでわかって、千頭はチョフリスキーが何に姿を変えたのか理解し、その名を叫んだ。
「ど、ドラゴン!!」
ドラゴンが天に向かって首を真っ直ぐ伸ばし、天を揺るがす咆哮をあげた。
ヴオオオォォォッ!!!
瞬間、千頭の内耳が傷つけられ、キーンという音しか聞こえなくなった。
咆哮の衝撃波は周囲の積雪を吹き飛ばす。
「に、逃げなくては!」
千頭は片方の耳を押さえながら、『道具収納』で白いセダンの自動車を引き出すと、それに乗り込み車を発進させる。
「無駄だ。ドラゴンの息吹から逃れることなどできん」
ドラゴンの腹が何倍にも膨れ上がる。
その間も千頭はアクセル全開で木々の間を走り抜けるが。
「さらばだ。千頭 亮」
ドラゴンが前のめりになった直後、その口から炎が吐き出された。
炎はうねりをあげて、木々と雪を、そして千頭を車ごと飲み込んだ。
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