第129話 入り乱れる

 四大勇者である草薙 刀柊くさなぎ とうしゅう。その娘、草薙 知世ちせが腰に差している鞘から刀を引き抜く。

 屋内で振り回すのに適した脇差。刃渡りは40センチといったところか。


 「ルーズルー殿、エマは国に弓を引く裏切り者です。その者の口車に乗せられてはいけません」


 「そうなの?」


 知世に言われて、ルーズルーがエマを見やる。


 「……そうだって言ったら、アンタはどうするんだ?」


 「んー、それは困る」


 ルーズルーがエマから一歩足を引く。

 エマはそれを拒否として受け取った。


 「あーあ、これは任務失敗だね。おい、ミカ」


 「な、何?」


 「私が隙を作る。その間に今度こそ逃げな。アンタの『飛行フライト』の能力なら『瞬間移動テレポート』無しでも逃げ切れる」


 「で――」


 「でもは無しだ。王国にディックの裏切りがバレちまった以上、アンタも捕らえられる。そうなれば、渡辺とも会えなくなるよ」


 「…………」


 ミカは何も言わなかった。何も言えなかった。城から脱出して今すぐにでも渡辺に会いたい気持ちと、マリンを助けたい気持ちがぶつかり合って、葛藤していた。


 「私なら。渡辺のところに行くね」


 短剣を右手で逆手に持ちながら、エマは横にいるミカに言った。


 「このまま、ここに残っても捕まる以外の道はない。けど、仲間のところに行けば、別の形で役に立ってマリンを助けられるかもしれない。私ならそう考えるね」


 「エマさん……」


 「わかったか? わかったなら、構えな!」


 エマが知世の背後に一瞬で移動し、右手の短剣で、知世の首筋を切り裂こうとする。

 それを知世は屈んでかわし、腰に差してある鞘の後方をクイッと上げて腰を捻った。

 勢いよく突き出された鞘の鐺が、一つの立派な武器となってエマの腹部を突いた。


 「つっ!」


 エマはよろめいて階段から転がり落ちそうになるのを耐える。


 「今の一撃は殺気がこもっていましたね」


 和服が似合う優雅な動きで、知世が振り返る。


 「へっ、ショックだったかい?」


 「そうですね。残念です。貴方のことは良き友として慕っておりましたので」


 「そりゃあ、悪かったね知世。けど、主人はその道を歩きたいって言ったんだ。なら従者はその道を歩きやすくしてやらないとね」


 「……それが貴方の生き様であると、そう申されるのですか」


 「ああ。一介の騎士の家系でしかなかった私にとって筆頭勇者に……いや、ディックに仕えられたことは私の誇りだ。例えここで死ぬとしても、私はパートナーとしての責務を果たす!」


 エマがちらりとミカに視線を送った。

 ミカはそれを「行け」の合図として受け取り、背中から白い翼を生やして駆け出す。

 同時に、エマが『瞬間移動』した。


 知世の真上に、エマが現れる。

 それを素早く察知した知世が、頭上に向けて刀を振り抜いた。

 だが既に、エマはそこから消えていて、知世の左手斜め後方にいた。

 知世は今度はそちらに刀を振るうが、刃はまた空を切ってしまう。

 前方、右斜め上後方、左、左下、エマは連続で『瞬間移動』を仕掛け、知世を翻弄する。


 本来『瞬間移動』は連続では使用できず、次の『瞬間移動』まではインターバルを挟む必要があるのだが、魔法石はそれに当てはまらない。

 エマは『瞬間移動』の魔法石を連続で砕いて使っていた。


 「そうやって私の目を引きつけている間に、ミカ殿を逃がす算段ですか?」


 「なっ!」


 今まさに翼を広げて飛び立とうとしているミカに向けて、知世が斬撃を放った。


 「うわっ!」


 鋭利な風圧が額を掠めたために、ミカは怯んで尻もちをついてしまう。


 「ミカ! あぐっ!」


 動きが止まったエマの首根っこを、知世が空いている手で鷲掴みにする。


 「ここまでですよ、エマ」


 「て……テレポーターに……拘束は無意味――!」


 『魔法反射マジック リフレクション』の黄色い壁が、エマの腰回りを貫通する形で出現する。知世が魔法石で作り出したものだ。


 「この状態で『瞬間移動』すると体が二つになることは知っていますとも。さぁ、自決なされるか、それとも私の刀で首を落とされるか。お好きな方を選んでください」


 「……参ったね……本当に、ここまでか……」


 首を締められ、くぐもった声で話すエマ。


 「……私はここまでだ……けどね……アンタらはこれから忙しくなるよ……なんせ……向こうにはディックだけじゃない……四代目女王もいるんだ」


 「わお、そりゃビックリだわ」


 ルーズルーがミカのそばへ寄る。


 「ルーズルー殿、いかがしました?」


 そんなルーズルーの行動に知世は、疑問を投げる。


 「んにゃ、一応逃げないように捕まえておこうと思ってね」


 「は、離して!」


 両肩を掴まれたミカは暴れるが、ルーズルーは意外と力があって振り解けなかった。


 「あなたもなかなかの美少女ね。もう少し歳をとって熟れてきたら食べ頃かしら」


 スリスリと頬ずりしてくるルーズルー。

 ミカは気味悪がって離れようとするのだが、ルーズルーに囁かれてハッとなる。



 「先代女王も敵となったのには、確かに驚きです」


 ルーズルーがこっそりミカに何かを伝えていることも知らずに、知世は話を続けていた。


 「ぐ……あと……渡辺もいるよ……アイツもディックと同じぐらい強い」


 「渡辺殿が? まさか、レベル30の人間がどうやってレベル270相当の強さを得るのです?」


 「さぁ……ね」


 本当は自分が聴きたいくらいだったが、死ぬ前にせいぜい知世を驚かせたくて言ってやった。


 「ならば、私の目で確かめましょう。もっとも、四大勇者を相手に彼らが勝てたらの話ですが」


 刃をエマの首筋に当てる。


 ……すまないね、アイリス。姉ちゃん、先に逝くよ。

 目を閉じてエマが最期に想うのは、可愛い妹の笑顔だった。


 「さらばです、エマ殿。お命、頂戴!」


 グッ、と思い切り刀を引いた。

 首と胴が泣き別れて血の噴水が吹き出る……はずが、そうはならなかった。ギャインッと音が鳴って知世の刀が弾かれたのだ。


 「『防御支援ディフェンス サポート』?!」


 今この場でこの魔法が使える人間は一人しかいない。そう思って、知世がそちらに目をやったときには、ルーズルーは翼を広げたミカの背に捕まって飛んでいた。


 「エマさん!」


 ミカがエマに向かって猛スピードで突っ込むと、その勢いに乗ったままエマに抱きつき、知世から引き離した。


 「抜かった!」


 虚を突かれた知世は急いでミカを追うのだが、飛んでいるミカは速く、どんどん距離を離されていく。


 「やっぱり二人は重い!」


 「頑張れミカ。『魔法反射』の区域さえ抜ければ、あとはエマの『瞬間移動』でおさらばさ。ねぇ、エマ?」


 「ゲホゲホッ!……アンタ王国を裏切って良かったの?」


 「これ以上血を抜かれるのもいい加減うんざりしてたところだし、それにそっちにはフィオレンツァ女王がいるんでしょ? なら、勝算はあるかなって」


 「ったく、君のためなら王国を敵に回したっていいとか言えないのかよ。そういう打算的なところだよ、アンタが女にモテないのは」


 「クケケッ、職業柄そういう質なのはどうしようもないね」


 『魔法反射』が敷き詰められたエリアを超えると、エマが『瞬間移動』を発動し、3人はアルーラ城からアルカトラズまで光となって飛んで行くのだった。



 *



 「コリャッ! 人に刃物を向けちゃいけません! 君も! 金槌で人を叩いたらいけません!」


 アルカトラズでは、ジイが前面に出て人形たちの攻撃からフィオレンツァを守っていた。ただ、何か勘違いをしているようで。


 「人の話を聴くときはジッとせい!」


 『重力魔法グラビティ マジック』で人形を地面に押さえつけては、手に持つ杖をブンブン振り回して説教をしていた。


 「だからジイさん、相手は人形だって」


 同じ元近衛兵である仲間がそう言っても、


 「ふぁ? そろそろ飯の時間じゃと?」


 「誰もそんなこと言ってねー! ホントにボケたな!」


 会話にならず平行線の状態が続くばかりで、皆呆れていた。


 だが、その実力は本物だった。


 グスターヴの操る人形は一体一体がレベル250に相当するスペックだ。

 グスターヴ自身がフィオレンツァの『絶対服従』で多少動きが鈍っているとはいえ、それほどの相手を20体近くも『重力魔法』で動けなくしていたのである。


 「お転婆なミレイユやアリシャまで大人しくさせるとは、やはり年長者は違いますな!」


 グスターヴが他の人形でジイに襲いかかる。

 剣や槍などを持った仲間たちがこれを迎え撃つのだが、何人かは攻撃を防ぎ切れずにダメージを負ってしまう。

 先程からこの繰り返しで、フィオレンツァたちは少しずつ追い詰められていた。


 「うーん、人形にも命令が通じれば良いのですが、そういうわけにはいきませんものね」


 「お、お母さん! 草薙が!」


 あっけらかんと語るフィオレンツァの横で、シーナが刀柊の方を指差す。

 フィオレンツァが見やると、ちょうど刀柊が一仕事終えたところだった。


 オルガが倒れる。

 『鋼の肉体スティールボディ』はそのほとんどが剥がされ、全身にできた刀傷から血が溢れ出ていた。


 「お主は本当に硬いな。防御力だけ見れば、ルーノールにも引けを取らぬぞ」


 「う……く……」


 もはや呻き声をあげる力さえオルガには残されていなかった。

 オルガが戦闘不能になったのを確認した刀柊は、次に渡辺たちの状況を見る。


 ジェニーとメシュは既に倒れており、二人共苦痛の表情を浮かべて矢が刺さった箇所を手で押さえていた。


 渡辺に関しては今も矢の群勢に襲われていた。

 余程ルーズルーの『防御支援』が硬いのだろう。依然として渡辺は矢による怪我をしていなかった。しかし、


 「時間の問題だな」


 いつかは『防御支援』を突破する。そう考えた刀柊は渡辺のことはモンデラに任せ、自らはフィオレンツァの方へ歩み始める。


 「あ、ああ! 草薙がこっちに来ちゃう! 私たちの負けだ!」


 シーナは頭を抱えた。

 グスターヴだけでもこちらは押されているというのに、刀柊にまで参戦されてしまったら勝てる見込みはゼロになる。


 「シーナ、次代の女王がそのように簡単に諦めては駄目よ。女王に諦めることは許されないのだから」


 「そんなこと言ったって!」


 「大丈夫、あと10秒ぐらいすれば状況は変わるわ」


 「……え?」


 シーナはフィオレンツァの言っている意味がわからず、唖然とする。


 「ハーハッハッハッ! 面白い冗談を言いなさりますな! 場をかき乱していた囚人たちも、手を組んでいた街の住民も全員鎮圧され、筆頭勇者である彼も倒れた今、どんな反撃ができるというのです! もう他に味方もおらんでしょう?!」


 「6、5、4」


 高笑いするグスターヴを無視して、フィオレンツァがカウントを始める。


 「つまらぬ虚勢だ」


 刀柊が呆れ気味に言った。


 「2、1……0」


 ゼロ。

 フィオレンツァがその単語を発したのと同時に、アルカトラズの外からいくつもの『瞬間移動』の光がやってきて、フィオレンツァたちの周りに次々に大量の人間が現れた。その数、約200人余り。

 突然の事態に、フィオレンツァを除く全員が目を見張る。


 「…………ほー? 僕らがこのタイミングで来るとわかったのは思考を見透かす能力によるものでしょうか? 意識すれば遠くにいる人物の思考も読み取れるとか? やはりあなたに隠し事は難しそうですね」


 謎の集団たちの中でも、一番前に立つ男が言った。


 「「 ッ!!! 」」


 その男の姿を見て、渡辺も、オルガも、ディックも自らの目を疑った。三人共、思考が真っ白になった。

 そんな中で、最初に思考を真っ黒に染めて行動に出たのはディックだった。


 「チカミイィイイィィッ!!!」


 ディックは横に倒れたままの姿勢で狙撃銃を起こすと、引き金を立て続けに引いた。


 「やれやれ、君は時と場合を弁えないね」


 千頭は目の前の空間に『道具収納アイテムボックス』の穴を作り出して、その穴の中にディックの弾丸を取り込む。


 「ぬっ!」

 「わっ!」

 「……ほう」


 いつぞやの時の様に取り込んだ弾丸を『道具収納』で別の場所にワープさせて、グスターヴの片手とモンデラの肩に命中させた。

 刀柊の刀を握っている手も狙ったが、刀柊は自分のそばに『道具収納』の穴が出現した時点で反応し避けた。


 「ぐっ……クソが!」


 執念で振り絞った力を千頭に呆気なく防がれ、ディックはまた倒れ伏してしまう。


 「君は大人しく寝てればいいさ。あとは僕らが片をつける」


 「りょ、亮! どういうことだ! 何故お前が四大勇者に戦いを挑む!」


 オルガが地を這って叫ぶ。


 「やあ、小樽おたるさん。何故ってそりゃあ、僕らジェヌインはフィオレンツァさんとは協力関係にありますからねぇ」


 「なっ!」


 全く予想しなかった返事に、オルガは言葉を失ってしまう。


 「……千頭ちかみ、と言ったか?」


 四大勇者を前にしながら余裕の笑みを浮かべる千頭に、刀柊が興味深そうに目を向ける。


 「ジェヌインという盗賊集団の頭がそのような名であることだけは聞き及んでいたが、思っていたよりも若いな」


 「ははは、若く見られますけどね。これでも僕は今年で37なんですよ」


 「フン、先程の『道具収納』はなかなかに面白い芸だったぞ。『道具収納』で銃弾の勢いをそのままに移動させる発想も驚きたが、それを実現させる貴様の能力の扱いは大したものだ。物を取り込む操作と物を取り出す操作、魔力の練り方がまるで異なる二つの操作を同時にこなすとはな。転生者には与えられた能力の上にあぐらをかく腑抜けた者しかおらぬと思っていたが、創意工夫をし、努力を積み重ね、能力を己の手足の延長とする者もいたのだな」


 「別に褒められるほどのことじゃないですよ。僕には力が必要だった。だから『道具収納』で戦えるようした。それだけです」


 「しかしだな、千頭よ。貴様のその攻撃方法は手品にすぎない。タネが明かされた今、グスターヴもモンデラも次からは避けるぞ」


 「でしょうね。だから、こうします」


 千頭がパンッパンッと手を叩いた。

 すると、千頭の背後から小学生高学年くらいの身長で灰色のローブを身に纏った人物が前に出てきた。

 その者の顔はフードで隠れていて見えない。


 「その子供がどうしたというのかね? 私の娘と友達になってくれるとでも?」


 グスターヴが小馬鹿にする。


 「……酷い怪我……今、お助けしますからね」


 「――ッ!」


 フードの下から発せられた女の子の声に、ディックはハッとなって顔を上げた。

 その者が、フードを脱ぐ。

 中から出てきたのは、金髪のロングヘアの可愛らしい少女の顔だった。

 少女は優しい笑みをディックへ送った後、目を閉じて両手を顔の前で組んだ。

 そのポーズはまるで、神に仕える修道女のようだった。


 「――やめろ……やめろ! セラ!」


 セラ。

 ディックの口から飛び出したその名前を聞いて、刀柊とグスターヴの目の色が変わった。

 目の前にいる少女が何者か気づいたのだ。


 「グスタアアヴ!!!」


 これまでどんなときも落ち着きを払っていた刀柊が叫んだ。


 「わかっておる!」


 人形たちが一斉に少女へ飛びかかるが、もう遅い。


 『クロノスへの祈り』。

 セラフィーネの『禁じられたチート能力』が発動する。

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