第55話 初修行
オルガに特訓を頼み込んだ次の日。
俺とオルガは、王国近くの森にやってきていた。
「何もこんなところまで来なくたって、特訓なんて宿近くの空き地でもできただろ」
「お前さんのチート能力の発動条件が不明のままだからな。下手に発動して物を壊してみろ。怒られるのは俺だぞ」
言われて納得する。
あんなでかい熊をふっ飛ばせるぐらいのパンチ力だ。いつ爆発するかもわからない爆発物を、人が行き交う公園内で振り回しているようなもんか。
「この辺りでいいだろう」
開けた場所で、オルガが立ち止まって言った。
邪魔になりそうな木もないし、足に絡む草木も少ない。確かに修行にはうってつけの環境だった。それにしても修行かぁ、自分で言い出したことだけど、こんな漫画みたいな展開を自らが体験することになろうとは。そんなことを考えながら、弁当、水筒、タオルを入れたトートバックを土の上に置いた。
オルガも脇に抱えていた空手で使われるような巻き藁を地面に突き立てる。
「ナベウマ、始める前にもう一度確認しておくぞ。約束はわかってるな?」
「わかってるよ。ちゃんと試合本番で無理だと感じたら降参する」
オルガは俺の特訓に付き合う代わりに、一つ条件を提示していた。それはアリーナでの試合で戦闘不能になった場合、殺される前に潔く負けを認めろというものだ。オルガなりに俺のことを心配してくれてるのかもしれないが、余計なお世話だ。
アリーナでは殺人も容認している。
まぁ、そうだろうなというのが感想だ。人を人としてじゃなく戦力として見ている国なのだから、別段驚きもない。
「なら、早速始めるとか」
「特訓って、その巻き藁を使うのか?」
「ああ、そうだ。こんな風に」
オルガが巻き藁をグーパンで殴ると、巻き藁はポッキリ折れた――って。
「オイイィ! 開幕早々いきなり壊すなあぁっ!」
「ワハハハ! 予想通りの反応だな。まぁ見てな」
折れて地に落ちた巻き藁の頂部がひとりでに宙に浮いたかと思えば、折れた箇所にくっついて元通りの形に直った。
「え、何で?!」
「コイツには友人に頼んで用意してもらった巻き藁でな。自己修復するチート魔法が付与されてるのさ。貯蔵されてる魔力が残っている内は何度壊そうが元に戻る」
「そりゃいいな! 壊す心配しないで全力で殴れるってわけだ!」
「壊す心配とは大した自信だな。じゃ、殴ってみろ」
最近ストレスが溜まることばかりだったからな、その鬱憤を晴らすつもりで、全力で殴る!
俺は左足で地を蹴って飛び上がると、右拳に全体重を乗せて巻き藁にパンチを叩き込んだ。
痛っつ!
殴った手の指の付け根に痛みがはしる。
わかっちゃいたがやっぱり痛いな。空手やってる連中はいつもこれで鍛練を積んでるのか? にわかに信じ難い。
「どーだオルガ、壊せはしなかったけど、悪くないパンチだったろ?」
「ああ。これ以上ないってくらい見事なド素人のパンチだったぞ」
「んなっ、何がいけないっていうんだよ」
「全体的にいけないな……とりあえず、テレフォンパンチはNGだ」
「テレフォンパンチ?」
オルガが右手を耳元まで引く。
「これのことだ。いかにも『これから殴りますよ』というポーズのことをそう言う。ナベウマ、これを相手がやってきたらどうする?」
「そりゃ避けようとするな」
「避けられるだけならまだいいが、相手が戦い慣れていたらカウンターを合わせられる危険もある」
「なるほど、じゃあどうすればいいんだ?」
次にオルガが見せた動きは、右拳を突き出すと同時に左拳を引くというものだった。
この動きは知ってるぞ。
「正拳突きか」
「これを極めれば出の早い拳が繰り出せるようになる。今日のところは、ひたすらこの正拳突きで巻き藁を殴ってもらう」
え、マジ? あれ殴るの結構痛いんだけど。
「お前さん今、え、マジ? って思っただろ」
相変わらず、怖いくらい人の心を読んでくるオッサンだな。心を読むチート能力でも持ってるんじゃないのか。
「まずはナベウマの拳の強度自体を上げる必要があるからな。巻き藁をつきまくるのはそのためだ。相手を殴る度に自分が痛がっていたら戦いにならんだろう?」
ごもっとも。
その後、俺はオルガから拳の握り方や正拳突きのフォームを教わり、それを巻き藁に打ち込みまくった。一発一発に全力を込めて。その一発ごとに手がバラバラに砕けるんじゃないかってくらいの衝撃が拳に伝わる。泣き言が口から漏れそうになるが我慢した。これはマリンを守るために俺がやらなきゃいけないこと――責任なんだ。だから、弱音を吐くわけにはいかない。俺は……逃げ出さない!
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