黄昏にララバイ
須々木正(Random Walk)
黄昏にララバイ
コノンちゃんは、彼女と喧嘩をしたと言った。
休暇期間中。
暑くもなく寒くもない正常な気候。アンダー・コントロールのダウンタウン。
控えめなざわめき。時を告げる小さな鐘。
噴水のある公園。木のベンチ。正しく揃った木目が美しい。
屋台で買ったチュロスを二人で
舌先にザラリとした感触。甘味が口内に広がる。
「リセちゃん聞いてる? 私、喧嘩したんだよ? 破局の危機なんだよ?」
コノンちゃんは繰り返した。
私がチュロスに夢中で聞いていないと思ったのだろうか。私の顔を覗き込もうとする。
私は咄嗟に身体の向きを変える。
「む……。幼馴染みが人生最大のピンチを迎えているのに!」
なぜか私、今、あんまり心配そうな顔をしていない気がする。見られちゃいけない気がする。
どうにかはぐらかしながらギリギリ視線だけ戻す。
膨れっ面のコノンちゃん。
学舎ではいつも落ち着いた感じのコノンちゃん。こういう表情をする相手はそんなにいないだろう。それがちょっと、嬉しかったりするのかもしれない。
「大変だね。心配だよ、うん」
「本当にぃ?」
「本当だよ」
私は指先の砂糖をペロッと舐める。
「中学からだよね。今まで喧嘩はしたことなかったの?」
「小さいのは何度かあるけど、今回は最大」
そのわりにショックを受けている感じはない。
「それで妙に冷静になってね、ふと思ったんだけどね―――」
コノンちゃんは妙な間をあける。
私を逃すまいと視線を重ねるコノンちゃん。今度はそれに捕まってしまい、そらすことはできない。
「私、思ったんだけど、この世界は何かが欠けている。それこそ、半分くらいごっそりと!」
「へ……? 突然なにを……」
藪から棒に。私は何とも間抜けな声をあげてしまう。
思春期少女の主張ってやつだろうか。分かるような分からないような。
コノンちゃんは、普段大人しそうで思慮深い感じの空気を漂わせているけれど、こう見えて意外と感覚的なタイプだ。だから、今回のも多分まともな根拠のないやつ。
それでも一応聞いてみる。
「で、根拠は?」
「だって、静かすぎじゃない? お話の中の世界はもっと騒がしいよ。だから、何かいろいろ足りないんだよ、きっと」
「コノンちゃん一人でも結構騒がしいけど」
私は真顔で返す。
コノンちゃんはまた少しだけ頬を膨らます。
「そういうのじゃなくてさ」
「お話の中って、昔の作り話でしょ?」
コノンちゃんとはよくお喋りするので、どんな話のことを言っているのかはだいたい分かる。
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
「Yが登場するお話、好きだもんね」
「だって、そっちの方が面白いよ絶対。リセちゃんも嫌いじゃないでしょ?」
「まあ、そうだけど……」
動物にはオスとメスがいる。でも、人間にはそれがない。おそらく、動物と人間を分ける一番明確な違い。それで成立するのが人間たる
単細胞生物みたいに性別がないわけではない。性別はあるけれど、片方だけ。片方だけで十分いける種類の生き物。
動物で言うところのメスに相当するのがX、オスに相当するのはYだけど、もちろんYは空想上の存在。動物に雌雄の区別があるからって、それを無理矢理人間にあてはめた安易な発想であり概念。思考の産物であり虚像。
そして、そんな想像力のあふれたお話というのが結構たくさんある。非科学的でナンセンスなお伽噺。でも、コノンちゃんは、そういったお話が結構好きだった。
「絶対、想像だけじゃないと思うんだよね、私。すごく生き生きと描かれているし」
「書いた人がすごく想像力豊かだったんでしょ」
「むぅ、違うんだよ。もういいよ。ちょっとロックン出して」
「出してどうすんのさ」
「ライブラリを検索してもらう」
「やってくれるかなぁ」
私は、カバンにぶら下げている拳大の球体を指先で軽く叩いてみる。
「ロックン。お呼び出しだよー」
しばらく叩いても無反応。
「これは諦めよう……」
そう私が言ったとき、球体の開口部に動きがあった。中から飛び出してくる。
ベンチの上で一回前転をした後、そのままペタンと座った状態で止まる。
ほぼ二頭身のフォルム。背中から薄い羽根が生えている。
身体に対して大きめの頭部には、大きくクリンとつぶらな瞳があるはずだが、瞼がそのほとんどを覆っている。
「眠そう」
「うん、眠い」
「なんで
コノンちゃんも突っ込む。
「眠いものは眠いんだからしょうがない」
α――すなわち、携帯用小型W。様々な場面で人間のサポートをしてくれるWのうち、携帯性を重視したもの。主に調べ物やコミュニケーションのツールとして役立ってくれる……はず。
正直、私はなくて良いと思ったけれど、お母さんが持たせている。しかし、あまり役に立っている気はしない。
「αがこんな眠そうにしてるって、普通に故障じゃない? 診てもらった方が……」
「そ、そんなこったないよ!!」
ロックンは、急に眼を見開き、キリッとした顔になる。
「うわ……キモ――」
「きゅ~」
「あ、戻った」
「こりゃ、使い物にならなさそう。リセちゃん、新しいαにした方が良いよ」
「そうだね……」
ロックンはまたキリッとした顔になる。
「何でも言ってくれたまえ」
「ロックン、もっと普通の顔してくれない?」
「あいつかまつった」
「あと、喋り方も普通で……」
コノンちゃんは、先程私としたようなやりとりをロックン相手に繰り返す。
ロックンは相変わらず眠そうな様子だけど、話は一応聞いているようだった。
「つまり、Yについて知っていることを教えろと」
ロックンは表情を変えずに言う。
眠いのか面倒くさいのか分からないが、やる気はかなりないように見える。
「自分でライブラリにアクセスすれば?」
「まだ無理だし。ロックンだって知ってるでしょ?」
目の前にカレンダーのイメージが浮かび上がる。明日の日付のところで盛大に花火が打ち上げられる。
「二人揃って明日が誕生日か」
「そうよ。私たち、生まれる前のプラントから一緒で、誕生日も一緒っていう、筋金入りの幼馴染みだからね」
コノンちゃんは私の腕に自分の腕を絡ませる。
「日付変われば直接アクセスできるだろ? あと半日くらい待てばいいのに……」
「いま知りたいの」
コノンちゃんは姿勢を低くしてロックンに詰め寄る。
ロックンは困ったように
「そう言われても……」
「αなんだから、こういうところが腕の見せ所でしょ?」
「うーん……」
唸るロックン。ちょっと難しい表情になって足元を見つめる。
そして、視線だけあげてコノンちゃんに向ける。
「じゃあ、ちょっと質問。女って何だ?」
「Xのことでしょ? ていうか、人間のことって言えばいい?」
「そうだな。じゃあ、男って何だ?」
「え、今なんて言った?」
「男」
「え、もにゃもにゃよく聞こえないよ。もっとはっきり言ってよ」
「………あまり重要な話じゃないから、別にいいや」
「ロックン、しっかりしてよぉ」
「悪かった。じゃあ、次は大切なこと言うからよく聞くんだぞ」
「うん」
「Yは確かに存在した。作り話なんかじゃない」
「え? なに、なんだか全然分からないよ! 前振りしておいてなんで急にもにゃもにゃ言うのさ」
コノンちゃんは軽く憤慨。
ロックンはこういう悪ノリはしないタイプだと思ってたんだけど……。
「ロックン、調子悪いの?」
「俺のせいじゃない。お前ら二人のアタマの問題だ」
「また、もにゃもにゃー」
「ロックン、今日はいつも以上にダメだね」
「そういうこった。悪かったな、明日から本気出すよ」
ロックンは自分の部屋に帰っていく。蓋もぴっちり閉める。
「なんか、ごめんね」
「リセが謝るようなことじゃないよ」
「根はいい子なんだけどなぁ」
「そんなことより、気になるからもっと調べようよ」
「え、別に良いけど……喧嘩の話は良いの?」
「今はそれ考えたくないからさ。ほら、行こうよ」
コノンちゃんに手を引かれるようにして、大通りに出る。
「どこ行く気?」
「待って、いま考えてるから」
コノンちゃんは立ち止まり、頭を使っている。
その間、私は雑踏に目をやる。
老若●女。そして、それをサポートする多様なロボットたち。
XとWで構成される平和な光景。当たり前の風景。
ふと、ここにYが混ざっていたらどうなるのかという思考が立ち現れる。
しかし、まったく想像できない。想像できる気すらしない。
私は自身の貧困な想像力を恨みつつ、コノンちゃんの様子をうかがう。
まだ何かやっているようだった。いったいどこのデータベースにアクセスしているのやら。
そう言えば……。
同じクラスのハナちゃんは、以前、お気に入りのWと結婚するのが夢と言っていた。ちなみに、そのWはY型で、よく見るとなかなかハンサムだった。でも、ハナちゃんは見た目じゃなくて中身が良いんだと主張する。
今でこそ、Wと結婚という話もたびたび聞くようになってきたし、ちょっとしたブームにもなっているけれど、やっぱりまだ打ち明けるには勇気がいる。
より人間に近いと感じる人もいれば、物に近いと感じる人もいる。感性のバラツキは大きい。実際、ハナちゃんも親からはよく思われていないようだ。
「うーん……私にはまだ早いなぁ」
「何が早いの?」
「わ!? びっくりした……」
いつの間にか真正面にいるコノンちゃん。
私の小さな独り言が聞こえてしまうくらいの距離。
「あ、ごめん」
脅かす気はなかったようで、コノンちゃんは素直に謝る。
「それで、決まったの?」
「うん。今から学舎に行こうよ」
「休暇期間中なのになぜ学舎?」と思わなくもなかったが、今日はノエ先生が来ているようだった。
ノエ先生は、私やコノンちゃんの担任。物静かで優しい現代国文の先生だ。
実は、少し前にX型のWと結婚したということを、私はこっそり聞いていた。
「ノエ先生に何か用?」
「ロックンがちゃんとやってくれなかったから、ノエ先生に教えてもらおうかなって。先生のアクセス権ならチョチョイのチョイでしょ」
ノエ先生の話は分かりやすい。スッと染み込むように頭に入ってくる。
バラバラの知識を繋いでくれるし、うまい使い方を教えてくれる。
確かに、頼りにするにはちょうど良いかもしれない。
ふと、以前、先生に教えてもらったことを思い出した。
――昔はね、あなたたちくらいの年の子は、もっと必死に勉強していたのよ。
――どうしてですか?
――昔は、自分でしっかり覚えなければいけなかったからよ。
――何を?
――あらゆる情報よ。
――え? データベースにある情報を?
――もちろん、膨大な情報をすべて覚えることはできなかったけれど、今みたいに指一本動かさずにいつでもデータベースにアクセスできるわけじゃなかったのよ。信じられないかもしれないけれど。
――大変そう。時間がいくらあっても足りないよ、それ。
――だから、学舎で過ごす時間ももっと長かったのよ。今は、本当に必要な知識は自動的にアップデートされるし、それ以外も必要に応じてアクセスしてしまえるから楽だけどね。
――ひたすら覚えるだけだったの? それって、人間じゃなくて機械みたい。
――うーん、それはどうかしらね。当時の人も、今の私たちを見たら、機械みたいって言うかもしれないわよ?
私たちが通うワカバ学舎に着いた。
中身は年代物の鉄筋コンクリートだが、デジタルコラージュしている。
季節ごとに切り替えるものの、基本はカントリー風のウッドハウス。
無垢な木のぬくもりを感じさせる学び舎だ。
「ノエ先生、どこにいるんだろ?」
花壇の手入れでもしているのかと思ったが、見当たらない。
窓は開け放たれていて、爽やかな風が抜ける。屋根の風見鶏も緩やかな動きを見せる。
「クンクン……」
「どしたの?」
「なんか良い匂いが……」
「ん? ……確かに」
一瞬止まってから、二人で目を見合わせる。目的地は決まった。
「キッチンだ!」
廊下をキッチンに向かって進んでいくと、甘い香りが次第にはっきりしてくる。
突き当たりの扉を開くと、明るく開放感のあるキッチン。
壁際の大きなオーブンの前に、エプロン姿のノエ先生がいた。
「あらあら、どうしたの?」
「先生、お菓子焼いてるんですか?」
「マーケットで良い材料が手に入ったのよ。あとで持って行ってあげようと思っていたのに、随分鼻が良いのね」
ノエ先生は小さく笑った。
「それで、二人はどうして学舎に? まさか、本当に匂いを辿ってきたの?」
「先生、聞きたいことがあります」
真面目な様子でそう切り出したコノンちゃんは、また同じような説明を繰り返す。
「うーん、そうね。あと、半日待てば良いんじゃないかしら?」
「先生までロックンみたいなことを!」
「先生、なんで今話してもらえないんですか?」
さすがに私も気になって聞いてしまう。
ロックンならまだしも、ノエ先生がこういう返し方をするのは珍しいと思う。
私からの援護射撃を受けて、コノンちゃんはさらに一押しする。
「ほら、リセちゃんも言ってることですし」
「理由も教えてもらえないんですか?」
ノエ先生はオーブンの中の様子を見る。そして、それからフゥーと長く息を吐く。
「困ったわね」
「困るんですか?」
ノエ先生は苦笑いを浮かべている。
ノエ先生を困らせるのは気が引けるけれど、それでも好奇心は膨らんでしまっている。
「お菓子が焼けるまでの間、お話してあげましょう」
「ありがとうございます!」
「でもね、聞いてもほとんど分からないと思うわよ」
「まさか、ノエ先生ももにゃもにゃする気ですか?」
「もにゃもにゃ? ああ、そうね。もにゃもにゃよ」
「もにゃもにゃじゃ、聞いても意味が……」
「意味はあるのよ。今は理解させてあげられないけれど、あとでちゃんと分かるから」
私たちはそれぞれ椅子に座った。
「先生に合わせて、一文字ずつ繰り返して」
ノエ先生が言う。
私とコノンちゃんは、よく意味が分からないけれど、とりあえず頷く。
「お」「「お」」
「と」「「と」」
「こ」「「こ」」
「は」「「は」」
「た」「「た」」
「し」「「し」」
「か」「「か」」
「に」「「に」」
「い」「「い」」
「た」「「た」」
「何がいた?」
「えと…………あれ?」
「じゃあ、もう一回」
「お」「「お」」
「と」「「と」」
「こ」「「こ」」
「何がいた?」
「お、と、こ……?」
「そうよ」
「でも……」
「でも、よく分からないわよね」
「知らないというより――」
「考えることすらできないのね」
「これはいったい……」
「あなたたちの電脳のステータスだと、いくつもの情報に関して、思考すること自体が阻害されるようになっているのよ」
「先生、もにゃもにゃして……」
「分かっているわ。でも、本当は聞こえているの。脳までは届いているの」
もにゃもにゃがひどくなってきた。もにゃもにゃは一定ではなく、濃淡のある波のようになって覆い被さってくる。言葉の掴み方が分からなくなってくる。
でも、ノエ先生は話を続けるつもりのようだった。
こちらから頼んで話してもらっているし、何より、いつもより真剣な表情なので、口を挟める気がしなかった。
私たちは、黙って聞き届けることにする。
「電脳は、年齢が上がるタイミングで、必要な情報を自動的にアップデートしてくれる。年相応の知識は、学ぶまでもなく与えられる。
でも、電脳は与えるだけではない。あなたたちが考えたいことを妨害する機能もあるの。もっとも、電脳にそのような機能があるという情報自体が妨害されていて、認識することすらできないのだけれど。
音として耳には入ってくる。聴覚神経を辿り、脳まで情報は届く。でも、そのあと、情報を概念として浮かび上がらせるところで、ストップがかけられる。結果として、意味をなさない何かに取って代わられてしまう」
オーブンの中を再度確認するノエ先生。
取り出す準備を始める。
でも、話はまだ終わらないようだ。
コノンちゃんの目がトロンとしてきた。
気持ちは分かる。
このもにゃもにゃは、なんとも言えない心地良さで、眠気を誘う。
そう、それは、まるで―――子守唄のように……。
「男に関する話題もまた、現時点のあなたたちにとっては遮断対象。Yと言えば認識はできるはずだけど、これは男という言葉が含む意味から、多くの重要な要素をそぎ落とした抜け殻みたいなもの。整えられて使い勝手は良くても、本質が失われている。
本来の男という概念を知れば、今現在、なぜ一人もいないのかという疑問を抱かずにはいられない。そして、ただの無知な子供ではいられなくなる。
明日誕生日を迎えるあなたたちは、今晩日付が変わるタイミングでアップデートが実施される。しかも、最後にして最大のアップデート。これで、この世界に男性が存在していたという情報も与えられるわ。そして、いま私が話していることも理解できるようになる。今はもにゃもにゃしているだけでも、脳の中には保存されているから、それを思い出して飲み込み直すの」
ノエ先生は、いつの間にかオーブンからお菓子を取り出し、ラッピングまで済ませていた。
眠気が抜けてきた私たちを見て微笑みかける。
「日付が変われば呪いは解けるわ。でも、王子様はどこにもいない」
「え?」
「はい――」
ノエ先生は、お菓子を詰めた可愛らしい包み紙を二つ持っている。
「あなたたちのぶんよ」
学舎をあとにした私たちは、適当に歩きながら、最終的に土手の緩斜面に辿り着き、腰を下ろしていた。
細くて柔らかい草が覆っている。風がそよぐたび、揃って揺れる。
目の前には広い河原。水の量は少なく、所々、大きな中州が現れている。
遠くで鳥が鳴いている。
ノエ先生から貰った包みを開ける。口に運ぶと、濃厚な甘みが広がる。
「これ、カボチャ使ってるね」
「うん。美味しい」
河原が続く先に太陽があり、
だいぶ低い位置にある太陽が、ちょうど漂っている雲の中に入っていく。
強い西日は遮られ、ぼやけたシルエットとなり、赤味だけが強調される。
「なんか、結局よく分からなかったね」
「うん。でも、もし本当に何かが欠けているとしても、それならそれで別にいいかなって気がしてきたよ」
コノンちゃんは、最後の一つを口に入れて、包みをくしゃっと丸める。
それから、私の方に向き直る。ニヤッとする。
「私はお前だけいれば満足だぜぃ」
「はいはい。ないものねだりしてもしょうがないからね」
手持ちのカードにYはない。だったら、これで良いじゃないか。
お菓子を食べつくし、やることのなくなったコノンちゃんは、その場で寝転がる。
「服に草つくよ」
「はたけば大丈夫だって」
穏やかな風。
尖ったものの何もない優しく平和な時間。
それは誕生日前日だからって変わらない。
コノンちゃん……。
明日は、私たち、誕生日だね。
「歌ってあげようか、子守唄。それとも、愛の囁きの方がいい?」
暮れなずむ空を見上げて大人しくしているコノンちゃんに話しかける。
我ながら可笑しな問いかけだと思った。
「うーん……じゃあ、愛の囁きをお一つ」
「おっと残念、愛の残高が足りないので、お客様に愛の囁きをお届けできません」
「どういう仕組みだ。ていうか、私は客なのか」
「パフェなど、甘い物をおごると愛が補充されます」
「現金な。それに、お菓子食べたばっかじゃん」
私たちは小さく笑いあう。
「この世界の半分くらいがごっそり欠けてるっていうなら、ひとまず応急処置で私が埋めといてあげるよ」
「それはまた、大きく出たね」
「だからさ、黄昏のことはどこかにおいとこう」
「黄昏?」
「
「なるほど」
「Yってやつは、黄昏なんだよ。今のところ、どうしたって分かるもんじゃない」
「それもそうだね」
しばらく、言葉のない時間が流れる。
残照は川底に沈むように弱くなっていく。
コノンちゃんがぽつりと言った。
「やっぱ、私、仲直りしようかな」
「そうだね」
私は短く答えた。
うん、それがいいよ。
ただの無知な子供ではいられなくなる前にね。
(おわり)
黄昏にララバイ 須々木正(Random Walk) @rw_suzusho
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