魔女のドレス、魔女の戦い
上級生代表らしい男子学生と女子学生がステージ端に上がり、新入学生を歓迎するという旨のスピーチを始めた。
クロエたちはてっきりお堅いスピーチなのだろうと思ったが、すぐに雰囲気が変わる。
「さて……皆は式で疲れているだろうし、堅苦しいのはここまでだ。我ら上級生の実力というものをを新入学生諸君によーく知ってもらうためにも、ひとつ『魔女の戦い』をお見せしようじゃないか!」
観客席から、今日一番の歓声があがった。もちろん、クロエも歓声をあげている。隣の席のソウジロウも、興奮を隠しきれない様子だ。
魔女の戦い――
古来より、魔女たちのその魔法の力は戦を起こしたり、戦の引き金になったり、あるいは戦に巻き込まる原因となっていた。
魔女と
だが同時に、きらびやかな美しさと、輝ける富の象徴でもあった。
そこから生まれたのが、娯楽として魔女たちを戦わせ観戦するショービジネスの一種『魔女の戦い』だ。
観客たちは美しい
いにしえの大帝国でも大々的に行われていたというこの戦いは、規模の大小はあれど今や世界中どこでも見ることができる娯楽だ。
「この学園で行われるのは、世間で広くに行われているものと同じ、見せる目的……スポーツやゲーム、芸術としての『魔女の戦い』だったな」
ソウジロウのつぶやきに、クロエも応える。
「そうだよ。この学園のルールは魔女が倒れて何秒か起き上がれなければ、あるいは魔法が使えないほどにドレスが破損すれば、敗北扱いってやつだね。あとは場外とかもあるけど」
「とはいえ、二学年になればたしかダンジョンでの実戦もあったはず……おっと、もう始まりそうだな」
「それでは新入学生諸君に、これよりぶつかり合うことになる二人の魔女をご紹介しよう!」
上級生のそんな台詞が響きわたると、ステージに上がっていたドレス姿の女子生徒たちが一人ずつゆっくりと退場していく。
ステージ上に残ったのは、向かい合う二人の女子生徒。いや……若き魔女たち。
西側には豪奢なピンクのローブ・ア・ラ・フランセーズを
ドレスは外側のローブが花模様が浮き出たピンクで、中は雪のようなきらめく純白。リボンとレースが飾られた白い胸もとは、元々豊かなのかそれともうまく詰め物をしているのか、こぼれ落ちそうなほどに盛り上がっている。
左右に広がった裾は、ウエストがほっそりとしているだけに、より大きく優美に広がっているように見えた。
白い手袋に覆われた細い指先でつまむのは、白レースの扇だ。そこに取り付けられた薄紫の紐は蛇のように腕に絡みつき、房飾りが下がっていた。
東側には、落ち着いた紫色と生成り色のレースでできたバッスル・スタイルのドレスを
バッスル・スタイルのドレスは、正面から見ればほっそりとしたラインにも見えるのだが、後ろ――腰の部分がぽこりと大きく盛り上がっているのだ。そしてその盛り上がった腰の部分は、スカートの布を幾重にも折りたたんでひだを作り、その上に大きなリボンの装飾を施してある。
首元から手首まで、きっちりとドレスに覆われて、長い裾からは茶色の革ブーツのつまさきがほんの僅かにのぞく。
そして、手袋をしたその手が持つのは日傘だ。今は閉じている状態だが、小花の散った生成り色の可憐な日傘のようだった。
紹介された二人の魔女は、観客である学園生たちにそれぞれの方法で一礼すると、再び向かい合う。
「……では」
上級生代表の学生は、もったいつけたような咳払いをひとつしてから。
「はじめ!!」
その戦いの始まりを宣言した。
先に動いたのはピンクの魔女。
レースの扇をぴしりと広げ、小鳥のさえずりのような声で恋の詩でも読むように、その呪文を詠唱し始める。
「炎、ここに現れ至れ」
その言葉に応えるように、ぼんやりと黒い炎が生まれる。
「――それは黒薔薇捧げられた真白き墓標の守り手。それは永劫の眠りへの導き手」
炎は輝き、ゆらめき。
「それは弔いの鐘とともに泣き歌うもの。与えられた役目、それは死の予兆」
次第に大きく『成長』していく黒炎。
「そして私は、新たな役目を与えるものなり! ――応えよ!」
声とともに黒炎ははじけて――
「さぁ、おいでなさいな『チャーチグリム』!!」
それは――子馬より大きな黒犬の形をとった。
「幻獣召喚魔法……!」
魔法。そう一口に言われるが、実際にはさまざまな魔法系統が存在している。
たとえば、火精や水精といった元素の精にそれぞれの力を振るわせる。他人の精神に干渉し、操る。その逆に自分の精神――すなわち頭脳に働きかけることで、さまざまの知恵や知識を湧き出させる。魔器と呼ばれる魔法の道具を作り出す、あるいは召喚し一時的に借り受ける。
幻獣召喚も魔法系統のひとつであり、これはかつて世界に存在した、あるいはいまもなお存在している『幻獣』を召喚し、一時的に使い魔とする魔法だ。
「それにしても、あの黒犬は見たことのない幻獣だな。ヨーロッパや合衆国固有のものなのか?」
ソウジロウが不思議そうに呟く。
「えぇと、あのチャーチグリムって呼ばれたのはね、ブラックドッグという幻獣の一種なの。本来であれば、ブラックドッグは死を予兆させる恐ろしい存在なのだけど、チャーチグリムは墓場を守る役目を与えられていて、死者の眠りを妨げる墓荒らしを追い払う、そんな存在だよ」
「なるほど」
そんな風にクロエたちが話している間に、ピンクの魔女は黒犬――チャーチグリムに、ひらりと横座りで騎乗した。
「……!」
ピンクのローブ・ア・ラ・フランセーズの魔女が何か指示を出すと、チャーチグリムが咆吼する。
その口からは炎が吹き出し――まっすぐに紫の魔女へ向かっていく。
「……」
対するバッスル・スタイルドレスを纏った紫の魔女はというと、ゆったりと小花柄の日傘を広げ、盾のように前に突き出しただけだ。
まさか――あれで炎を防ごうとでもいうのだろうか?
観客たちの動揺をよそに、紫の魔女は落ち着いたしっとりとした声で、けれども素早く呪文を紡ぎ出す。
「着飾りし、氷の城に乙女らは住まう。さあ、舞踏会を始めましょう。永遠の凍土の上で踊りましょう。――それは終わらぬことを願われた輪舞」
ぱきぱき、ぱきぱき、と音を立てて、紫の魔女の足下から氷の柱が次々と生まれる。そして、可憐な日傘の前には、氷の花をいくつも咲かせた巨大な氷の壁が現れた。
それは、チャーチグリムの吐いた炎を完全に防いでみせたのだった。
炎と氷の共演。
歓声に包まれながらも、若き魔女たちは次なる魔法を展開するために、再び呪文を紡ぐ――
その様子を一瞬たりとも見逃すまいと、クロエ・ノイライとソウジロウ・ヒノは真剣な眼差しでステージを見つめていた。
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