第131話
女王の胸から開放されたペルシアは仕事があるからと早々に立ち去っていった。残されたラミナは女王に抱きつかれ困りながらも嬉しそうに母親に頬ずりされている。微笑ましい母娘の触れ合い。そんな光景に飲まれている中、いち早く正気?に戻ったのはノティヴァンだった。
「女王陛下に拝謁賜りましたこと恐悦至極にございます」
腰を垂直に曲げ胸に手を当て最敬礼を示すノティヴァン。慌ててそれに倣い私も最敬礼を行った。
深々と頭を下げる私とノティヴァンの頭上から笑うような優しげな声が投げかけられる。
「面をあげよ。そう畏まらなくても良い。そなたらはラミナの大切な人なのだろう?」
女王に従い頭を上げる私達にかけられた言葉の最後の問いは腕の中にいるラミナに向けられている。女王の問いにラミナは「はい」と嬉しそうな笑顔で応えた。
「ラミナの大切な者ならば、妾にとっても、大切な客人。盛大にもてなそうぞ」
そう言うと女王はラミナを引き連れ謁見の間へと進んでいった。
通された謁見の間の床は一面、白い大理石のタイルが敷かれ滑らかで触れた所がひんやりとしいて心地が良い。半円形の天井を鮮やかな布が飾り、布の隙間からは暑さを感じない柔らかな光が射す。そんな謁見の間の広さは優に50人ほどが寛げる広々としたものだった。
最奥には一段高くなった玉座が置かれる所にはさわり心地の良さげな厚みのある巨大な円形のクッションが置かれている。ここは謁見の間であり、女王の寝所でもあるのだろう。
玉座を兼ねたクッションに女王が身を沈めると後方の扉から敷物を手にした女官に続いて色とりどりの料理の盛られた皿を手にした女官たちが次々と入ってきた。
女王の前で敷物が広げられると次々にその上に料理が乗せられていく。全ての料理を並べ終えると女官たちは一礼と共に足早に立ち去っていった。
「宴の準備は出来た。存分に楽しもうではないか」
女王が手にした盃を掲げると楽しい?というよりは緊張の宴の開始が告げられた。
宴が始まり最初に女王が声をかけたのはソアレとキキだった。
「そなたらはラミナの子であるか?」
「はい、女王陛下。僕はソアレと申します。隣りにいるのは姉のキキにございます」
女王の問いに敬々しくも元気にソアレが応え、優雅に一礼する隣でキキが元気に「あたしはキキって言います女王様」と答えると微笑ましい二人の姿に女王の顔にも笑みが浮かぶ。
「ラミナの子ならば、妾の孫になるな。ソアレ、キキ、そなたらには今日から妾をお祖母様と呼ぶことを許そう。さあ、妾のそばに来てもっとよく顔を見せておくれ」
「「はい、お祖母様!」」
声を揃えて女王の元に駆け寄ってきたソアレとキキを女王はぎゅっと両腕で抱きとめた。
「料理人がそなたらのために腕によりをかけた。たくさん食べると良い」
満面の笑みを浮かべながら女王は自ら料理をソアレとキキに取り分け、終えると次に言葉をかけたのは対面に座り鰐の姿焼きに手を伸ばしていたノティヴァンだった。
「精霊に愛されし者を供に持つそなた。名はなんと申す?」
完全なる不意打ちにも関わらず、すぐさまノティヴァンは平然と返して見せる。
「風の国の勇者、ノティヴァン・フォルテスレスと申します」
「ほお、勇者とな」
女王の眉がピクリと跳ね上がり先程まで穏やかだった瞳に険しいものが宿る。
「勇者が何故、魔物と共に魔王様の元へ旅をしておる?」
何も事情を知らなければ女王の問いはもっともだ。人族の守り手、魔王を倒すものが何故、宿敵とも言える魔物と共に魔王の元を目指すのか?疑問に思って当然のこと。じっと真剣な眼差しを送る女王にノティヴァンも真剣な面持ちで答えた。
「俺は知りたいのです。何故、魔物と人族が互いに争うようになったのか?自分でも調べましたが、それを記した書物は人族の世界にはありませんでした。
しかし、魔王ならその理由を知っているのでは?本人が知らずとも理由の記された書物をお持ちなのではと思ったのです。
俺は魔王を倒したいとは思っていません。対話し、出来るなら共存の道を歩みたいのです。この先も私は彼らと気兼ねなく笑い合いたいのです」
そう言葉を閉じたノティヴァンの視線の先には私とラミナの姿があった。
「ふむ、今代の勇者はだいぶ変わり者のようだな。だが、気に入った。何か困り事があったら妾に相談するが良い」
女王の瞳からは剣呑な光は消え穏やかな笑みが浮かんでいる。そんな女王にノティヴァンはいたずらっぽい笑みを浮かべながら言葉を返す。
「それでは一つ、ご相談が」
「なんじゃ、申してみよ」
「この国一番のおすすめの酒が飲んでみたく存じます」
これに女王は声を上げて笑いだした。
「まったく、面白い男よ。この者に我が国一の銘酒を」
パンと女王が手を打つと扉から酒瓶を手にした女官が現れ、すっとノティヴァンの横に座るとグラスになみなみと琥珀色の液体を注ぐ。注ぎ終えると女官はすっと姿を消すように退出していた。
「お祖母様、あたし眠くなっちゃった」
お腹も膨れ旅の疲れからか目を擦るキキ。その隣でソアレも小さく欠伸をしている。
「そうか。ならば湯浴みでもして先に休んでいるといい」
眠たげな目をこすりながら頷く二人を女官たちが湯浴みへ連れて行く。子供たちが去ると謁見の間の酒気はさらに濃度を高めていった。
「黒鎧。そなたの名を聞こうか」
とうとう、私の番だ。女王から投げかけられた声にはどこか剣呑なものがある。挨拶もなく娘と結婚したのだ。親からしたら面白いわけもない。厳しい態度を取られるのは最もだ。緊張で喉が渇くような感覚が襲ってくる。早く答えないとと気は焦るもののなかなか言葉が出てこない。
『……アステルと……申します。……挨拶が遅れたこと誠に申し訳ありません』
その場で深く頭を下げる私に女王は頭上から
「こちらに参れ」
とやや棘のある声色で私を呼び寄せた。慌てて立ち上がり女王のもとに向かおうとするも足がもつれて真っ直ぐに歩けない。まずい、もう酔いが回ってきている。ふらつく足取りでなんとか女王の元にたどり着いた私をラミナが心配そうな面持ちで見つめている。
女王とラミナの間に座るよう促された私がその場に座ると女王は白魚のように美しくもしなやかな指でおもむろに私のバイザーを上げると、闇の中で金色に光る私の双眸を探るようにじっと見つめた。
どのくらい見つめられていただろう?不意に優しい手付きでバイザーが下ろされ、先程までとは違い柔らかな視線が注がれる。
「ラミナちゃんが惚れたのがわかった気がする。貴方ならきっとあの子の隣に立つにふさわしい存在になれるわ。ラミューナを幸せにしてあげてね」
笑みとともに砕けた口調で耳元で囁かれた言葉は私にとって重いものだった。
『承知いたしました』
姿勢を正し、跪き深く女王に頭を垂れると満足げな女王の声が頭上から降ってくる。
「頼んだぞ婿殿。さ、今宵は存分に飲み明かそうぞ。ささ、婿殿も一杯」
上機嫌に盃を掲げる女王は酒気の強い酒を渡しに勧めてくる。
「お母様止めて!」
慌ててラミナが止めに入った時にはすでに緊張から開放され、急激に酔いの回った私は酒気とともに襲いかかってきた眠気に抗えず、そのままゆっくりラミナにもたれかかる。そんな私を彼女は優しく抱き止めてくれた。
ラミナの甘く柔らかな香りと感触に包まれ、私は誘われるまま眠りに落ちていった。
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