第111話

 王都を出てから順調に足を進めていた駆鳥テレチプリが不意に足を止めると遮るものもないのに大きく迂回を始めた。はてと私が首を傾げているとメテオールが話しかけてきた。


【何故、迂回したかって?傍目には同じ砂海だけど、ここも海と同じ浅瀬と深間があるんだよ。火の国の駆鳥テレチプリは本能的に深間が分かるんだ。だから砂海を渡るのに駆鳥が使われるんだ】


 そうなのかと納得していると後方から子犬ほどの砂色の体毛に覆われ、発達した後ろ足でピョンピョンと跳ねるトビネズミが私達の乗る鳥車を追い越して行った。数マクリスほど進んだところでトビネズミの身体が徐々に砂海に沈んでいく。慌ててトビネズミはもがくがあっという間にその身は砂海に沈んでいった。あまりのことに呆然としているとメテオールの苦笑が聞こえた。


【ああはなりたくないだろ?】


 その言葉に私は大きく頷いた。砂海恐るべし。

 駆鳥テレチプリが迂回を始めたことに気づいたのか荷台からソアレが御者台に顔を出し私に尋ねてきた。


「ねえ、何で迂回しているの?」


『この先に深間があるんだよ。このまま進むと砂海に沈んでしまうんだ』


「そうなのか」


 納得し頷いた後、何かを思いついたのかソアレはパッと顔を輝かせた。


「火の神殿のある方角はこっちで良いの?」


 ソアレの問いにメテオールが『こっちですよ』と指を指せば


「じゃあ、こうすれば迂回しなくても良いんじゃないかな」


 と言うとソアレはカバンから硝子製の魔筆を取り出すと空中に魔術陣を描き始め、描きあがると「そーれ」と気やすい感じで魔力を流し込んだ。魔術が発動したと同時にゴゴゴという地鳴りに似た音とゴンゴンゴンという石が積みあがる様な音があたりに響く。しばらくして音が止むと眼前には白いレンガで造られた長い長い石橋が築かれていた。


『流石は殿下……』


 思わずメテオールの驚きが口から洩れる。ソアレは本当にすごい子でしょと内心私が親ばかを披露するとメテオールから暖かな笑いが返ってきた。


『ソアレは凄いな』


 褒めて優しくソアレの頭を撫でていると、荷台の外の音にノティヴァンも気づいて中から御者台に身体を乗り出し、眼前の石橋に感嘆の声を上げた。


「流石、ソアレ君。やるじゃないか」


 凄い凄いと褒めながらノティヴァンもソアレの頭をやや乱雑に撫でるとソアレは嬉しそうに目を細めた。

 御者台のことなど気にせずに駆鳥テレチプリはドンドンと足元のレンガの橋の強度を確かめるように踏みしめる。数度踏みしめ安心したのか駆鳥は嬉しそうにソアレに向かって「クェ」と鳴いて見せた。




 トタタタと駆鳥テレチプリは軽快に歩みを進めていけば、気づけば太陽は頭上高く昇っていた。

 荷台の方から市場で買ったカレーパンの香辛料が利いた辛みと風味ある匂いが私の所まで漂ってくる。振り返れば美味しいそうにカレーパンを齧るノティヴァンとソアレの姿があった。


『お気に召していただけたでしょうか?殿下、勇者殿』


 メテオールの問いにノティヴァンとソアレは満面の笑顔で返す。


「お薦めするだけあって、すっごく美味しいよメテオールさん」


「これ凄く美味しい」


 二人の弾ける様な笑顔に彼も喜んでいるのが私にも伝わった。和やかな昼食。あっという間に二人はカレーパンをたいらげる。それから、ノティヴァンが砂鯨のサンドを豪快に齧り、ソアレが甘い菓子パンを楽しんでいると後方から砂を裂くザザザーと言う音が複数迫ってきた。

 荷台の屋根に上り後方を見ると砂海を海に住むイルカとよく似た生き物が何かに追われるように必死に飛びはねながら進んでいる。必死に泳ぐ砂イルカのさらに後方には頭が三つある巨大な鮫の姿があった。


【あー、砂イルカは多頭鮫モルテティプスヴィレンスに追われてるみたいだね。あの鮫は生きた年数が長いほど頭の数も多くなって最大で頭が5つになるんだ。あれは3つだからかなりの大物だね】


 確かに大物だ。大体イルカは最大でも4マクリス。その後ろを追う多頭鮫は目測で砂イルカの3倍ほどの大きさがあった。あんなのがこの鳥車に衝突したらひとたまりもない。こちらに来ないことを祈ってみたが其れは叶わなかった。

 砂イルカたちは私達の鳥車にぶつからなかったもののその脇スレスレを通過して行く。必然的にその後を追う多頭鮫も来るわけだが、あの巨体だとどう見ても鳥車に激突する。

 仕方がない。意を決し、多頭鮫がある程度近づくのを荷台の上で待つ。鳥車まであと数マクリスまで多頭鮫が迫ったところで私は屋根から飛び上がり、空中で一回転すると勢いの乗った踵落としを鮫の中央の頭に叩き込んだ。ドスッと鈍い音と砂煙を上げて多頭鮫の頭が砂海に沈む。おっと、このまま鮫の頭にいると私まで沈んでしまう。鮫の頭を踏み台にして荷台の屋根に戻る頃には痛みと驚きで多頭鮫は慌てて砂海の底に消えて行った。


「俺の出番は無さそうだな」


苦笑を浮かべながら荷台から顔を出したノティヴァンの隣には少しばかり残念そうな顔をしたソアレの姿があった。


「多頭鮫。僕も近くで見たかったなぁ」


『また、見れる機会があるよ』


残念がるソアレの頭を撫でているとメテオールが驚きと呆れが混じったような声をあげる。


【殿下も凄いけど、君もなかなかなものだね】


 ……そんなに驚かれるようなことをしたつもりはないのだが。首をかしげる私をメテオールは呆れ笑いを浮かべて眺めているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る