第100話
酒場の併設されている食堂車に向かうとその扉には貸し切り中という札が下げられていた。
「あら、残念。貸し切りなら部屋に戻って二人で飲みましょうか」
少しばかりラミナが残念そうな声を出すと、カタリと扉が開き中から真っ白な卵型の頭部の中心には深海のような深い青い球体の一つ目のゴーレムがビシッと黒のウエストコートとズボンに身を包み姿を現した。
『アステル様とラミナ様ですね。いらしたらお通しするよう仰せつかっております』
抑揚のない無機質なゴーレムの声色。しかし、その声にはどこか温かみが含まれていた。そんなゴーレムに案内された食堂車のバーカウンターの奥にはグラスの両端を片手でつかみ、こちらに手を振るノティヴァンの姿。
「静かに飲みたい気分だったんでな。まあ、アステル達が着たら朝まで飲み明かすのも良いかなって」
いたずらっぽく笑うノティヴァンに私は内心眉を顰める。
『いくら酒に強いからと言って、飲み明かすのは良くないですよ』
私が咎めるような声を出すと隣にいたラミナが上目遣いで私を見つめ
「朝まで飲んじゃだめぇ?」
と甘えた声を出す。可愛くねだられると強くダメとは言えない。しかし、ここは確固たる意志でダメと言わねば。
ラミナとノティヴァンの酒量には限度がない。一度、自宅で酒の席を設けたことがあったが、飲めない私がアルコールの匂いで酔いつぶれた所を二人に介抱されるといったことがあった。あのような醜態を再び晒すわけにはいかない。
『朝まではだめ。明日もあるんだから』
「えー」と拗ねるラミナの可愛らしい姿に思わず、良いよと言いそうになるのをぐっとこらえる。むーと暫く軽く私をに何でいたラミナの口元がにやりと上がり、「そうかそうか」と何かを思い出した後
「まあ、そういうことなら控えめにしておいてあげる」
小悪魔な微笑みを浮かべるとラミナはノティヴァンとの間に私を挟み、席に着くとバーテンダーゴーレムに向かって
「一番、強くてお薦めのを一つ」
と注文を述べる。それに倣ってかノティヴァンも
「同じの一つ」
と追加注文を告げた。ゴーレムは『畏まりました』と一礼すると数種類の酒をシィカーボトルに注ぎ入れるとシャカシャカとリズムよく振るう。
振るい終えグラスに注がれたのは強いアルコールの香りと一緒に爽やかな果実の香りが漂う。色は水の国の北都の海で見た浅瀬の淡い水色の液体がグラスの中をゆらゆらとたゆたう。
既に匂いだけで酔い始めている私を余所に二人はカチンと互いのグラスを掲げると楽しそうに最初の一杯を飲み干した。
華やかな花の香りで目が覚めると、目の前にはほのかに湯気の立つお茶の注がれたグラス。右を向くと目を細め穏やかに微笑むノティヴァンの口から「おはよう」と言葉が紡がれる。
『寝ちゃったみたいみたいですね』
と苦笑を返し、左隣を見るとスヤスヤと寝息をてているラミナの姿があった。
「ラミナさん、寝ちゃったから部屋に運んでくれなかな?」
『勿論。それは私の役目ですから』
椅子から降りラミナが起きないように、そっと横抱きで抱き上げると、寝ぼけてかラミナの白魚のようなしなやかな腕が私の首元に回され抱き着いてくる。
「相変わらず、火傷するくらいに熱いねぇ」
ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべるノティヴァンに少しばかり照れながら
『これだけ愛されてる私は幸せ者ですよ』
と笑いながら返した。
ラミナを抱き上げ食堂車を後にしようとした私に先程まで笑顔だったノティヴァンが真剣な眼差しで私を見つめる。
はてと首をかしげる私にノティヴァンは深々と頭を下げた。
「地の国の王城でのこと本当にすまなかった」
『あれは、ノティヴァンのせいじゃないですよ』
慌てて私が否定すると
「アステルが寝ている間にラミナさんにメチャクチャ怒られたんだ。なんで、止めなかったんだって。もし、アステルが目を覚まさず消滅するようなことがあったら私は勇者を許さないし、地の国を滅ぼしたかもしれないって言われたよ」
そこまで…そこまでラミナは私の事を想っていてくれていたのか。彼女の想いを踏みにじったのに叱る程度で済ましてくれたのは彼女の慈悲以外の何者でもない。
真顔だったノティヴァンの口許がふっと緩む。
「それだけ怒ってるのに、俺は殺さないってさ。俺を殺したらアステルが悲しむからって。本当に君は愛されてるよ」
スヤスヤと心地良さそうに私の腕の中で眠るラミナを見つめながら
『本当に有り難い限りですよ。私も彼女の愛に応えられる男でいないと』
と言うとノティヴァンはにやにや笑顔で手で顔を扇ぎだした。
「ホント、火傷するくらい熱いよ。火の国に行ったら消し炭になるかもな」
『茶化さないでくださいよ』
少しばかりむくれた声をだし抗議する私から逃げるように笑いながノティヴァンは「明日も早い、部屋に戻ろうか」と言いながら食堂車を後にする。
小さくため息を吐きながら私もその後を追った。
列車はカタコトと小気味よい音を立てながらつかの間の平穏を享受する勇者一行を火の国に送り届けた。
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