第99話
魔導列車がこの地の国に到着するのは
現在の時刻は
駅の中央にはこれから地の国を出発するものと火の国から戻ってくるもの用に2本の金属製の
薄暗かった乗降場が徐々に明るくなってきた。半円型の到着所を覆う屋根の頂点は透明度の高い硝子がはめ込まれ朝日の光を惜しみなく乗降場に注ぎ、左右端に色硝子で描かれた絵画がその下にある売店を色彩豊かに優しく照らす。
俄かに活気づいてきた乗降場をさらに活気づかせるものが登場した。彼を待ちわびていたのか、どこにこれほどの人物がいたのかという数が乗降場に現れた彼をあっというまに取り囲んだ。人物たちは口々に「勇者様」と歓声を上げる。
人垣の中から焦げ茶色の髪の青年がすがるように深い緑色の瞳でこちらを見つめた。
「アステル!助けてくれ」
助けてくれと言われても…。勇者、ノティヴァンを囲うのは彼を慕い、感謝する善意の人々。それを無理やり引きはがすのもどうかと。私が迷っている間に現れた銀鎧の巨漢がパンパンと手を叩き声を張り上げる。
「皆、勇者を慕ってくれるのはありがたい。だが、ここで集まられては通行の妨げになる。あちらの人通りのないところで皆の声を勇者に届けよう」
言い終えるとバートは片手に勇者を引き連れ乗降場の端に移動を始める。その後を民衆は大人しく続いていった。
「アステル~」
すがるように伸ばされた手と弱々しく発せられた言葉に「頑張って」と苦笑いを浮かべるしか私にはしてやれることがなかった。
出発時刻になると乗降場は勇者を見送るもので満杯に近い。その中には白獅子王とアイナに親方や青獅子の姿もあった。
手を振り返すと皆満面の笑みを浮かべた。「お元気で!」「達者でな」など笑顔に見送られ、私達は列車に乗り込んだ。
魔導列車は動力の先頭車両に続いて私達の乗る豪華客車、食堂車、歌や演技劇などで乗客を楽しませる娯楽車、その後ろには一般客を乗せる車両が2台に貨物車が3台続いている。
私達にあてがわれた客室に足を踏み入れると初めに目に入ったのは部屋の奥半分を占める純白のシーツの敷かれたダブルベット。そのわきに置かれている飴色に塗られた机もその質の良さは水の国の北都の都主の客室と遜色がない。
机の脇には小さめの石箱が設置されていて中には飲み物が冷やされている。
ベットの正面の壁には大きな鏡が設置されていた。鏡は必要だが、何故この位置に?鏡を前に私が首を捻っているとラミナが机の上から掌に収まるほどの数字の書かれた文字盤を手にすると鏡に向けると、室内を映していた鏡は全く違う景色を映し始めた。
びくっと肩を震わせる私、「わーすごい」と楽しげに声を上げる子供たち。
「母さん、これ何?」
興味深々に鏡を眺めまわすソアレにラミナは微笑みを浮かべながら
「これは映写鏡って言って、予め保存しておいた映像を映し出すものなのよ。保存してあるものを見たい時はこの文字盤で操作するの」
手渡された文字盤の数字をソアレが変えると鏡はまた違う景色を映し出した。
「ここはどこの景色なんだろう?」
映し出される景色を興味深げに眺めるソアレの隣ではキキがお腹を抱えて切なげな声を出していた。
「うち、お腹減ったんやけど…」
言われれば朝食はまだだった。
『朝食にしようか』
私の言葉に皆が頷き、私達は食堂車へと向かった。
暫く地上を走っていた列車は吸い込まれるように地下に続く穴へと進んでいく。穴は地下深く掘られた地下トンネル。列車は海底のさらに下を進む。
船という移動手段があるのに地下トンネルを掘ってまで列車をが作ったのは単に
それでも、海を渡らなければならないのなら。鉱人達は考えの末、持てる技術を総動員してこの魔導列車を作り上げたのだった。
真っ暗な地下を進む魔導列車の食堂車の窓は闇を映す…ではなく窓の外は海中を映していた。この映像もわざわざこの近海の魚人族に頼んで撮影してもらったものを流しているという。
深い海の中を泳ぐ魚の姿を眺めながら地の国名産である色鮮やかなサーモンのサンドイッチに家庭的な大きめに切られた野菜と肉のデミグラススープにラミナ、キキ、ソアレは舌鼓を打つ。
そんな当たり前ののどかな光景を私は微笑ましく眺めていた。
食事の後は娯楽車両で行われた演奏会を楽しみ、気づけば昼食の時間。白、赤、桃色の魚の切り身のソテーにマッシュポテトと蒸した野菜が添えられた色鮮やかな主菜に添えられるのはこんがり焼かれた丸パン。パンの隣には香りのいい林檎のジャムとバターが置かれている。
美味を楽しんだ後は客室でゆっくりすると思っていた子供たちは真っ直ぐ娯楽車両に向かうと開演中の劇に飛び入りで参加させられていた。囚われの姫に任命されたキキ、救いに行く王子にソアレが選ばれ二人は懸命に演じている。元々、王子様のような綺麗な金髪に整った顔立ち、見るものを虜にするような紫の瞳のソアレは本当に王子様の役にはまっているし、可愛いキキも姫のドレス姿がよく似合っていた。
「王子様、助けに来てくださったんですね」
「姫、今助けに行きます」
二人の熱演に感極まったラミナが涙し、私も胸に熱いものがこみあげてきていた。
劇も無事に終わると気づけば夕食の時刻。
夕食は魚介のトマトスープに小鹿のロースト、デザートには深海を思わせるような青いゼリーに白いバニラアイスが添えられ、白と青のコントラストが美しい。
食べて、遊んで、食べての繰り返しであっという間に1日が過ぎようとしている。これが豪華客室対応なのかと思えば、ラミナやバートが目を輝かせるのも分からなくはない。
楽しい一日を満喫した子供たちは客室に戻り、ベットに飛び込むと吸い込まれるように眠りに落ちていった。
「はしゃぎすぎるからよ」
苦笑を浮かべながらもラミナは優しく子供たちに掛布団をかける。
『楽しい思い出になったみたいで良かったよ』
「そうね」
私とラミナは互いに笑い合うがその笑みはどちらもどこか寂し気なもの。
これが最初で最後の家族旅行になるかもしれない。口には出さなくても私とラミナの想いは同じだった。
陛下の元にたどり着けばソアレは陛下の元に戻るだろうし、キキも魔の国ならもしかしたら本当の両親と再会できるかもしれない。そうなれば一緒にいられるのは魔の国に着くまで。別れが来ると分かっていても止まるわけにはかない。進むことが子供たちの幸せにつながるのなら。
映写鏡の中の魚が静かに尾びれを揺らし泳ぐ。
「ねえ、ちょっと飲みたい気分なの。付き合ってくれない?」
ねだる様な視線で見つめられては断ることなど出来ようか。
『勿論。喜んで』
私が微笑み返すとラミナは満足そうに微笑むとぎゅっと私の腕に抱き着き、食堂車に併設された酒場へと誘った。
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