第90話
『あちらは終わったようだな』
攻撃の手を止めた老騎士の視線の先には闇色の塵の塊の中心に佇むノティヴァンの姿があった。
『…ノティヴァン』
思わず呼んだ名にノティヴァンは悲しげな笑みを返す。その後ろにはまだ残っていた
『ノティヴァン後ろ!』
私が叫ぶとノティヴァンは口元ににやりと笑みを浮べ振り返り槍を一閃させる。ぶおんと槍のしなる音とともにバキゴキなどの破砕音が続き土煙が舞い上がる。土煙が晴れるとあたりには白い塵の山が積み上がっていた。
「アステル、後ろは気にしないで正面だけ気にしててくれ」
『分かった』
頷き老騎士に視線を戻すと待ちくたびれたかのような口調で老騎士は私に話しかけた。
『話は済んだか若き騎士よ。いざ参ろうぞ』
言い終わると同時に振り下ろされた大剣を双剣で受ける。巨石を受けたような重さと痺れるような衝撃が腕に伝わってくる。
大剣をはじき返し、切りかかろうと動いた時には既に大剣の突きの連撃が迫っていた。急所となる首元は双剣で弾き、かろうじて避けれたものの、それ以外の場所には大剣によって穿たれた穴がいたる所に出来ていた。
『今ので墜とせなかったとは儂も衰えたものか』
残念そうに溢す老騎士を前に双剣を構えなおす。そんな私の姿を眺める騎士の眼差しはどこか羨望の念が込められているように見えた。
『若さとはこんなにも煌めいているのだな』
中段に構えられた大剣から放たれた右からの横なぎを躱し、空いた腹部に向かって駆ける。腹部を狙ったかのように振るった双剣を老騎士は身体をひねり躱す。躱されるのは想定内。私の狙いは大剣を支える腕なのだから。横に向かうはずだった剣筋はほぼ直角に軌道を変え老騎士の右肩を断ち切る。
握る力を失った右腕は戻る大剣の勢いに勝てず地面に落ち、ガシャンと音を立てた。
これで老騎士は先ほどまでの速さで大剣は振るえない。
右腕を失ったことでバランスが崩れ、老騎士の身体は大剣を振るうたびに左右に大きく揺れる。しかし、片腕でありながらも振るわれる大剣の重さはほとんど変わらず重いもの。
長いこと受けていると私の双剣の方が持たない。手入れはしてきたがそれでも刀身に細かい傷や刃こぼれが出来ている。これ以上老騎士の大剣を受けるのは危険だ。
左右上下から迫りくる老騎士の剣戟を体捌きだけで躱していく。必ず隙は生まれる。その時が攻勢の機会。
機会は訪れた。振り下ろしの一撃を躱すと戻るはずの大剣は地面を穿つ。すかさず背後に回り大剣を握る左肩を断ち、返す剣で胸部に向かって横一閃。
胸から分かたれた下半身は膝から崩れ前のめりに倒れ、上半身は仰向けのまま地面に落下しガシャンと音を立てた。
剣を握ったまま老騎士に歩み寄る私に老騎士はどこか満足げな声で尋ねた。
『若き騎士、貴殿の名は何という?』
『アステルと言います』
『アステルか…煌めく貴殿には良い名だな』
朗らかに笑う老騎士の首元には白色に輝く私の双剣が添えられている。静かに力を込めると剣は吸い込まれるように首元に突き刺さりシャリーンと
『アステルよ、老兵の頼み聞いてはくれまいか?』
『何でしょう?』
私が問い返すと老騎士は憂いを含んだ声で『陛下も救ってはくれまいか』と頼むとその身は闇色の塵へと還り、黒い靄が立ち上った。黒い靄は静かに私の中に流れ込んでくる。流れ込んできたのは
零れそうになる涙をこらえ、ノティヴァンの方を振り返りその背後にある光景に思わず私は後ずさりしていた。
視界を覆うような禍々しい黒い靄がズモモモモと音をたたているかのようにゆっくりとそれでいて確実に私に迫ってくる。
あんな量の濃い瘴気を吸収したら絶対ひどいことになる。逃げ出したくても既に背中は大広間の壁に着いていた。
涙目になっている私にかまわず瘴気群は襲い掛かる。
粘度のある水が流れこんでくるように瘴気は私の中に注がれ、それと同時にひりつくような痛みと内側から無数の剣を突き立てられたような激痛が襲ってくる。
痛すぎて声すらまともに出せない。
身を捩り止めどなく襲い掛かかる激痛に耐えていると不意に激痛が無くなった。と同時にふっと蝋燭が掻き消えるように私の意識も消失していた。
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