第87話

『ヒエレウス殿、勝手に逝かれては困りますな。我らは王の兵。王の許可なく消滅することは許されない』


低く威圧的な声の主は私よりも一回りも大きく重厚な闇色の鎧騎士。その姿はただ視界に入れるだけでも総毛立つような禍々しいものだった。


『ヒネーテ殿…。そうであったなぁ』


消滅しかけていた骸骨神官スケルトンプリースト、ヒエレウスの輪郭が見る間に鮮明に映し出され闇の魔力がその身から溢れ出す。


立ち上がり杖を掲げたヒエレウスはアイナとノティヴァンに向かい申し訳なさげに告げる。


『ここまでいらしたということは貴方が勇者様ですな。誠に心苦しいですが姫様、勇者様ここで死んでくださらんか』


掲げられた杖がアイナに向かって振り降ろされる。金属と木のぶつかる甲高い音があたりにこだまする。


「死んでくれと頼まれても、それは出来ない相談だ」


杖を振り払い、アイナを抱えてノティヴァンは数歩分後ろに飛ぶと眉間に皺を寄せながら骸骨神官スケルトンプリーストを見据えた。


『仕方ありませぬな。全ては王のため』


言うと骸骨神官スケルトンプリーストは血のように赤い眼を煌々と輝かせ杖を振るう。振るわれた杖の周りには拳大の十数個の闇色の鬼火が舞い踊る。


『行け』


骸骨神官スケルトンプリーストに命じられた鬼火たちがノティヴァンとアイナに襲い掛かる。アイナを抱えたままノティヴァンは鬼火を華麗なスッテプでかわし続け、狙いを外した鬼火たちは小屋の壁から天井といたるところに風穴を開けていく。

数個、キキを抱き寄せた私の方に飛んできた鬼火を剣で叩き落す。

全ての鬼火が消え去る頃には小屋の屋根と壁は失われ、床だけが申し訳程度に残る瓦礫の山となっていた。


『ノティヴァン、アイナ』


2人に駆け寄ろうとする私の前に闇色の巨漢が立ち塞がる。


『何処へ行くつもりだ?』


ただ、一瞥されただけなのに全身は震えガチャガチャと鎧を鳴らせる。これが上位を束ねるもの将軍魔鎧ジェネラルアーマなのか。

重圧がのしかかり格の違いを見せ付けてくる。中位の私程度が敵うわけが…一瞬で折られそうになる気持ちを必死で立て直す。絶対に負けられない。負けるわけにはいかない。


ガンと思い切り自分の両頬を叩くと震えは止まった。


『キキは下がってて』


小さく頷くとキキは私の言葉に従って穴の開いた城壁の後ろに身を隠した。


双剣を構え眼前の壁のように重厚な禍々しい騎士の暗い炎のようにともる双眸を睨みつけると将軍魔鎧ジェネラルアーマはクックックと低い声で笑い声を上げる。


『面白い。掛かって来い』


逆手手招きで挑発してくる将軍魔鎧ジェネラルアーマの左手にはいつの間にか闇色の剣が握られていた。


『言われなくても貴方を倒す』


言い終わる前に振り下ろした双剣は将軍魔鎧ジェネラルアーマの闇色の剣に防がれキーンと甲高い音を奏でた。


私が将軍魔鎧ジェネラルアーマと切り結んでいる間、ノティヴァンも骸骨神官スケルトンプリーストの猛攻をかわしながら責める機会を伺っていた。

骸骨神官スケルトンプリーストの鬼火は手数は多いが1個1個の威力は低い。槍で払い落しながら徐々にノティヴァンは骸骨神官スケルトンプリーストとの距離を縮めていた。そしてついに槍の穂先と杖が交わった。こうなればもうノティヴァンの領域だ。

骸骨神官スケルトンプリーストは振るわれる槍を防ぐので手一杯で鬼火を出すことが出来ない。何より棒術の練度が明らかに違う。あっという間に骸骨神官スケルトンプリーストが押され、身体の彼方此方の骨を砕かれ再生を繰り返しているが再生が間に合わず砕けたままの箇所がいたるところにあった。

終に骸骨神官スケルトンプリーストの杖を持つ腕が折れ、その身を支える足も砕けて地面に倒れこんだ。

仰向けに倒れた骸骨神官スケルトンプリーストのめくれた神官服の内から肋骨の隙間から成人男性の親指大の禍々しく黒く輝く石が覗く。


「悪いな。恨んでくれても構わない」


誰にと言うわけでなくノティヴァンは呟くと迷いなく穂先を石に突き立てた。シャリーンと小さな破砕音を立て石は砕けると黒い靄が立ち上がり、靄は闇色の将軍魔鎧ジェネラルアーマへと吸い込まれて行く。「爺…爺……」とノティヴァンの傍らには地に伏せ嗚咽を漏らすアイナの姿があった。


『ヒエレウス殿が逝かれたか』


私と切り結びながらも発せられた重々しい声からは少しだけその死を悼むものがあった。


「貴方もすぐに追いつくさ」


軽口とともに私と将軍魔鎧ジェネラルアーマの剣戟の間にノティヴァンの槍が割り込んできた。

防戦一方だった状況にはありがたい増援。数的有利を手にしたものの私達の攻撃はことごとくいなされ決定打を与えられずにいた。それでも将軍魔鎧ジェネラルアーマの体表には無数の斬撃の跡が刻まれその修復も緩やかなものになっていた。視界の端に映るノティヴァンの槍の穂先はいつしか闇色にそまり青紫の炎のような輝きを放っている。


「これを喰らえば貴方でもただじゃすまないだろ?」


『そうだな、故に我は命ずる、我が盾となれ』


命じられるままに私の意思に関係なく私の身体は勝手に将軍魔鎧ジェネラルアーマの前に躍り出てノティヴァンに立ちはだかっていた。


「アステル、意識はあるか?」


『ある』と答えようとしたが声がでない。ギギギと無理やりに動かした首がきしんだ音を立てる。それだけ。それでもノティヴァンは理解してくれた。


「ちょっと荒っぽいが君なら大丈夫だろう」


言うとノティヴァンは躊躇なく私の胸に青紫の炎の灯った穂先を突き立てた。元々息はしていない。しかし、あまりの激痛に思わず息が止まったような感覚に襲われ、苦痛に呻きが口から零れる。予想外のノティヴァンの行動に将軍魔鎧ジェネラルアーマは『仲間ではないのか…』と呟き一瞬たじろいだ。

槍に溜め込まれていた魔力が激流のごとく私に流れ込んでくる。焼けるように身体が熱い。熱は止まることなく膨れ上がり私を内側から破裂させようとする。身体が限界に達し破裂音と共に私の身体は青紫の炎に包まれ、身体が砕ける直前、私の意識は既に青紫の炎の中にあった。

炎が消え去った後には頭部にはねじれた山羊の角のよう装飾、身体のいたるところにな鋭利な突起のある闇色の姿の私が在った。


『まさか、進化か』


将軍魔鎧ジェネラルアーマが驚きの声を上げるのをノティヴァンはにやりと不適な笑みを浮べ私に向かって叫んだ。


「今だ!」


『了解した』


今だ覚めやらない熱に焼かれヒリヒリと痛む身体はそれと引き換えに力に満ち溢れていた。今や同位となった私に将軍魔鎧ジェネラルアーマの命は通じない。自由になった身体で将軍魔鎧ジェネラルアーマに放った逆袈裟斬りはスッと重厚な闇色の鎧を切り裂き、上半身と下半身を分け隔てる。

ガシャンと音を立てて落ちた上半身に向かって振り下ろした右剣は闇色の剣を握った将軍魔鎧ジェネラルアーマの腕を叩き斬り、左の剣は無手の腕を切り落とした。これで将軍魔鎧ジェネラルアーマは己を守るすべを失った。

あとは止めをさすだけ。生きる鎧リビングアーマー核晶コアは首の付け根にある。そこに向かって剣を振り下ろせば将軍魔鎧ジェネラルアーマは消滅する。

抵抗できない上半身のみの将軍魔鎧ジェネラルアーマにまたがりその首元に両手で剣を突きつけたまま私は動くことが出来ずにいた。

倒さなければならない相手であることも、多くの人の命を奪った報いを受けるものであることも分かっている。こいつは将軍魔鎧ジェネラルアーマは討たれて騒然のことをしてきたのだから。消滅されて当然の奴なのだから。それでもそれを是と出来ない私がいた。

そんな戸惑う私に厳しい声が投げかけられた。


『貴様も騎士なら戸惑うな。真に護る主のために時には非情になれ』


他でもないそれは死して尚主に仕える忠臣、将軍魔鎧ジェネラルアーマから発せられた言葉。


『貴方のような忠臣を持てた主は幸せ者だったのでしょうね』


言い終え、1拍置いた後に私は将軍魔鎧ジェネラルアーマ首に剣を突き立てた。シャリーンと結晶の砕ける音が静かに響く。


『王よ先にお暇を頂戴いたします』


低く穏やかな声で将軍魔鎧ジェネラルアーマは言い終えると闇色の鎧は塵と消えた。その場に残った黒い靄は静かに私の中流れ込んで解けて行き、深い悲哀の感情が胸を締め付けた。


「先に進もう」


泣き崩れていたアイナの手をノティヴァンは取り立ち上がらせる。目の周りを赤く晴らしながらもしっかり立ち上がるとアイナも「はい」と頷いた。


城壁から出てきたキキが私に抱きつこうとして寸での所で立ち止まる。わが身を見て思わず落胆の息が漏れた。こんなハリネズミのように尖っていては子供たちを抱けるわけがない。仕方のないことだと分かっていても気分は沈む。

変わりに差し出した手をキキはしっかりと握り返してくれた。ただ、それだけでも私の心は少しだけ軽くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る