第87話
『ヒエレウス殿、勝手に逝かれては困りますな。我らは王の兵。王の許可なく消滅することは許されない』
低く威圧的な声の主は私よりも一回りも大きく重厚な闇色の鎧騎士。その姿はただ視界に入れるだけでも総毛立つような禍々しいものだった。
『ヒネーテ殿…。そうであったなぁ』
消滅しかけていた
立ち上がり杖を掲げたヒエレウスはアイナとノティヴァンに向かい申し訳なさげに告げる。
『ここまでいらしたということは貴方が勇者様ですな。誠に心苦しいですが姫様、勇者様ここで死んでくださらんか』
掲げられた杖がアイナに向かって振り降ろされる。金属と木のぶつかる甲高い音があたりにこだまする。
「死んでくれと頼まれても、それは出来ない相談だ」
杖を振り払い、アイナを抱えてノティヴァンは数歩分後ろに飛ぶと眉間に皺を寄せながら
『仕方ありませぬな。全ては王のため』
言うと
『行け』
数個、キキを抱き寄せた私の方に飛んできた鬼火を剣で叩き落す。
全ての鬼火が消え去る頃には小屋の屋根と壁は失われ、床だけが申し訳程度に残る瓦礫の山となっていた。
『ノティヴァン、アイナ』
2人に駆け寄ろうとする私の前に闇色の巨漢が立ち塞がる。
『何処へ行くつもりだ?』
ただ、一瞥されただけなのに全身は震えガチャガチャと鎧を鳴らせる。これが上位を束ねるもの
重圧がのしかかり格の違いを見せ付けてくる。中位の私程度が敵うわけが…一瞬で折られそうになる気持ちを必死で立て直す。絶対に負けられない。負けるわけにはいかない。
ガンと思い切り自分の両頬を叩くと震えは止まった。
『キキは下がってて』
小さく頷くとキキは私の言葉に従って穴の開いた城壁の後ろに身を隠した。
双剣を構え眼前の壁のように重厚な禍々しい騎士の暗い炎のようにともる双眸を睨みつけると
『面白い。掛かって来い』
逆手手招きで挑発してくる
『言われなくても貴方を倒す』
言い終わる前に振り下ろした双剣は
私が
終に
仰向けに倒れた
「悪いな。恨んでくれても構わない」
誰にと言うわけでなくノティヴァンは呟くと迷いなく穂先を石に突き立てた。シャリーンと小さな破砕音を立て石は砕けると黒い靄が立ち上がり、靄は闇色の
『ヒエレウス殿が逝かれたか』
私と切り結びながらも発せられた重々しい声からは少しだけその死を悼むものがあった。
「貴方もすぐに追いつくさ」
軽口とともに私と
防戦一方だった状況にはありがたい増援。数的有利を手にしたものの私達の攻撃はことごとくいなされ決定打を与えられずにいた。それでも
「これを喰らえば貴方でもただじゃすまないだろ?」
『そうだな、故に我は命ずる、我が盾となれ』
命じられるままに私の意思に関係なく私の身体は勝手に
「アステル、意識はあるか?」
『ある』と答えようとしたが声がでない。ギギギと無理やりに動かした首がきしんだ音を立てる。それだけ。それでもノティヴァンは理解してくれた。
「ちょっと荒っぽいが君なら大丈夫だろう」
言うとノティヴァンは躊躇なく私の胸に青紫の炎の灯った穂先を突き立てた。元々息はしていない。しかし、あまりの激痛に思わず息が止まったような感覚に襲われ、苦痛に呻きが口から零れる。予想外のノティヴァンの行動に
槍に溜め込まれていた魔力が激流のごとく私に流れ込んでくる。焼けるように身体が熱い。熱は止まることなく膨れ上がり私を内側から破裂させようとする。身体が限界に達し破裂音と共に私の身体は青紫の炎に包まれ、身体が砕ける直前、私の意識は既に青紫の炎の中にあった。
炎が消え去った後には頭部にはねじれた山羊の角のよう装飾、身体のいたるところにな鋭利な突起のある闇色の姿の私が在った。
『まさか、進化か』
「今だ!」
『了解した』
今だ覚めやらない熱に焼かれヒリヒリと痛む身体はそれと引き換えに力に満ち溢れていた。今や同位となった私に
ガシャンと音を立てて落ちた上半身に向かって振り下ろした右剣は闇色の剣を握った
あとは止めをさすだけ。
抵抗できない上半身のみの
倒さなければならない相手であることも、多くの人の命を奪った報いを受けるものであることも分かっている。こいつは
そんな戸惑う私に厳しい声が投げかけられた。
『貴様も騎士なら戸惑うな。真に護る主のために時には非情になれ』
他でもないそれは死して尚主に仕える忠臣、
『貴方のような忠臣を持てた主は幸せ者だったのでしょうね』
言い終え、1拍置いた後に私は
『王よ先にお暇を頂戴いたします』
低く穏やかな声で
「先に進もう」
泣き崩れていたアイナの手をノティヴァンは取り立ち上がらせる。目の周りを赤く晴らしながらもしっかり立ち上がるとアイナも「はい」と頷いた。
城壁から出てきたキキが私に抱きつこうとして寸での所で立ち止まる。わが身を見て思わず落胆の息が漏れた。こんなハリネズミのように尖っていては子供たちを抱けるわけがない。仕方のないことだと分かっていても気分は沈む。
変わりに差し出した手をキキはしっかりと握り返してくれた。ただ、それだけでも私の心は少しだけ軽くなった。
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