第86話

生きる死者リビングデッドの包囲を抜け、行く手を阻む新たな生きる死者リビングデッド骸骨スケルトンをいなしながら進み続けた私達は王城を囲う塀付近に建てられた小さいながらもしっかりとした作りの小屋で小休憩を取っていた。


「この小屋の存在は王族とそれに近しいものしか知りません。ここなら暫く追っ手や迎撃のものも来ないでしょう」


アイナの言うとおりこの付近には不死族特有の闇の魔力の気配は感じられない。


『同族の……気配もない…、ここなら少しは…休めそうだ……』


「そいつはありがたい」


言いながらノティヴァンは壁にもたれながら座り込み、腰のポーチから水筒を取り出すと一気に飲み干し、キキとアイナも床に腰を下ろすと小さな肩掛け鞄から水筒を取り出し口に運びぷはぁと小さく息を吐いた。


私も腰を下ろし壁に身を預け目を閉じる。

生きる死者リビングデッド骸骨スケルトンから発せられた黒い靄が内側から私の身体を烈々と焦がし、ひりついた痛みが全身を襲う。これは怨念の恨みの炎。嘆き悲しみ、未練と言った報われなかった感情の塊。私の身体はそれらを引き寄せ喰らい己の糧とする。

普通の不死者アンデッドなら何事もなく自身の糧にし、その力を強化させだろう。しかし、私は不死者アンデッドでありながら光属性。相反する属性は私に力を与えるのと同時に苦痛も与えた。光属性の私に闇属性の魔力は毒に等しい。

生物が毒を摂取すればやがて死に至るがその点私は大丈夫。ただ、自然に浄化し終わるまでその毒に痛めつけられる程度だ。


何かが肩に触れる感触に目を開けば、心配そうな顔でキキが私の顔を覗き込んでいた。


「お父ちゃん大丈夫?」


『大丈夫だよ。キキはもう動けるかい?』


眉を下げ眉間に皺を寄せている頭を撫でてやるとその顔を僅かにほころばせ笑みを浮べる。


「うちは大丈夫」


『そうか。ノティヴァンとアイナは動けそうか?』


2人に視線を向ければにかっと笑顔を向けるノティヴァンと気丈に微笑むアイナの姿があった。ノティヴァンの方は大丈夫そうだが、アイナの方は頑張ろうとする気持ちは伝わるが身体の方が追いついてないな。私が背負っていくしかないか。


そんなことを考えていると不意に小屋の扉が叩かれた。

それと同時に濃厚な闇の魔力が小屋に流れ込んでくる。

反射的に私は剣を抜き構える。すぐさまノティヴァンも槍を構え扉を見据えた。


「誰だ!」


ノティヴァンの厳しい声の問いに扉の向こうの存在はしゃがれた老人の声でいたって平常と言う口ぶりで問いかけてくる。


『そちらに姫様はおいででしょうか?』


姫様?アイナのことか?私とノティヴァンの視線がアイナに向く前に彼女は声を発していた。


「その声は爺ですか?」


『おぉ、姫様お元気そうで。爺は嬉しゅうございます』


扉の向こうから歓喜に打ち震える声が響いた。アイナの爺の声をまねた罠かもしれない。1歩前に出た私の目配せに意図を理解したノティヴァンが頷く。右手の剣を鞘に戻し、左手はいつでも反応できるように構えたまま扉を開く。


扉を開くとくすんだ朱色の神官服に身を包んだ黄土色に染まった骸骨が杖を手に地に伏し咽び泣いていた。


『爺は爺は姫様の無事だけが何よりの未練ございました。これで心置きなく昇天出来ます』


先ほどまで辺りに漂っていた濃厚な闇の魔力はすっかり薄れ、骸骨神官スケルトンプリーストから感じられる魔力も微弱なものに変わっている。


不死者アンデッドは闇の魔力を糧に存在している。闇の魔力は光の魔力で浄化することで不死者アンデッドを消滅させることが出来る。以前、パナが翁に抱きついて翁の鎧が解けていたのはこのせいだ。低位の不死者アンデッドなら光の女神に仕える神官の敬虔な祈りで浄化させることも可能だ。

ということは、目の前の骸骨神官スケルトンプリーストは未練がなくなり本職の神官として女神に祈りを捧げた事で自身を浄化しているようだ。


「何かこの骸骨神官スケルトンプリースト消滅しかかってないか?」


突然のことに皆呆然とするなかぼぞりとノティヴァンが呟くと慌ててアイナが骸骨神官スケルトンプリーストに駆け寄った。


「爺、本当に爺なのですね。せっかく再会できたのにもう消えてしまうのですか?」


切なげなアイナの声に骸骨神官スケルトンプリーストは顔を上げると骨の顔に笑みのようなものを浮べた。


『これで良いのです。爺達はもう、この世にいてはならない存在なのです』


少しずつ骸骨神官スケルトンプリーストの身体の輪郭が崩れていく。

もう少しで骸骨神官スケルトンプリーストが完全に消滅するという瞬間その肋骨の隙間に闇色の剣が突き立てられた。


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