第62話

目が覚め時計を見るとフェニックス星の刻(8時)を回っていた。

普段は長くても3時間(オーラ)ほどで起きれるのに今日に限っては倍の6時間(オーラ)も眠っていただと。

慌てて部屋を見回すと既にラミナの姿はなく、ベット脇の机の上に書置きがあった。身体を起こして取ろうとして、酷く身体が重い。今日一日、いや、場合よっては数日は魔鎧の森で魔力を補充しないとダメかもしれない。

何とか書置きを取るとラミナの文字で[今日は私達の心配はしないでゆっくり休んでいてください]と私を気遣う文がしたためられていた。

ラミナの気遣いに感謝して、今日は魔鎧の森に行くことに決めたが、その前に厄介な人物を家から追い出さないと。

重い身体を引きずって勇者の眠る部屋の前に立ち、ドアを数度叩くと中から寝ぼけた声で「ふぁい?」と返事が返ってきた。


『もう、朝なので起きてもらえませんか?』


扉越しに私が声をかけると、


「え、悪い。今起きるから」


と慌てた勇者の声とドタバタと騒がしい音が聞こえてきた。


『そんなに慌てなくても良いですよ。朝食作って待ってますから』


ふうと、ため息を吐くと勇者を残して私はキッチンへと向かった。



丁度、朝食が出来上がった頃に寝癖で髪の踊った勇者が扉から顔を覗かせた。


「お、良い匂い」


朝食の香りに寝ぼけ眼だった勇者の目がしゃっきりと開く。本日の朝食は牛の干し肉で出汁をとり、塩コショウで味を調え、ネギを添えたスープに焼いたパンと目玉焼きにマッシュポテトを添えたものだった。


『召し上がれ』


暖めた山羊乳の入ったカップを差し出しながら食事を勧めると、勇者は何の疑いもせず、笑顔で「いただきます」というと目玉焼きを乗せたパンを頬張った。

いや、そこは疑ったりしないのか?

勿論、何かをするつもりはないが、私は魔物で貴方は勇者、普通は警戒とかするものだろうに、この人に勇者の自覚はあるのだろうか?

呆れるやら、驚くやらで私が微妙な視線を投げかけていると、気づいた勇者がパンをくえたまま小首を傾げた。


『貴方、勇者なんですよね?』


パンを飲み込んでから勇者は答えた。


「まあ、そういうことになってる。そういう家に生まれたからってのもあるけど、会いたい人に会えるチャンスかなって」


『会いたい人?』


勇者にならないと合えない特別な人。どこかの国王だろうか?勇者の答えは私の予想を裏切るものだった。


「うん、俺、魔王に会いたいんだ」


魔王。その言葉を聴いただけで身がすくむ思いがした。思わず身震いする私に構わず勇者はなおも話し続けた。


「そう、俺は知りたいんだ。何で魔物と人は争うようになったのか。誰に聞いても詳しい経緯は知らない。調べてもそういう書物は失われましたって。誰かが隠したかのように始まりの記録はない。だから俺達、人族が知らなくても魔族のそれも王様の魔王なら知ってるんじゃないかって」


目のさめるような思いがした。

この世界に住む誰もが人と魔物のは互いに争いあうものと自然と理解し受け入れていた。それに疑問を持つものは皆無に等しかった。

私も人とは争いたくはないと思ってはいても、そうなるかもしれないことに日々怯えていた。私も何故、争いあうのか原因も知らず知ろうとしない群集の1人だった。

真実は当たり前だった日常を根底から崩していくかもしれない。勿論、勇者はそれを承知なのだろう。それでも尚知ろうとする勇者に私は尋ねた。


『知ってどうするんです?』


私の問いに勇者は苦しそうな、悲しげな表情で


「納得できる答えが欲しいんだと思う」


『何に対する答えですか?』


「何故、あの人達が死ななきゃならなかったのかって」


勇者の言う、あの人に私は心当たりがなかった。静かに勇者の言葉を待っていると、指を組み合わせ俯きながら勇者は語りだした。


「オークの親子のことは覚えているだろ?」


昨日の夜に話していた心優しいオークのことだろう。『覚えていますよ』と頷くと


「めでたし、めでたしで終わったと思うだろ?」


言う勇者の顔には暗い笑みが浮かんでいた。


「半月後、あの親子の姿を見たのは町の祭りの宴会の席だった」


嫌な予感しかしない。続く言葉を聞くのが怖い。耳を塞ぎたくなるのを堪えながら私は続く言葉を待った。


「宴会の席の真ん中に料理されたオークの親子の首があったんだよ…」


『そんな…』


何故?どうして?オーク達は勇者を送り届けてひっそりと暮らしていたはずなのに。こんな目にあって良い存在じゃないのに。


『どうしてそんなことに』


疑問と同時に胸の奥からあまりの理不尽さに怒りすら湧いた。


「俺だって大人に聞いたさ、そしたら丁度良いところに珍味がいたかだってさ。笑えるだろ」


怒りも悲しみも押し殺したように小さく喉を引く付かせて勇者は嗤う。


「人族からしたら魔物に善も悪もない。敵だから、魔物だから狩って良い。そんなので納得できるか!!」


最後の方は悲痛な叫びだった。


「だから俺は人族を救いたいから魔王と対決するんじゃない。俺は俺が納得したいから魔王に会いにいくんだ」


ふうと、息を吐き勇者は冷めた山羊乳入りのカップを手に取り飲み干すと苦笑いを浮かべならが私の方を見た。


「こんな勇者で幻滅しただろ?」


『いえ、私もその場にいたら貴方と同じ気も持ちだったと思いますから』


首を横にふり答える私に勇者は目を丸くして驚いた後に嬉しそうに笑みを浮べた。


「君なら判ってくれる気がした。ありがとう」


勇者が私に礼を言い終わると、チリンチリンと来客を知らせる鈴が鳴った。



来客は勇者の連れの戦斧を携えた巨漢の銀鎧の戦士だった。


「勇者が世話になった」


礼を述べるその声は低く渋い男性の声だった。


『いえ、たいしたおもてなしも出来ずすいません』


私が軽く頭を下げると、後ろから付いてきた勇者が威勢よく


「バート、凄いんだぞ、この人自分で食事が作れるんだ」


凄い凄いとはしゃぐ勇者に、銀鎧の巨漢、バートはやれやれといった声で


「凄いのではない。それが成人なら普通だ」


「普通なのか?」


自信なさげに此方を見る勇者に私は控えめに


『まあ、普通というか出来ている方が好ましいかな』


「そうだな。これを機に勇者も練習すると良いだろう」


私に同意してバートが頷くと、


「良いのか?俺が作るとどんな食材もポイズンスライムになるぞ」


え?ちょっとそれはどうなのか?一瞬の沈黙の後にバートが深いため息を付いた。


「そうだった。勇者はポイズンスライムを作るが得意だったな。料理の練習の話は忘れてくれ」


盛大な皮肉をこめた言葉を吐くと、バートは私に一礼する。


「それでは、これより王との謁見があるので勇者と失礼させてもらう」


まだ、ここに残りたそうな勇者の腕をバートはしっかり掴むと半ば引きずる勢いで王城目指して歩き出した。


「またな!」


首だけ後ろに向け、掴まれてない腕を振りながら勇者の姿は遠ざかっていた。

さて、私も翁の所にいく準備をしないと。


賑やかだった部屋はしんと静まり返っていた。賑やかだった原因だった人物をつい思い浮かべてしまった。

勇者か…

どことなくアネモスに似ていたなぁ。

嫌い?いや、むしろ好感が持てる。

お互いなんのしがらみもない冒険者同士だったら一緒に組んで冒険したら楽しいだろうなと思えるような人物だった。

けれど、私は魔物、相手は勇者。互いの存在が相手にとって枷にしかならない存在。

人族の希望であり、正義の使者である勇者が宿敵である魔物と友人関係であろうなら、人々は裏切られたと思い、落胆し失望するだろう。失望が恨みに変わるのは容易なことだ。恨みは憎しみに変わり勇者を傷付けるだろう。

魔物が宿敵である勇者と友人であろうなら、それは種族に対しての裏切り行為だ。種族を裏切ったものが許され、生きていけるとは思えない。


だから、どんなに勇者が良い人であろうと私と彼は友人にはなれない。お互いのためにもなってはいけない。


『魔物と人が共存できる世界だったら友達にもなれたんだろうな』


零れた言葉は静まり返った部屋にあっけなく吸い込まれていった。

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