第59話
「召集に応じ、御前に」
跪き、主賓席の国王に頭を下げる私に国王は満足げに微笑む。
「うむ、良くぞ参った。では、試合を始めよ」
『御意』
立ち上がり、勇者に向かって双剣を構えると、勇者も純白の柄に金で蔦の模様の彫られ、石突に備えられた薄緑の石の中には何かの紋様が封じられた美しい槍を構えた。何より目を引いたのはその穂先だった。
この世界で最も貴重で強度のある鉱石、水晶のように透き通り鋼のように強固な金属、水晶鋼。
水晶鋼は周囲の魔力を吸収して色付く。その地に火の魔力が多ければ赤色に、水の魔力が多ければ水色にといった具合だ。その中で無色透明というのは群を抜いて珍しい。
なにせ、全く魔力のないところでないと採掘出来ないからだ。この地上において全く魔力のない場所はなく、多少なりとも魔力は存在している。故に職人の間では幻の金属とも言われている。
そんな金属を武器として使う。おそらく、女神からの賜り物なのだろう。
性能は気になるが想像がつかない。直感的に私達魔物に対して有利なものだろうとしか思いつかなかった。
あれこれ、考え込んでいると待ちくたびれた勇者が私に声をかけた。
「そろそろ。始めないか?」
『そうですね』
「じゃあ、俺から行かせて貰うよ」
言葉と同時に勇者が切り込んできた。
動きは追える。
いや、分かる?この動き数時間(オーラ)前にも…
何度か切り結ぶと勇者の方も何かに気づいたのかすっと槍を収めた。
「その体捌き誰に教わった?」
『私の師匠の翁に』
「翁?名前は知らないのか?」
『知りません。本人が教えてくれませんから』
「そこは、知ろうとしないのかよ」
勇者が呆れた声をだす。いや、言いたくない相手に無理やり聞くのは無遠慮すぎるだろう。私が呆れた雰囲気を出していると、勇者は何か良い考えが思いついたのかぱっと顔を輝かせた。
「じゃあ、その人に会わせてくれ」
誰か分からないなら直接会いに行く。それは行動的には正しいのだが、いかんせん、場所が場所だからなぁ。まあ、本当に勇者が女神の加護をもつなら大丈夫なのだろうけど翁の方の事情もあるだろうし…
私が答えあぐねていると、痺れを切らした勇者の方から提案された。
「ならこうしよう、俺が試合に勝ったら君は俺を師匠に会わせる。戦士で男の約束を無碍にする奴はそういないだろ?」
確かに言い訳があれば会わせやすい。が、私が負けるのが前提なのは少しばかり癪に障った。
『提案は悪くないが、私が負けるのが前提なのはいただけないな』
私がむっとした声を出すと、ニコニコ笑顔の勇者は槍を手の中で遊ばせながら
「なら、本気の勝負で俺を負かしてみろよ」
その挑発乗ってやる。
『後悔するなよ』
「いいね、そういうの」
殺気と魔力を身にまとった私の言葉に勇者は楽しげに口元だけ笑い槍を構えた。
蹴った地面が軽く抉れ、速度と体重の乗った双剣で勇者の右わき腹を切りつけようとしたが、ゴンと鈍い低い音を立てて、私の狙った一撃は槍の柄に防がれた。
即座に槍を支点に繰り出された勇者の回し蹴りが私を襲う。
バックステップでかわし、地に足が着いたときには槍の穂先が眼前に迫っていた。左の剣で跳ね上げ軌道をずらしたが、僅かに穂先は肩を掠めていった。
流石は勇者と呼ばれるだけあって強い。
勇者が強いのは技量だけではなかった。その手に持つ槍もやはり魔物、特に私のような魔力で動いているものには天敵ともいえた。
先ほどは本気ではなかったのか殆んど感じなかったが、本気となった今は刃を交えるたびにごっそりと身体の魔力が削り取られていく。傷を負わずとも人で言えば出血多量の傷を負わされているというのは理不尽極まりない話だ。
技量だけの差なら底なしの体力で勇者のスタミナ切れを狙えたが、この槍が相手で戦いを続ければ魔力がなくなり私が消滅しかねない。
既に息も上がり、身体の自由も利かなくなってきていた。
視認はできても身体が追いつかない。
鳩尾目掛けて突き出された槍の石突をもろに食らい、ガギンという金属がぶつかる音を立てながら吹っ飛ばされ、私は宙を舞い受身もとれず仰向けに地面に叩きつけられた。
なんとか身体は今の一撃を耐え抜き貫かれることはなかった。
正体が暴かれる危機は脱したものの、今の一撃で視界もかすみ始め、耐え難い眠気までも襲ってきた。
ここで眠ったらダメだ。
頭を振って眠気を飛ばそうとしてもなくなる気配がない。
これ以上は限界だ。
剣を杖代わりにして立ち上がり手を突き出し静止のポーズをとり私は敗北を認めた。
『降参だ。…私の負けだ』
「え?マジで」
勝者であるはずの勇者が呆けた声を出したところで「勝者、勇者」と国王が勝利宣言をくだした。
一刻も早く大衆の目の届かないところへ行かないと。自由の利かない身体を引きずりながら何とか選手入場口の扉の奥に滑り込み、壁に背を預けたところで眠気にも負けた私の意識は闇の中へと落ちていった。
目が覚めるとそこは自宅の寝室のベットの上だった。上体を起こし周りを見回すと心配そうな面持ちのラミナ達と何故いるのか分からない勇者と部屋の端に見覚えのない巨体の銀色の全身鎧があった。
「良かった、目が覚めて」
真っ先に声をかけ、私を抱きしめたのはラミナだった。続いてソアレとキキが「良かった」と口々に言いながら私に抱きついてきた。
『心配かけてごめん』
子供たちの頭を撫でながらラミナに謝罪の言葉を述べた後、ベットの脇に立つ勇者に尋ねた。
『何で貴方が家にいるんですか?』
「ん?あぁ、俺が君を運んだから」
『それは…ありがとうございました』
形だけでも礼を述べると笑顔で勇者は言葉を受け取り此方にお構い無しに喋り始めた。
「それにしても、君さ。ちゃんと食べてるのかい?鎧込みでその体重じゃ軽すぎるよ」
『え、まぁ、ご心配ありがとうございます』
気圧されてしどろもどろに答える私に休む間もなく勇者は次の質問を投げかけてきた。
「で、さあ、本題なんだけど。俺のじいちゃんの居所知ってるよね?」
問う勇者の声は明るく笑っているようだが、目は真剣なものだった。
『勇者のおじいさん?』
私が首をかしげているとラミナが勇者の問いに答えた。
「貴方のお爺様なら魔鎧の森にいらっしゃるわ」
ラミナの答えに勇者の顔に影が差し、
「やっぱり、死んじゃってたのか…」
深い悲しみの篭った呟きが勇者の口から零れた。
『ラミナどういう事なんだ?』
事体が飲み込めず困惑する私にラミナは申し訳なさそうな顔で答えた。
「前に翁さんに手紙を出したのは覚えているでしょ?」
『ああ』
「返事にね、書いてあったのよ。翁さんの正体のことも。もし親族に尋ねられたら答えるのは良いけど、アステルには黙ってて。憧れを穢したら悪いからって」
『そうだったのか…』
「ごめんなさいね。黙ってて」
申し訳なさげに顔を伏せるラミナの手を私は優しく握り、
『ラミナと翁が私を想って黙ってくれてただけなのだろ?それに怒るわけないだろ』
微笑むような口調でラミナに声をかけていると背後から何ともいえない雰囲気の視線を感じ振り返るとげんなりとした顔の勇者の姿があった。
『どうかしましたか?』
「いや、幸せ夫婦オーラが独り身には眩しいなって」
そういうものなのか?私が不思議そうに勇者を眺めているとはあと深くため息を付くと勇者の面持ちは真面目なものへと変わっていた。
「話を戻そうか。約束どおりじいちゃんの所に案内してくれ」
約束を違える気は勿論ない。ただ…
『翁がいるところは生身の人が行けるところではないのは分かってますか?』
魔鎧の森は生者が立ち入ればたちどころに生きたまま死に、闇の住人、不死者(アンデッド)に成り代わる。
「勿論、知ってのことだ。女神の加護もある、これなら大丈夫だろ?」
私が懸念していることを勇者は理解していた。
『分かりました。貴方を翁の元に案内します』
私はベットから降り、腰のポーチから一本の鈍い真鍮色の鍵を取り出し、寝室の扉の鍵穴に差込回すとカチャリと鍵のまわる音がした。
私が扉を潜ると慌てて勇者も後に続き、その背が見えなくなるとパタリと軽い音を立てて扉は独りでに閉まった。
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