第58話
≪間もなく闘技場で決勝戦が行われます。生徒達の勇姿、とくとご観覧くださいませ≫
スピーカーと呼ばれる設置された場所に音声を届ける箱型の魔道具から流れたのは闘技場で行われる試合の案内だった。
「もう、そんな時間か」
時計を見て少しばかり焦った様子のリーリエに
「そうですよ義姉上、我々も向かいましょう。デイジーも父上達が待っているよ」
やれやれといった顔をしたクラジオ王子がデイジーに向き直り手を差し出すとデイジーは微笑、その手を取り闘技場へと移動を始めた。
少しばかり歩みを進めたところで私達の方にリーリエが振り返る。
「アステル達も観にいかないか?今回の特別主賓は今代の勇者だぞ」
『勇者!?』
勇者といえば、いつの時代でも少年達の憧れの存在だ。例に漏れず、私も幼い頃は勇者に憧れを抱いていた。
しかし、今はそうも言ってはいられない。勇者とは魔物をその王である魔王を倒す存在。魔物である私達からすれば宿敵であり、天敵でもある。私が魔物であると知れば間違いなく勇者は滅ぼしに来るだろう。
このまま鉢合わせずに済ますのが最善だろう。けれど、心のどこかで勇者の戦いぶりを見てみたいと思う気持ちもあった。
『どうする?』
悩んだ末に隣にいるラミナに問うと、彼女ははあとため息1つ
「そんな、子供みたいにキラキラした目で聞かれたらダメって言えないじゃないの」
『そうか?』
ソアレとキキの方を向けば2人ともコクコクと首を縦に振っていた。
「観にいくまでは許すわ。でも、間違っても接触なんかしちゃだめよ」
『そんなことするわけないだろ』
「絶対だからね」
念を押されてしまったがこればかりはしょうがない。こうして、私達もリーリエ達の後に続き闘技場へと向かった。
この王立学園には王国を守る武を育成する騎士科と智の発展と研究を行う魔術科と貴族の子息女に一般教養などを教える一般科と3つの科があり、闘技場は騎士科の校舎のそばに立てられていた。闘技場は授業で使われるのは勿論、今回のような催し物でも使われることも多々あった。
その広さは縦横100マクリス(m)の円形であり、その周りを階段状の座席がぐるりと周りを囲っていた。
デイジー達は国王達の待つ主賓席へと向かい、私達は一般観覧席の後ろの方に僅かに空いた席に座ることが出来た。
闘技場中央からはかなり離れていて、人の目では何となく人物が動いているのが分かる程度だが、私なら身体強化の魔法で視力を向上させてほぼ目の前で見ているように見ることが出来た。ソアレとラミナは遠くも近くで観ているように見える魔道具の遠観の眼鏡を鞄から取り出しかけ、キキの場合は本人いわく、観たいと思ったら見えるらしい。
流石は最上位種の竜(ドラゴン)といったところか。
「これより決勝戦を開始いたします。選手の入場です。皆様拍手でお迎えください」
闘技場中央の広場には音声拡大の短い棒状の魔道具、一般的にはマイクと呼ばれるものを持った司会が立ち、試合開始を告げると決勝まで勝ち進んだ騎士科の生徒が左右の扉から入場し、その姿に客席から盛大な拍手が贈られた。
2人が闘技場の中央にたどり着くと司会は既に解説席に移動していた。
主賓席の国王がおもむろに立ち上がりマイクを握り
「それでは試合を開始する」
と開始の宣言を行うと、舞台中央の2人は互いに武器を構え、相手に向かって駆け出した。槍と大剣が何度もかち合い、金属のぶつかり合う甲高い音が舞台に響く。そのたびに客席にどよめきが訪れていた。
どちらの生徒も良い動きだ。だが、…ここで翁と比べてしまうのは私の悪いクセだ。あの人は正真正銘の化け物だ。10年稽古をつけてもらってやっとその足元に追いつけたかどうかというところだろうか。
そんなことを考えていると槍を持った青年が体制を崩し、地面に転がる。すかさず大剣を持った青年が切り込み、勝負が決まったかに見えたが、振り下ろされた大剣は槍の下からの払い上げで青年の手から離れ、近くの地面に転がった。剣を拾おうと青年が手を伸ばした時には槍の穂先が青年の首元を捕らえていた。勝敗は決した。
「勝負あった。勝者エナ!」
国王が槍の青年を名を告げると闘技場を埋め尽くさんばかりの歓声と拍手が上がった。
勝者であるエナは槍を収めると地面に膝をついていた大剣の青年に手を差し伸べた。悔しそうな顔ながらも大剣の青年は差し出された手を取り立ち上がっるとわーと歓声が上がった。
「健闘した2人の選手に惜しみない拍手を」
司会が請うのと同時に盛大な拍手が2人に送られた。
拍手が止むのを見計らったところで司会は右手の扉に手をかざした。
「それでは今回の特別主賓に登場願いましょうか!」
会場の皆の視線が扉に向かう。扉から姿を現したのはすらっと背は高く、クセのある焦げ茶色の髪に深い緑のややたれ目の親しみやすそうな顔立ちの青年だった。
『あれが勇者?』
見た目だけなら一般より少しばかり顔の良い冒険者と言われても分からないような青年だった。
私が首を傾げていると勇者は微笑み手を振りながら観覧席をぐるっと見回し、私達の座る方向でぴたりと止まった。
ほんの一瞬勇者と目があった。それだけでぞくりと背筋に冷たいものが走った。見た目はどうあれ、やはりあの青年は勇者なのだろう。これ以上ここにいるのはまずい。
『ラミナ、ソアレ、キキもう帰ろう』
焦りを含んだ私の声に3人は緊張した面持ちで頷き席を立ち、この場から去ろうとすると、あろうことか勇者の方から声を掛けられてしまった。
「あ、今帰ろうとしてるそこの黒い鎧の人~」
勇者の手にはマイクが握られ、その声は会場中に響きわたる。無視して去ろうにも既に観客の視線は私に注がれていた。
「折角なんだから、俺の戦い観てってくれないかな。それとも対戦相手になってくれるかな?」
いたずらっぽく笑う勇者に国王の言葉が追い風になった。
「ふむ。勇者とアステルの試合か。悪くない許可しよう」
まさか、ここでリーリエに稽古をつけていたのが仇になるとは。湖に行って以降、リーリエに請われて時間があるときは王宮の騎士訓練場をつけていたのを見られていたらしい。
国王の言葉にリーリエと双子の騎士は力強く頷き、デイジーだけは顔を青ざめさせていた。
「アステル前に」
国王に召集されては逃げることも出来ない。いや、ここで逃げればかえって怪しまれてしまう。
『行ってくる。ちゃんと帰ってくるから』
不安げに私を見つめる3人を抱きしめ、ソアレとキキの頭を撫でると私は勇者の元へ向かった。
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