第42話

貸切の店内を女性陣は楽しげに商品を見て回っては試着室に入って一喜一憂していた。

店内には服以外にも装飾品も並べられていた。

棚の一番上段に展示されていた白い花を型取った硝子に金属の蔦を絡めたような髪留めに目が留まった。

これなんかパナのお土産に良いかもしれない。

棚から掴み籐で編まれた買い物籠に髪留め入れていると、その姿を見たラミナに尋ねられた。


「髪留め?誰にあげるの?」


聞いてくるラミナの目が据わってる。え?何か機嫌が悪くなるようなことでもしたか?


『え?あぁ、パナにもお土産でもと…』


「そう…」


しどろもどろに答える私に対して普段聞いたことのないような低いラミナの声が怖い。

思わず、反らした視線の先にあったドレスに目を奪われ息を呑んだ。

真珠のような光沢のある布地には細かな水晶のビーズがちりばめられ、薄く刺繍の施されたレースをふんだんに使い、スカートがふんわりと広がるようにフアレを多用した美しいウエディングドレスがあった。

私の視線がウエディングドレスに固定されていると、ラミナも視線の方を向き固まった。

ラミナは可愛らしいが際立っているが美しいヒトだ。そんな彼女がこれを着たら女神にだって負けないだろう。

思ったことがそのまま言葉に出ていた。


『ラミナが着たら女神にだって負けないだろうね』


「そうかなぁ」


隣を見るとラミナは顔を真っ赤にして俯いていた。


「試着してみます?非売品なのでお売りすることは出来ませんが」


いつの間にか私達の隣に笑顔のシューリが控えていた。


『どうする?』


ラミナに聞いているものの、私としては着ている姿が見たい。


「アステルは見たい?」


『勿論』


私が即答すると、暫く悩んだ末、ラミナは恥ずかしげに


「……じゃあ、着ちゃおうかな」


と試着することを選んだ。




ラミナとシューリが試着室に入ってから30レプト、シャーと音を立てて更衣室のカーテンが開き、頭に端に飛び立つ鳥の刺繍のされたベールを乗せ、純白のウエディングドレスは柔らかな日の光を反射して輝き、それに身を包んだラミナが姿を現した。その姿は女神が光臨したといっても良いほど美しかった。


「どうかな?」


恥ずかしいからか頬を赤らめ、俯きながら更衣室の前に居並ぶ面々にラミナが尋ねると一番にソアレが答え、キキがそれに続いた。


「まま、すごくきれい!!」


【お母ちゃん、めっちゃ綺麗や。お姫様みたい】


「ありがとう」と微笑み、ラミナは私の方を見つめた。

言葉が出ない。予想はしていた。けれど、それ以上に美しい。ヒトは本当に綺麗なものの前では言葉を失うのかもしれない。


『……綺麗だよ』


どうにか、搾り出せた言葉にラミナは満足したようで満面の笑みを浮べていた。





「満足したから、着替えさせてもらうわね」


そう言って更衣室に戻ろうとするラミナの腕をソフィアが掴み、私の腕をマリーが掴みそのままラミナの隣まで引きずっていった。並ばされた私達の前には右腕を胸の前に左腕は肘から上だけを天に向けたポーズのソフィアが待ち構えていた。


『何をするんだ?』


「何?ソフィア」


私とラミナが首をかしげているのに構わず、ソフィアはその鈴のような澄んだ美しい声で私達に尋ねた。


「汝ら、いかなる困難の前にも互いを想い、永久の別れが訪れるまで愛し合うことを誓いますか?」


え?これって、結婚の誓いの言葉?

戸惑ってわたわたとうろたえる私と恥ずかしさから顔を真っ赤にして俯くラミナに再度ソフィアは問いかけた。


「誓えますか?」


その声は普段の彼女からは聞くことのない真面目なものだった。

ラミナは私を愛してると言ってくれた。

私もラミナを愛してる?

ラミナもソアレもキキも私にとってはかけがえのない大切な存在。そう思うことが愛することなら私はラミナを家族を愛してる。


『誓います』


迷いのない声で私が答えると俯いていたラミナがばっと顔を上げ、私の金色の瞳をじっと見つめる。みる間に藍色の瞳に涙が溜まりツーと一筋の涙がラミナの頬を伝い、そっと拭った私の手にラミナの手が重ねられると静かに彼女は頷いた。


「ここに誓いは立てられた。≪汝らに祝福を≫」


ソフィアは胸の前に止められていた腕が私達の方に差し出すと、私とラミナの左薬指に細い鎖が巻き付き、次の瞬間には銀色の指輪に姿を変えていた。


「おめでとう」


涙ぐむラミナの頭をソフィアが優しく撫でる。

涙を拭い顔を上げたラミナを待っていたのはこの場にいる全員の祝福だった。


「「おめでとうございます」」


マリーとシューリの声が合わさり、


「【おめでとうまま(お母ちゃん」】


ソアレとキキの声がハモり、今まで静かだったクックマーチとハルが口を開いた。


「「おめでとうございます。本当に綺麗ですよ」」


「ありがとう」


礼を言い微笑むラミナは本当に幸せそうだった。




ラミナの着替えが終わり、女性陣のお目当てのものが決まるまでに1時間オーラ掛かった。

子供にとっても長い時間なのにソアレはぐずることなく大人しく待っていた。


『ソアレはちゃんと待てて偉いな』


優しく頭をなでてやると、ソアレは嬉しそうに目を細めながら


「だって、ままとききおねえちゃんがかわいくなるんだよ」


『そうだな。待つ価値はあるな』


私が頷き笑うとソアレもにこっりと笑った。


『これで決まりかな?』


私がラミナとキキに尋ねるとラミナは裾にかけてふんわりと広がる白のペプラムブラウスと後ろの方が丈の長くなっている前後非対称の若草色のフィシュテールスカートを選び、今着ている服の上から重ねて見せた。キキも淡い桃色の裾にフリルの付いた可愛らしいシャンパースカートを選んで同じように前に重ねて見せる。


「似合うかな?」


2人同時に上目遣いで聞いてくるのに思わず私とソアレは笑う。


『良く似合ってるよ』


私の言葉に満面の笑みを浮べる2人からそっと服を掬い取るとカウンターで待つシューリの元に向かった。ちらりと後ろを振り返るとラミナもキキも目を丸くして私を見ていた。


『会計、お願いします。贈り物で包んでもらえますか?』


「畏まりました」


シューリに金額を告げられ支払うと彼女は慣れた手つきで服を梱包していき、最後に淡く可愛らしい色で彩られた紙袋に服をしまってくれた。


「お買い上げありがとうございます」


商品を私に手渡すと彼女は深々と頭を下げた。


『こちらこそ、ありがとうございます。それとあの2人と…』


ソフィアとマりーの方に視線を向けるとシューリもその方向を見る。

視界の端に栗色のツインテールが目に入った。クックマーチには世話になるどころか最悪な目に合わされた。好きか嫌いかと問われたら嫌いの方が比重が高い。

それでも、この場で1人だけのけ者にするような真似をするのは可愛そうな気もした。クックマーチもそれを分かっているのか、服を握りながらも私と視線を合わせようとはしなかった。


『あの栗色の髪の子のもお願いします』


「え?良いのやったー」


「アステル君ありがとー」


喜びその場で小躍りするソフィアと私に駆け寄りひしっと手を握るマりー、じっと私の目を見て目の端に涙を浮べるクックマーチと喜び方は様々だった。


「私にまでありがとう…」


『まあ、今回だけだからな』


服の包みを抱きしめたクックマーチが私の傍により小さな声で礼を言う、そんな彼女に私はそっけなく返した。


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