第18話

地竜襲撃の翌日、ラミナは村人の治療に外に出て、ソアレはわたしの隣ですやすやと眠る部屋に全身包帯に巻かれているもの確かな足取りでゴブリン村長が訪れ、わたしに向かって深々と頭を下げた。


「礼を言うのが遅くなってすまんのう。地竜を倒してくれてありがとう」


『あ、いえ、礼なんて。わたしも必死だっただけですから。それよりも村長が無事でよかった』


慌てて身を起し、わたしが村長の無事を喜ぶと村長も


「お互いボロボロじゃが無事でよかったわい」


と包帯の隙間から覗く目を笑顔で細めた。

それから村長は両手で抱えていた布の包みをテーブルの上に置くと包みを開いた。包みの中は透明度の高い子供の頭ほどもある黄色の魔石だった。


『この魔石は?』


「地竜の幼生のものじゃ」


『地竜の幼生…なんでそんなものを?』


呟くだけで息が荒くなり、胸の奥が苦しくなった。


「お前さんが貰ってくれるのが一番の供養になると思ってな。アステルの力になるのならあいつも浮かばれるじゃろ」


そう言うと村長は魔石をわたしの両手に持たせた。


「貰ってくれるかの?」


村長の問いかけにわたしは頷くことしか出来なかった。


「ありがとう。お互い養生せんとな」


手を振り扉を出る村長に小さく「はい」と小さく返した。


受け取った魔石から魔力を吸収しようと意識を魔石に向けたとたん、膨大な魔力が勝手にわたしの方に流れてきた。あまりの量にわたしは思わず咽こんだ。

流石、幼生とはいえ竜の魔力を蓄えた魔石。全ての魔力を吸収し終えた頃には全ての傷は治り、魔力も活動するのに十分量補充されていた。


相変わらずタイミングを計っているかのようにソアレが目を覚まし泣き出した。


『どうした?お腹が減った?』


抱きあげてみるとぐっしょりとオムツが濡れていた。


『あぁ、オムツか…ちょっと待ってて』


抱き上げたソアレを一度ベットに戻すとラミナが置いていった鞄からオムツを取り出し、新しいのと交換したがソアレはまだ泣き止まなかった。


『こりゃ、どっちもだったか』


片手でソアレを抱いたまま、わたしは扉を開けあらかじめラミナに説明されていたキッチンへと向かった。キッチンのテーブルの上にはラミナの書置きが残されていた。


[ミルクと離乳食は保存の石箱に入っています。]


ソアレのご飯は石箱の中か。キッチンを見回すとラミナの家にあるのより一回り小さい石箱があった。石箱の扉を開くと中身の入った哺乳瓶と細かく野菜と肉の刻まれたスープの入った小鉢があった。哺乳瓶と小鉢が沈まない程度に水を張った鍋に二つを入れコンロに火をかけた。

程よく温まったところで火を止め、哺乳瓶と小鉢をテーブルに移した。


「まんま~、まんま~」


ソアレを抱いて席につくと懸命にソアレは小鉢に手を伸ばしていた。


『はいはい。いま食べさせてあげるから』


ソアレの首に前掛けをかけると、伸ばしている右手に木製のスプーンを握らせた。


「うまぁ、うまぁ」


美味しそうに極上の笑顔でスープを頬張るソアレの顔の周りは勿論一大惨状だ。


食事が終わりシンクに食器を片付けているとキッチンの窓から見える外をしきりにソアレが指していた。


『散歩に行きたいの?』


わたしが尋ねるとむーむー言いながらソアレは頷いていた。


『それじゃあ、用意しないとね』


オムツに着替えにお菓子に水筒のセットをわたしの手のひら大の空間圧縮収納ポーチに詰め、腰に下げる。空間圧縮の魔法を込められた特殊な布で作られたポーチだからこの大きさですんでいるが、普通にこの量を持って歩こうとすると散歩だけでも民族大移動状態など日常だ。

それからソアレをおんぶ紐に乗せて背負い取付金具を胸の前で止め、濡れたオムツとシーツを剥いで持つとわたし達は家を出た。


ゴブリン達の住む洞窟は外の日照時間と同じに設定されていて、朝夕の明暗があった。

玄関扉を開けると洞窟内の明るさはお昼ぐらいに調整されていた。

先に洗濯を済ませないと。

物干しの方を見ると家主の村長夫人ゴブリンが洗濯に勢を出していた。


地竜に瓦礫にされたのは村の集会所でそこから少し離れた所にあった村長の家は難を逃れていた。


『こんにちは。お世話になってます』


村長夫人に声をかけるとにかっと良い笑顔で振り返る。


「良いて、気にするんじゃないよ。あんたのお陰でうちの人も助かったようなもんだし。ん?洗濯かい?」


わたしの持ている汚れ物に村長夫人は気づくと「貸しな、一緒に洗っておくよ」とこちらに手を伸ばした。


『いえ、これくらい出来ますから』


わたしが断りの言葉を発するのと同時に洗濯物は村長夫人の手の中にあった。


「人の好意は素直に受けとっときな。気をつけて行って来な」


『ありがとうございます』


わたしは村長夫人に頭をさげ背中できゃきゃとソアレが笑いながら手を振ると村長宅をあとにした。



特に目的地はなかったが、とりあえずラミナが治療を手伝っているゴムリンプリーストのいる家を目指すことにした。

村の中を歩いているとどこからともなくゴブリンの子供たちが寄ってきてはソアレをみて口々に「可愛いね」と言っては優しくその身体に触れてくる。

気づけば子供ゴブリンの親達も出てきてソアレを見ては「可愛いね」と口にしてはその小さな足や手を撫で、見渡せはわたし達の周りはゴブリン達にぐるっと囲まれていた。

ゴブリン達にもみくちゃにされていてもソアレは楽しそうキャッキャと笑っていた。

暫くして「ばいばい」とソアレが手を振るとゴブリン達の囲いに一本の道が出来、やっとわたし達は解放された。

そんなことを何度か繰り返しているうちにわたし達が目的地についたころには夕暮れ時くらいに照明は暗くなっていた。

トントンと扉を叩くと中からラミナの柔らかな声がした。


「はい~。どなた?」


扉を開けたラミナはわたしとソアレの姿を見ると少しばかり驚いた顔をしていた。


「まあ、どうしたの?」


『散歩がてらに顔を見に来たんだ』


「ふふ、そうだったの」


ラミナが微笑むとソアレは「まま」とわたしの背中からラミナに向かって手を伸ばしていた。

そんなわたし達の姿をラミナの後ろから現れた濃い藍色のローブに身を包んだゴブリンプリーストの老婆ゴブリンはニコニコと笑顔で眺めていた。


「怪我人の治療も落ち着いたことだし今日はもう終いにしようかね。母さんを長いこと借りて悪かったねぇ」


ソアレの足に触れながら老婆ゴブリンがソアレに詫びていたが、ソアレは気にした風もなくキャッキャと笑っていた。


「今日はうちで夕飯をご馳走するよ。食べておいき」


食事の誘いに一番目を輝かせたのはラミナだった。


「ご馳走になります」


その笑顔は飛び切り輝いていた。


暫くして老婆ゴブリンのキッチンテーブルには二人分のミートボールパスタに乱切り野菜のスープとソアレにパン粥とわたしの前には3色の握りこぶし大の魔石が並べられていた。


「「『いただきます」」』


わたし達が手を合わせるとソアレも小さな手を合わせ和やかな食事が開始された。

「うまうま」、「美味しいわ」と豪快に食べるソアレとラミナの食べっぷりを見ているだけでわたしは幸せだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る