第17話

目が覚めると同時に右肩口の激痛に思わず呻き声が上がる。

何がどうなっている?

背面に感じるのは土の固さではなく柔らかい布団の感覚。視線を巡らせるとベットの脇には木製のテーブルと椅子だけがある質素な部屋だった。

そして右わき腹の傍にはソアレがすやすやと眠っていた。

何故ソアレがここに?

疑問に思っていると部屋の扉が開き包帯を手にしたラミナが姿を現した。わたしがラミナの方を見ると目を見開いてラミナが駆け寄ってきた。


「目が覚めたのね。良かったホントに良かった」


間近で見る彼女の目は赤く腫れぼったくなっていた。随分泣かせてしまったみたいだ。まだ痛みのましな左手でそっとラミナの頬に触れた。


『いっぱい心配かけてごめん』


「うん、いっぱい心配した。でも、貴方が生きていてくれたのならそれだけで良いから」


ぎゅっと左手を握り返すラミナの目には涙が浮かんでいた。


『本当にごめん』


何度謝っても足りないくらい彼女には心配をかけてしまった。申し訳なさにこれ以上言葉がなかった。

重い沈黙に空気を読んだかのタイミングでソアレが目を覚ました。


「ぱぱ、ぱぱ」


とにこにこと甘えた声でわたしの右わき腹から胸によじ登りだし


「いたい、いたい」


胸に巻かれた包帯の上からソアレの小さな手が撫でると少しだけ痛みが引いていた。

頭だけ少し起こし全身をみると体中包帯で巻かれていた。

これではリビングアーマーというより火の国にいるという全身を包帯で巻かれた魔物のマミーだ。思考を読んだのか?と思うようなタイミングで


「これじゃ、リビングアーマーじゃなくてマミーよね」


『まったくだ』


微笑むラミナにわたしも苦笑いで返した。

それにしてもわたしは何故に包帯で巻かれているのだろう?生身の種族なら分かるが、わたしの種族、リビングアーマーは自己修復機能がある。放っておいても時間と共に治るわけだが…。


『ラミナ、2つ聞きたいことがあるんだが』


考えていても答えはない。わたしは疑問をラミナに尋ねることにした。


「なあに?」


左手を握ったままラミナは小首をかしげた。


『1つは何でわたしは包帯でまかれてるんだ?』


「それはね、傷の治りを早めるためよ。この包帯には魔力が込められていて自己再生力を高めるのよ。生身は勿論だけど貴方のような種族にも効果があるのよ」


『そうなのか』


言われると、全身の痛みはだいぶましになってきていた。何より感覚のなくなっていた右腕も激痛をともなうものの感覚は戻っていた。


「それで2つ目はなあに?」


目覚めてからずっと疑問に思っていたことがやっと聞ける。


『どうしてラミナとソアレがここにいるんだ?』


ラミナは開いた右手でにこにことわたしの胸の上で這っているソアレの頭を撫でると


「この子がね、アステルが出かけてから暫くしてどんなにあやしても泣き止まなかったの。こんなこと今迄なかったから貴方の身に何かあったんじゃないかって、慌てて二人で村に来た時には本当に驚いたわ。村はめちゃくちゃだし、貴方はボロボロで核晶は無事だから生きてるのは分かてても気が気じゃなかったわ」


『そうだったのか。本当に二人には心配かけた』


わたしが申し訳なさそうな声を出すと握っていた手を離し、ぎゅっとラミナはわたしの頭を抱きしめた。


「心配かけたことは許すわ。アステルも辛かったわね」


わたしが辛かった?

何があったのか曖昧だった記憶が徐々に鮮明になっていくのと共に胸の奥が締め付けられるように痛み出した。


わたしは無力だった。

友人が死に向かおうとしているのに何も出来なかった。

生まれて初めて出来た友人。ソアレ、ラミナ、レフコと家族以外で始めて大切だと思った存在。

それを失った大きな悲しみと一度の突撃でまともに動けなくなる体の脆さが戦う力と技のなさが総じて弱かった自身が悔しくてたまらなかった。


ポロポロと目元から小さな透明なガラス球が頬伝って転がり床に落ちると音もなく砕けていった。


『…ぅぅぁぁ。うわあああん』


始めは小さくすすり泣いていたが、我慢してもしきれずわたしは声を上げて泣いていた。

泣きじゃくるわたしの顔にソアレが這いよると小さな柔らかな手で涙を拭うと「ぱぱ」とにっこり微笑んできた。


絶対にこの笑顔を失くしたくない。

この子は何があっても守らないと。

右腕の痛み気にせずそっとソアレを抱きしめた。

わたしは強くならないと。

どんなことがあってもソアレとラミナを守れるように。

心が決まると涙も自然と止まっていた。


わたしが泣き止み身体を起こそうとするとゆっくりとラミナは抱いていた頭を離してくれた。


「もう、大丈夫なの?」


心配げにわたしの顔をラミナが覗いてくる。肯定の意で頷き、決心を告げた。


『わたしは強くならないと。そのためにわたしの生まれたところに行こうと思う』


わたしの生まれた森は現在、魔鎧の森と呼ばれ世界でも類を見ない量のリビングアーマーが存在していると言われていた。

大量の同族を生み出す土地なら魔力の補充も容易に出来るだろうし、あの森にはわたしの武器の双剣もあるはずだ。

運がよければ同族でわたしに稽古をつけてくれる者いるかもしれないと言う淡い期待もあった。


結局、決意を表明してから出発したのは3日後のことだった。

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