第4話
トントントンとリズミカルな音に目を覚ますと、エプロン姿の女性が食事の用意をしている後ろ姿が視界に入った。
『おはよう』と声をかけようとしたが出来なかった。
声が出ない。それどころか視線を動かす以外体が全く動かなくなっていた。
食事の用意が出来たのか女性はエプロンを外し畳んでテーブルに置くとわたしの方を向いて「おはよう」と微笑みかけた。
応えたくても応えられない。
もどかしい思いで女性を見上げていると、わたしの異変に彼女も気づいたようだった。
「もしかして…喋れなくなってる?」
問われ頷こうと首を動かそうとするとギギギと錆付いた金属同士が出す耳障りな音が鳴った。
「ちょっと待ててね」
慌てた声を出すと女性は急いで隣の部屋に向かった。
しばらく待っていると隣の部屋から一抱えもある篭の中に透き通った色とりどりの石をこれでもかと詰めて女性は戻ってきた。
「食べれるかしら?」
そう言って、女性は水色に透き通った石を一つ掴むとをわたしの前に差し出した。食べる?どうやって?
困惑した視線を女性に向けると通じたようようで
「分からなかった?えーと、石に向かって大きく息を吸い込むのをイメージしてみて」
女性に言われたとおりにイメージすると石のほうから何かが体の中に流れて満たされていく感覚があった。吸っていくと石は徐々に色を失い、完全に色彩を失うと崩れて砂になった。
石が砂になると女性は次の石を出してくれ、何個か石を砂の小山に変えているうちにかすかに指先が動かせた。
試しに声を出してみると出す事ができた。
『あ…りが…とう』
「良かった。魔力不足で動けなくなっちゃってたのね。気づかなくてごめんね」
申し訳なそうに女性は眉を八の字にゆがめていた。
『貴女が悪いわけじゃない。それよりその石と魔力とは?』
わたしが尋ねると女性は丁寧に答えてくれた。
「魔力というのは世界に満ちている要素であり、魔物が生きているうちで生み出す要素でもあ
るの。その魔力が結晶化したものがこの魔石。魔石は魔力の豊富な土地で鉱物と一緒に発掘されたり魔物の体内に蓄積されたものが結晶化したもののことを言うの。魔物によっては体内に結晶を作らないように体外に魔力が集るようにしているのよ。私のピアスとかそうね」
女性が髪をかき上げ耳を晒すと小指の先ほどの大きさの赤い魔石が輝いていた。
なるほど、魔物は自分で魔力を生み出すことが出来るのか。
そこでわたしは別の疑問が浮かんだ。
魔力を吸収しているわたしは何なんだ?
『魔物は魔力を自分で生み出しているんだな?』
「そうよ」
『では、魔力を自身で作れず、吸収しているわたしは魔物なのか?』
わたしの質問に女性はしばらく答えを探すように視線を巡らせ、答えが決まるとわたしの目をみて話しはじめた。
「貴方は魔物よ。ただ、生き物じゃないわ」
生き物じゃない?
今の今までじっくりと自身の身体を見たことがなく気づかなかったが、言われて両手を見てみれば黒鉄色の金属の塊だった。
そのまま視線を腹、膝、つま先と移すと全身が金属の固まりだと理解した。
『確かにこれは生き物ではないな。では、生き物ではない魔物とは?』
視線を女性の方に向けると、
「貴方はリビングアーマー種という、鎧に魂が宿ったものよ」
リビングアーマー。それが今現在のわたし。
再度、自身の身体に視線を向ける。
『わたし生きているのだろうか…?』
わたしの呟きに女性は首を縦に振った。
「生き物のように死なないだけ。不死者とは言われているけど、核晶が砕ければ消滅するわ。始まりがあって終わりがあるならそれは生きていると同じだと思うわ」
『わたしは生きている…』
わたしが少しばかり嬉しそうな声を出すと「そうよ」と言うと女性は優しくわたしを抱きしめてくれ、かすかだが女性の触れた感触と温かさが感じられた。
心地よいぬくもりに包まれながら、また浮かんだ疑問を女性に尋ねた。
『わたしはどうしたら生きていける?』
生き物ではないわたしは自身で魔力を作ることが出来ない。
魔力がなくなれば今回のように動けなくなる。
動かないことは生きているといえないと思えた。
わたしが生きていくには魔力の吸収の仕方を覚えなければならなかった。
「普通はね…」
女性はそう切り出すとわたしの種族、リビングアーマーの生態を教えてくれた。
「貴方たちは魔力の濃い土地で生まれ、殆んどがその土地から離れることはないの。離れる時は十分に魔力を蓄え2段階ほどリビングアーマーからアーマーナイト、デスナイトに進化してからが殆んどね。それから土地から離れたリビングアマーは…」
そこで女性は言いよどんみ、苦い飲み物を含んだ時のような渋い顔をしていた。
しばらくして語りだした女性は何かをごまかしているのか微妙に目が泳いでいた。
「土地から離れたリビングアーマーは貴方のように魔石を糧に生きていくのよ」
『そうなのか』
篭に盛られた魔石の一つを手に取り、手の中で転がしていると
「ふみゃー、ふみゃー」
扉越しに赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
「あら、起きたみたいね。私は行ってくるからお腹一杯になるまで食べてるといわ」
そう言うと女性は赤ちゃんのいる部屋へ向かっていた。
女性の温もりが消えたのは少しばかり残念だったが、隣の部屋へ向かう背中を見送りながらわたしは魔石をほおばっていた。
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