第3話

暗い、何も見えない…ここはどこだろう?

上も下も分からない闇の広がる空間にわたしは浮いているようだった。

音は…何か聞こえる

小さな泣き声。子猫のミューミューとよく似ている。

子猫?いや、この声をわたしは知っている。

これは人の赤ちゃんの泣き声。

そう理解したとたん闇は晴れ、視界に景色が飛び込んできた。


視線が低い、地面が目の前にある。

試しに両腕に力をこめ起き上がろうとするとすんなりと起き上がれた。

起き上がるとどうやらわたしはかなり背が高いようで視界が一気に広がった。

立ち上がると同時に無理やり熱く不味いスープを口に流し込まれた不快感とこみ上げる吐き気に思わず口元を覆った。

気持ちが悪い。けれど今はそれを気にしている場合じゃない。


かすかに触れ合う木々の葉の音さえも赤ちゃんの泣き声をかき消そうとする。

赤ちゃんの泣き声、その一点に神経を集中させてわたしは泣き声の主の元へ駆け出した。


段々と木々の間から聞こえる泣き声がはっきりとしてきた。

泣き声の主を見つけたのは木々の間に家一軒ほどが建てられるほどの平地の中心だった。

全速力から徐々に速度を落とし赤ちゃんに歩み寄ると、赤ちゃんは薄っすらと青紫の光に包まれ、上質な布のおくるみに包まれていた。

わたしは膝をつきそっと赤ちゃんを抱き上げると優しくトントンと背中をさすった。

すると徐々に泣き声は小さくなりかすかな寝息をたて赤ちゃんは眠った。


落ち着いた赤ちゃんを抱き上げたまま、わたしは周りを見回したが母親の姿はどこにもなく、現状はよく分からないがこの場が赤ちゃんにとって良いものではないのはわたしにも理解できた。

一刻も早く暖かい家でミルクを飲ませなければ赤ちゃんは死んでしまう。

しかし、民家がこの近くにある様子もなく、途方にくれるわたしの耳にリーンという澄んだ鈴の音が響いた。


鈴の音を追いかけると森から川原にでた。

泥水とは違う黒く濁った川の間から突き出る石の足場の上を器用に飛び越え対岸を目指す白い


毛並みの大型の猫のような獣の姿が見えた。その首には銀色に輝く鈴が付けられていた。

これは飼われている獣の可能性が高い。

このままついていけば民家にたどり着ける確率は高くなった。

見失わないよう懸命に猫を追いかけて川を渡り、また現れた森を走った先は広場ほど開けた平地と岩壁だった。


岩壁の一部には扉が埋め込まれ、猫は前足で器用に扉をノックすると中から質素な布のブラウスにケープを羽織った水色の髪を肩でそろえた藍色の瞳の女性が顔を覗かせた。


「お帰り、レフコ」


大型猫の顔を女性は優しく撫でると猫は嬉しそうに目を細めた。

それからしばらく女性と猫は無言で見つめあい時折女性が頷くというのを繰り返した。


「見回りありがとうね」


女性は小袋から取り出した赤く透き通った小石を手に乗せると大型猫はぺろりとそれを飲み込み満足そうにミャーとなくと煙のように姿を消し、コロンと首につけていた鈴が地面に落ちた。


屈んで鈴を拾い上げると女性は扉を閉めようとしていた。

わたしは慌てて女性に声をかけた。


『ま、待ってくれ!』


閉めかけた扉を開きこちらを向いた女性は「まあ」と驚きの声を上げたが怯える様子もなく不思議そうにわたしを見ていた。


「こんな所でどうしたの?」


微笑み小首をかしげる女性にわたしは抱いていた赤ちゃんを差し出した。


『赤ちゃんが、赤ちゃんを助けて』


慌てる余り上手く言葉が出ない。


「え?え?赤ちゃん。赤ちゃんなの?」


女性も慌てながらも差し出された赤ちゃんを優しく抱き上げる。


「そ、そうね。まずは暖かくしてオッパイあげないとね。貴方も一緒にいらっしゃい」


わたしも扉の内側に招きいれると女性は扉を閉めた。


扉の奥はわたしと女性が並んでも歩いても余裕のある通路が続き、天井には等間隔で透明な小箱に光る石が詰められたものが吊るされ通路を照らしていた。

そこで初めて女性の全身を見て少しばかりわたしは驚いた。

上半身はどこか可愛らしさもある女性の下半身は水色のグラデーションに彩られた鱗が美しい蛇のものだった。

そう、女性はラミアと呼ばれる魔物だった。

しかし、どういうわけかわたしは女性に恐怖も感じなければ憎しみなどといった感情も持たなかった。


通路を少し進むと内扉が現れ、女性が内扉を開けると部屋は先ほどと同じような透明な小箱に光る石が詰められたものが天井から吊るされ部屋を照らし、正面の壁には綺麗に吊るされた調理器具が並び、その下にはシンクとコンロ、右手側には石がまのオーブンが左手側には大人一人が納まりそうな石の箱が置いてあり、中央にはテーブルと椅子が設置してあり4,5人が食事をとっても余裕のあるダイニングキッチンだった。


「ちょっと、そこで待ってて」


というと女性はキッチン左手側にある扉の向こうに赤ちゃんと共に消えた。


これで赤ちゃんも一安心。

張り詰めていた緊張が解けたとたん体の力が抜け、キッチンの壁に寄りかかったままずり落ち座り込んでいた。


扉越しに女性が赤ちゃんに話しかける声が聞こえる。


「良かった、魔物の子なのね」


そうか、あの子は魔物の子なのか。

それにしても人の子に良く似ていたなぁ。

ぼんやりそんなことを考えているうちに意識は闇の中に沈んでいった。

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