第7話 社長、意外な過去ですね

 

 じゅんに、

「とりあえず、家の中のもの、十個捨ててみろ。

 今すぐにだ」

と言われた葉名はなは、


「えっ?

 今すぐですか?」

と訊き返した。


「こういうのは、明日からと言わず、少しのことからでも、すぐに行動を移すことが大事だ。


 日々、続けていれば、そういう習慣ができてくるからな。


 習慣づけば、逆にやらないと気持ち悪いくらいの感じになるだろ」


 腕を組み、命じてくる准に、はい、コーチ、と心の中で思いながら、葉名はゴミを捨ててみた。


 テーブルの上のティッシュ。


 賞味期限が切れているのにまだ取っていた、すでに空いているお菓子の袋。


 そして、それを止めていたゴム。


 チョコの包み紙。


 洗面所のティッシュ。


 朝忙しいのに、ビタミンをとらねばといて食べたキッチンのネーブルの皮。


 水を切っていた生ゴミ。


 キッチンを拭いたお掃除用のウエス。


 テーブルを拭いたお掃除用のウエス。


 もう結構汚れてしまっていたフローリングワイパーのシート。


 葉名を手を止め、周囲を見回した。


「……あのー、十個捨てたのに、なにも片付いてないんですけど」


「いや……、そういう十個じゃないだろ」


 それは最初から捨てる予定のただのゴミだ、と准に言われる。


「やはり、手伝おう」

と言って、准は辺りにあった雑誌を棚に戻し始めた。


 ああっ、おやめくださいっ、と葉名は思う。


 部屋に来た、まだそう親しくもない男の人に部屋を片付けてもらうとか、私、女として、終わってる!?

と思ったからだ。


「しゃ、社長っ」


「准だ」

と准は片付けをやめずに言ってくる。


「私がっ、私が片付けますからっ。

 ちょっと二、三分、お茶でも飲んでてくださいっ」

と服をハンガーにかけたりしながら、葉名は何度も振り返りながらそう言ったが。


「俺の前で格好つけなくてもいい。

 そんなんじゃ、長く続かないぞ」


 要領よく片付けながら、准はそう言ってくる。


 いや、そんな長く通ってくるつもりなんですか……?

と心底疑問に思い葉名は訊いてみた。


「あのー、社内で訊いてみたら、他にも縁起の良い植物を上手く育てている人は居ると思うんですが」

と言ってみたのだが、


「居ても関係ない。

 俺は、呑気にペペロミアに水をやっているお前を見たとき、なんだかわからないが、どきりとしたんだ。


 俺は直感を信じる」

と言い出す。


 『呑気に』は、いらなくないですか?

と思いながらも、


 ……まあ、直感の人ですからね、と思う。


 それからしばらくは、二人で黙々と家を片付けた。


 だが、うつむいて、郵便物の仕分けをしていると、誰かが髪を引っ張ってくる。


 おや? と振り向くと、何故か准が、後ろで髪を編んでくれている……。


 編んでくれている、三つ編みにっ!


「社長っ」

と言うと、


「准だ。

 俺が葉名って呼べなくなるだろ」

と葉名の髪を後ろで一本に編み上げたあとで、


「お前の長い髪は魅力的だが、こういうときは邪魔だろ、結べ」

と言ってくる。


 いや、結べはいいんですが、何故、三つ編みっ?


 そして、三つ編みできるのは何故っ?

と思っていると、准は、ああ、という顔をし、


「昔、ばあさんの髪をよく編んでやってたんだ」

と言う微笑ましいエピソードを披露し始めた。


「そして、ばあさんもよく俺の髪を編んでくれていた」


「……俺の髪?」


 頭の中で、准の黒髪が伸び、三つ編みになった……。


「昔は色も白かったし、髪も栗色だったんだ。


 ボブカットにしてた。

 母親がその方が似合うと言ってな」


 頭の中で、今の准の顔が白くなり、髪が栗色になって、三つ編みになった。


 うーむ……、と思っていると、准は、

「ま、男は自分の髪型になんか興味ないからな。


 母親やばあさんたちのおもちゃだよな。

 されるがままだった」

と言いながら、ほら、とスマホに入っている家族写真を見せてくる。


 写真を写したもののようだ。


 大人たちの間に埋もれるようにして立つ、おしゃまな格好をした小さな子どもを拡大する。


 なるほど、ボブカットで栗色の髪。


 くりくりとした瞳のかわいらしい男の子がおばあちゃんらしき人に手を握られ、ちょこんと立っていた。


「……私、この人、知ってます」

とその少年を見ながら、葉名は言う。


「一緒に遊んだことあります、龍王山りゅうおうざん公園で」


 その言葉に、おお、と准は手を打った。


「懐かしいな、龍王山公園。

 父親のところに住んでたとき、近所だったからな」


 ん? 父親のところ?

と思う葉名をマジマジと見たあとで、准は、


「モンキー。

 モンキーじゃないか!」

と懐かしそうに肩を叩いてくる。


「モンキー、どうした、綺麗になって!


 ……待てよ」


 キ、リ、シ、マ ハ、ナ、と確認するように口の中で呟いたあとで、

「何処にも猿がないぞっ」

と叫び出した。


 いや……普通、なかなか、名前に、猿、入ってないですよね?


「『はな』が『はなな』になって、『バナナ』になって、モンキーだったんですよ」

とまさか、この歳になって説明することになるとは思っていなかったあだ名の由来を葉名は語る。


「親は子どもにおかしなあだ名がつかないよう、いろいろ考えて名前つけると思うんですが。


 子どもの発想ってのは、常に、斜め上をいきますからね」


 まさか、葉名とつけた娘のあだ名がモンキーになるとは親も思ってもみなかったことだろう。


「女子は気を使って、モンちゃんと呼んでくれてましたが、男子はモンキーと呼んでましたね」


 どうせ、気を使うのなら、葉名と呼んで欲しかったのだが……。


「そうか、モンキー、元気か」

と今も遠慮なく言う准に、肩を叩かれるが、いや、一ヶ月前から、私、貴方の会社に居ましたからね……と思っていた。


 最終面接のときも貴方、居ましたよ。


「そういえば、貴方のあだ名は『社長』でしたよね」


 可愛い顔なのに、偉そうだったので。


「……まさか、今もただのあだ名ってことはないですよね」

とつい言って、おい、と言われた。


「でも、そういえば、社長のおうちは、お父さんが地方回りの役者さんだから、長く此処には居ないんだと聞いた気がするんですが」


 父親が地方の劇場を回る大衆演劇の劇団の人なので、『社長』はひとところに長くは居ないんだと聞いた気がする。


 だから、そんなに長く遊んでいたわけではなかったのだが、年上とは思えないほど可愛らしい顔をしていたので、覚えていた。


 ……それが、まさか、こんな悪王子になっているとは思わないしな。


 そういえば、顔立ちはそう変わっていないのだが、常になにか一含みありそうな顔をしているので、印象が全然違っていて、気づかなかったのだ。


「そうだ。

 俺の父親は、今も地方を回っているぞ」


「……お父さん、何処かの社長とかじゃないんですか」


「いや、うちの父親は高校生の頃、じいさんに健康ランドで見せられた人情芝居にはまって、役者になった」


 なんというフリーダム。


「それ、おじいさまとか止められなかったんですか?」


「止めなかったな。

 ただ、嫁だけは、いい家からもらわされたようだ。


 なので、うちは完全別居生活で、俺は母親と暮らしている。


 父親は全国を回っているが、母親がこうるさいことを言い出すと、俺は、何ヶ月か父親のところに行ってたんだよな」


 息子もフリーダムだな。


「父親が劇団員なので、転入してきたと言うと、大抵、お前も舞台に立つのかと言われてたんだが。


 俺は激しく棒読みだから、舞台に上げてはもらえなかったな」


 むしろ、日常生活の方が芝居がかってますよね……。


「地方を回るのも、劇団の人たちと寝起きするのも大変だったが、楽しかったぞ。


 どんな経験も今に役立っていると信じている」


 そこで、ふと、気づいたように、准は言った。


「そういえば、俺が縁起のいいものにこだわるのは、ばあさんに聞いた話のせいだけじゃなくて、あの頃のことが頭にあるのかもな」


 劇団員のみんなと寝起きしてた頃の、と准は言う。


「役者なんて、浮き沈みの激しい商売だから、みんな、すごく信心深いし、縁起のいいことをありがたがるんだ。


 朝起きたら、必ず、神棚に向かって、手を叩いたりな」


 葉名、と肩を叩かれる。


「お前は初恋の人……ではないが」


 ではないんだ……。


「子どもの頃も出会っていたとは、これも運命だよな」


「いや、今私が言わなきゃ思い出さなかったんだから、なにも運命じゃないですよね?」


 そういえば、ガジュマル買ってきたんですよ、と葉名は、妙な運命に巻き込まれないよう、話を打ち切り、立ち上がる。


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