二、霧深き森の魔女

霧深き森の魔女 - 1

 視界が一瞬暗転したかと思えば、気がついたら霧の中を落ちていた。

 メルはなんとか掴めたのであたしと一緒に落ちているが、レオンは?

 視界を動かし探せば、あたしのマントを引っ掴んで一緒に落ちていた。

 なんとか手繰り寄せてレオンにメルを預け、あたしは左手で背中側に提げている剣を引き寄せ、柄を下に向けて突き出した。

暴風威グナウ・トゥサーブ!」

 柄の宝飾が緑色の光を放ち、暴風があたし達を包み込む。落下速度が和らいだと思ったところで、あたし達は地面に転がっていた。

「ったぁ〜……」

 ちょっと腰打った。風の魔術で衝撃の大部分を相殺できたとはいえ、痛いもんは痛い。

 補助魔法を封じておいた方が戦闘で役に立つんじゃないかと思って入れておいたけれど、どこで役に立つかわかったものじゃないわね。

「二人とも無事か〜?」

 レオンが頭をさすりながら立ち上がる。

「なんとかまあ」

「わたしも、だいじょうぶです」

 メルもあたしの近くで座り込んでいた。全員無事のようだ。

 痛みも引いてきたところで立ち上がり、辺りを見回す。——どこだろう、ここ。

 採石場の天井が抜けて落っこちたにも関わらず、先程までいた採石場が四方八方どの方向を向いても跡形もない。それどころか、群生している木の種類が先程までいた森と明らかに違っている気がするのだが。

「さきほどまで、きりなんてでてました?」

「出てない、わよね。というか、晴れてたし」

 霧が立ち込める薄暗い森で、あたしとメルは身を寄せ合う。

「針葉樹林、だよなこれ。レイソナルシティの近くにあるはずが……」

「あるはずが、って、どういうこと?」

 レオンの言葉の意味を、あたしは問う。

「針葉樹林はもっと北の、寒いところにしか生えないんだ。それこそ、ヴォルティック帝国の北の隅っことか」

 寒い地方にある木なのか。通りで見たことがないと思った。

 レイソナルシティはどちらかというと温暖だ。冬は冬で寒くなるけれど、ヴォルティック帝国の、特に奥の方は年中涼しいかめちゃくちゃ寒いかのどちらかだ、と村の誰かが言っていたので、ここよりもずっと寒いのだろう。

「それじゃあ、ここ一体どこよ……。あ、そうだ。

 メル、なんだってさっき、地の魔術使おうとしたの。地精霊テドラモと相性悪いって自分でもわかってたわよね?」

「風も水もなんとかなったので、できるんじゃないかと思いまして……」

 しょんぼりと下を向くメル。どうやら、足止めくらいならできるんじゃないかと過信させてしまったらしい。

 これはあたしの落ち度でもある。認めて、溜息を一つ吐いた。

「一応、何が起きたか聞いてもいいか?」

 いまだ把握できていないらしいレオンが、気まずそうにあたしとメルに説明を求めてくる。

 あたしが説明するとメルに伝えて、あたしはレオンの方を向いた。

「メルがね、魔術の制御に失敗したの。精霊魔術が地水火風の四大精霊の力を利用していることは、レオンも理解してるわよね」

 彼は頷く。

「魔術師と魔術に相性があるように、魔術師と精霊にも相性ってのがあるのよ。ある人は全部満遍なく使えたり、ある人は特定の精霊とは相性が最悪だったりって風に。レオンにも、この人とは気が合いそうだけど、あの人とは気が合わなそうってあったりするでしょ。それと一緒」

「精霊にも好みがあるのか。それで、それとさっきの失敗はどう繋がるんだ?」

 精霊を見たことも、精霊と話したこともないけれど、たぶんレオンの言う通り好みがあるんだろう。自然な存在だから、もっと本能的な好みだと思うけれど。

「さっきのメルみたいに、魔術が暴発・暴走する。相性が悪いってのは、精霊がこちらのお願い通りのことをしてくれないって意味なのよ。良くて何も起こらないんだけど、普通はさっきみたいに術師に悪いことが起こるの。だから、相性が悪いってわかったら原則使わない——もんだったから、あたしも油断してたわ。ゴメン」

「いえ、こちらこそ、ごめいわくをおかけしました」

 しょんぼりと力なく謝罪するメルの頭を、あたしは軽く撫でてあげる。

「失敗しちゃったのもいい経験でしょ。懲りたなら次からは気をつけること」

「はい」

「てな訳なんだけど、わかった?」

 メルの返事を聞いてから、あたしはレオンに確認する。

「とりあえずは。仲の悪い奴の手は借りられないって、そういう話だろ」

「身もふたもなく聞こえるけど、まあ、そう言うこと」

 さて、これで一通り話は——。

「そうだレオン。さっきのゴブリンの話!」

「ゴブリン? なんだっけ?」

 あたしは、崩落に巻き込まれる直前のレオンの会話を思い出す。ゴブリンの気配がなんとかって言っていたやつだ。

 そのことを伝えると、レオンも何の会話をしていたのか思い出してくれたらしい。

「だから、妖精だっていったじゃないか。妖精とかはオレより、ミナやメルの方が詳しいんじゃないのか?」

「だから、なんで妖精の仲間なら気配を感じないのよ」

「そりゃ、自然な存在だからだろ」

「は?」

 妖精が、自然な存在。つまり、精霊と似た感じってこと?

 あたしが上手く捉えきれていないのを無視して、レオンは説明を続けている。

「自然な存在はその辺りの草木や大気なんかと存在が似通っているから、人や動物みたいな気配の捉え方じゃ追えない……って、前聞いたんだが」

「そーなの?」

 あたしの確認に、レオンは一つ頷いた。

「そういや、お前なんでゴブリン相手に慌てるんだ。慌てる姿を見せたら舐められて村人の二の舞になるだろうが」

 ああ⁉︎ こいつは何をいきなりケチをつけてくるか⁉︎

「あんなの誰だって慌てるでしょーが! あいつらなんだって奇襲かけたにも関わらず息ぴったりに動いてんのよ! 理不尽よ‼︎」

「いや、理不尽かどうかは知らんが……。それはオレもちょっと感動した」

「感動するな!」

 ダメだ。生物に関しては、レオンとは感性が完全にズレてる気がする。

 あーもう。そういえば、一緒に落ちた気がするゴブリン達の姿はどこにも見当たらないし。

「って、結局ここどこよー‼︎」


 ――などと叫んだところでなにも解決しないので、あたし達はその辺りを探索することにした。

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