本当の敵は、誰? - 4
いや、冗談でもふざけているわけでもなく、文字通りにょきっと……というよりは、ずるっというか、ぼこっというか、とにかく生えたのだ。
さすがに服や防具は戻っていないが、灰色の傷ひとつない右手が新しく生まれている。
いやいやいや。トロール並みって……トロールもこんなに再生が早いなんてきいてないけど。トロールさんには未だ遭遇したことはないけどさ。
「ほう。私の結界を破ったか。小兎から小猿くらいには認識を改めてやろう」
それ、なにが違うんだろう……。
右手を握ったり開いたりしながら、ひと目もくれられずに、なんか一応褒められたっぽいのだが、イマイチよくわからず、あたしは眉をしかめる。
生やした手の感触の確認が終わったのか、ダッドはゆるりと手を下げ、ようやくあたしを見る。
「これはほんの、お返しだ」
突然、ダッドの姿が目の前から掻き消えた。
どこ――と辺りを探すまでもなく、ダッドは突如としてあたしの目の前、目と鼻の先に出現した。
空間を渡った⁉――驚いて見開いた目に、迫るダッドの拳が映り、あたしは条件反射で防御姿勢をとっていた。
――次の瞬間には、あたしは湖の上に放り出されていた。
ったー。受け止めた手が痺れてる。
後ろに跳んでいくらかダメージは殺したが、それでもこの威力である。
ふっ、と影がかかり、落ちゆく体勢で視線を上げれば、マントを翻したダッドがあたしの真上で、追撃と言わんばかりに拳を構えている。
あたしは盛大に水柱を立てて湖に叩きつけられた。
あたしの剣が水に飲まれ、蒸発させ、ジュワッと辺りに煙を発生させる。
いくら全てを燃し尽くすと言っても、炎は炎。当然そこは自然法則に従い、現象を引き起こすのだ。唯一違うのは、魔力を供給し続ける限り、魔術で発動させた炎は消えない、といったところだろう。
ということで、苦しいし、あたしは剣にかけていた術を解く。
もがくように腕を伸ばすと、手が地面に触れる。片手で身体を引き上げるように泳ぐと顔が水面に出た。
にしても、今のはさすがに重かった。湖の浅瀬の近くに落ちたのがまだ救いだったろう。あたしは痛みをやり過ごしながら、空中からあたしを見下ろしているダッドを睨みつける。
どうせ、風の魔術でも使って浮いているのだろう。態度から何まで人を見下していいご身分だこと。
……そうか。目くらましくらいには使えるのか。
あたしはあることを思いつくと、ダッドに向かっていたずらっぽくニィっと笑った。
「
術を発動させると同時にあたしは水面から上がる。
次の瞬間、ダッドのわずか後方で盛大な爆発が生じ、炎混じりの水柱と白い煙が大きく立ち昇った。それは爆風で広がり、瞬く間に驚くダッドを飲み込んでいく。
なんてことはない、水の中で高温の
本当はダッドの真下に出現させたかったが、どうも位置指定が苦手で、あたしがやると十中八九、今みたいに出現場所が少々ズレてしまう。
これがあたしの場合、隠しナイフをぶっ立てて、そこに出現させる、とすると、うまいこといくのが不思議なのだが、それが相性というものなんだろう。
さて、冷たい水が、いきなり高温に熱せられたらどうなるだろうか――答えは、爆発する。
熱したフライパンに冷たい水を落としたら思いっきり弾けた経験はないだろうか。あれの原理である。
普通の人間や生き物なら全身火傷とかになってそうだが、あの様子じゃダッドにダメージなど入るまい。それは想定して、こっちまで被害を被らないように、一応威力は抑えたつもりだけれど、中心付近にいたら熱いだろーなー。
爆風はあたしの方にも及んではいるが、おかげで「あ、熱風が来たなー」くらいの被害しか起きていない。
この間にあたしは森の方に走りながら、さっき砕かれたナイフの破片を拾ってあちこちに散らしておく。森の手前まで移動したところで、ジュウジュウ――という音を立てながら、煙の中からダッドが姿を見せる。
「流石に今のは驚いたぞ」
「伊達に魔術師やってないでしょ?」
驚いたとは言うものの、ダッドにダメージを受けた様子は見られない。
案の定、と言うところだが、服もなんか濡れた形跡が見られないなぁ。
が、よく見ていて、あたしはあることに気がついた。
爆発で生じた煙がダッドに吸い込まれている……気がする。もしかして、とさっきダッドが右手を再生した辺りを見ると、その辺りだけ草が萎れている。
まさかとは思うけど、あいつの超再生って、エネルギードレインとかだったりするんだろうか……。
「ところで、さっきから全然攻撃してこないけど、どういうつもり? こっちばっかり手の内晒して、これなら、村のおっちゃんたち相手にしてたほうが、よっぽどいいんだけど」
言っておいてなんだが、おっちゃんたちに勝てたことなど、一度もないけど。
それでも、めっちゃ手加減されて相手されるのは、ムカつくものなのだ。
「なら、そろそろ、こちらからも攻撃してやろう」
お?
ってことは、やっぱりわざとかっ!
「あんたは、人を舐めてんのかっ!」
あたしが喚くと、遠くから「舐めてんのはお前だ!」とレオンの叱責が飛んできたが、ガン無視しておく。
ダッドは、ゆっくりと手を胸の位置まで掲げながら、あたしに告げる。
「ああ、舐めているさ。――進化を拒んだ、愚かな種族をな」
は? 進化を拒むって……言っていることが、全く意味がわからない。
ダッドの言葉に眉を潜めている間にも、ダッドの手のひらに、小さな光球が出現する。それは徐々に大きくなり、拳大にまでなる。
あれは……、もしかして、ただの魔力の塊?
魔術師初心者が、最初に自分の魔力を自由に操れるようになるための訓練で、作り出すようなものに似ている。
ダッドは、それをあたしに向かって無造作に放り投げた。
あたしは光球の軌道を読み、距離を取るように横に飛んで、それを避ける。
あたしが一拍前までいた場所に着弾した光球は、その場で予想以上に派手に爆発した!
「わっ――⁉」
「どこを見ている」
爆風で視界を遮られるあたしに、無情なダッドの声が届く。
必死に目を凝らすと、次の光球が自分に迫っているのが見え、あたしは爆風から逃げるように走り始めた。あたしの後ろを追うように、着弾音が途切れること無く響いている。
ひえ〜。あの威力の魔力球を連発できるって、なんつー離れ業⁉
とにかく一旦射程範囲を抜けないと!
あたしは口の中で呪文を唱えながら、湖の方角に進路を定めて駆け抜ける。
水際まで辿り着くと、今度は迷わずに自分から湖の上にダイブする。
「
水に落ちる前に風があたしを取り囲み、空に向かって弾けるように浮き上がる。
風を身体にまとって飛ぶ飛行術だ。制御に慣れない間は、速度の調整ができずに目を回して墜落して乗り物酔いを起こすまでがセットでよくあるが、慣れてしまうと速度も進行も自由にできて快適になる。
なんでもない時なんかは、これで思いっきり空をかっ飛ばしたりするとかなり爽快なんだが、今はそうも言っていられない。
あたしは、猛スピードで水しぶきをあげながら湖の上を這うように抜けていく。その後ろを追うように水柱が数回立ち昇った。
音が聞こえなくなったところで、あたしは上に舵を取る。ダッドから距離を取ったところで、あたしはその場に滞空してダッドに視線を据えた。
攻撃の手を止めたダッドは、ゆっくりと地面に降り立っている。
「これではいつまでもあたらないか。なら、これはどうだ」
表情を欠片も動かさずに、ダッドは右手を頭上高く掲げる。――右手を中心にして、扇状に魔力球がいくつも出現していく。
げげっ。十……二十……どころじゃないぞ、あの数……。
瞬く間に無数の魔力球がダッドの周囲に出来上がっている。
さて、どう動くか……などと考える間もなく、ダッドは無造作に右手をあたしに向かって振り下ろす。
それが合図だった。
無数の魔力球が一斉にあたし目掛けて打ち出される。考えるよりも勘で、次々と間髪入れずに追尾してくるそれを、すれすれで避けて、潜り抜けて――ふと気がつけば、地面が目と鼻の先にあるのがあたしの視界に飛び込んできていた。
陸地に誘導されてた――⁉
その一瞬の動揺が、判断を一瞬遅らせた。
身体に衝撃が走り、あたしは風をまとったまま吹き飛ばされる。バランスを崩して地面すれすれを行くあたしの目が、真っ直ぐに向かってくる魔力球を、やけにゆっくりと捉える。
まずい、もう一つ直撃する……!
そう確信した直後、あたしとそれとを遮るように、影が割り込んだ。その影は、あたしに当たるはずだった魔力球を真っ二つにし、無効化する。
それだけを目視で確認して、術の制御をすっかり失ったあたしは、見事に地面に墜落していた。
土埃を上げながら、地面を数度転がり、止まった所であたしは身を起こす。ダッドの魔力球自体は風が多少相殺してくれたが、体中擦り傷で痛いったらない。さすがにいまのは自業自得すぎて腹を立てる気にもなれないけれど。
顔をあげると、あたしをダッドから守るようにして、レオンが剣を構えて仁王立ちしていた。
そうか。彼の剣は
どういう理屈なのかはわからないが、ともかく、ダッドの魔力球を無効化したのは、彼の剣で間違いないだろう。
「大丈夫か? ミナ」
「ありがとう。助かったわ。ついでに、ちょっとダッドをあそこに抑えておいてくれると助かるんだけど」
「任せろ……って保証はできないけど、やれるだけはやってみるよ」
あたしの無茶なお願いを受けてくれたレオンは、言うが早いかダッドに向かって駆け出している。あたしも立ち上がり――少々身体が堪えているようだが、我慢して走り出す。
ダッドはレオンを遮るように魔力球を打ち出すが、レオンはうまく自分に当たる軌道のものだけを見抜いて切り伏せ、最小限の動きで防御を行っている。
さらに、移動するあたしに向かう魔力球もついでのように斬り伏せてるのは、とんでもない洞察力・判断力・技術力である。
おかげでこっちに飛んでくる魔力球が少なくて、楽。
その間にもあたしは森の手近な木の下に移動し、地面と幹を蹴り飛んで枝を掴むと、掴んだ枝を軸に、くるん、っと回転して枝に乗る。
ダッドとの距離を確認して、あたしは枝伝いに移動していく。間もレオンとダッドの方を確認するのは怠らない。
レオンがダッドの下に辿り着く。弓がしなるように飛び上がり、彼はダッドに斬りかかった!
ダッドは刀身を握るようにして左手で受け止め――刹那、ダッドの表情が驚愕に固まった。
なんだろう、あたしを相手にしていた時より驚いているような……?
「キサマ……なんだっ⁉」
なに……て、なにが?
レオンも眉をひそめて訝しんでいる感じなので、ダッドにそう言われる覚えはなさそうだ。
なんだかよくわからないが、その間にあたしは呪文を準備する。
唱え終わると、あたしはその場でタイミングを図って――樹上から飛び出した!
もちろん、ダッドの真上目掛けて。
ダッドはレオンの剣を離すと、彼を蹴り飛ばす。ふっ飛ばされたレオンは、遠くに転がる。それほどダメージはなかったのか、すぐに起き上がった。
「はぁぁぁあああああっ!」
仰ぐダッドに、避ける間もなくあたしの切っ先が迫る!
ダッドは素手であたしの剣を受け止める――が、こっちとしては、好都合!
「
発動と同時に、地上で六つの点が白く輝く。それは、聖なるシンボル・六芒星を描き出した。六芒星の輝きがせり上がるようにして、無数の光の槍が出現し、ダッドに向かって放たれる!
六つの点は、さっきばら撒いておいたナイフの破片である。発動に必要な剣の他に、予め点となる刃物を配置して場を構築できるようにしておかないと、この術は発動すらしないのだ。
「貫けぇぇぇえええええっ!」
あたしの生み出した白い光が、ダッドを飲み込み――貫いた。
あたしはダッドを下敷きに、新しい土煙を上げて地面に墜ちた。
「つつつ……」
多少のダメージは受けつつも、あたしは身体を起こす。
「ミナ、ダッドは⁉」
咄嗟に術の効果範囲から出ていたのか、巻き込みダメージを受けた感じのしないレオンが切羽詰った声で……
「え……」
レオンの声に慌てて下を見ても、そこには何もない、形がデコボコに崩れた地面が広がっている。
どこ――⁉
慌てて立ち上がって周囲を見渡すが、レオンと、草木の影から伺うメルの姿しか辺りには見当たらない。
ダッドを探すあたしたちの耳に、登場時と同じように、どこからともなくダッドの声だけが響いてくる。姿は――どこにも見当たらない。
『なるほど……、気が変わった。その娘と指輪、当分は預けておこう』
預けておこうって……。
「ちょっと、逃げる気⁉」
慌てて声をかけるが、しかし、応えは返ってこない。
無視しているのか、既にこの場を去ったのかはわからないが、もうあたしたちとこれ以上ここで戦う気はないのだろう。
――あぁのぉやぁろぉぉぉおおお!
「決着はまだ着いてないでしょっ! 途中で逃げないで戻ってきなさいよ、ダッドー! 卑怯者ー! むきーっ!」
途中で試合放棄されたあたしは、姿の見えなくなったダッドに向かって、ジタバタと文句を叫び散らす。それが無意味とわかっていても、これがそうせずにいられるかっ!
そーゆうのが、一番ムカつくのよっ‼
「ミナ、無事か?」
レオンがメルを連れて、あたしの無事を確認に駆け寄ってくる。
あたしは食い気味に、レオンに詰め寄っていた。
「無事に決まってるじゃない! レオンが助けて隙きを作ってくれたんだから!」
「お、おう……。何をそんなに怒ってるんだ、お前。魔族相手に追い返して、大怪我もしてないんだから、そんなキーキーすることもないだろう」
「あいつ、あたしに対して全っ然本気で戦ってなかったのよ! それなのに、適当に相手して勝手に帰るなんて、人を小馬鹿にするにも程があるってのよ‼」
八つ当たりなのはわかっているが、あたしは地団駄を踏みながら、レオンに向かって喚き散らす。
「お前……魔族を相手にして命に危険がないっていうのがどれだけ幸運か、全然わかってないだろう……? いつまでも、子供みたいな我儘言ってんなよ……」
ムカッ。
こ、こいつはぁ。あたしがそう言えばムキになって黙ると思って!
「子供じゃないもん、大人だもん……」
――なにを言っても「それが子供」と反論されそうで、結局、それしか返せなかった。
「はいはい、そうだな、大人だな。――たく、無茶しやがって!」
ゴインッ、と硬い音と共に目の前に星が散った。
だああああああああああっ⁉
あたしは目に涙を浮かべながら、殴られた頭を押さえて蹲る。
い、いまのはひきょーだぁ……!
ざり……と土を踏む音がして、あたしは涙目のまま顔を上げる。
そこに、顔に影を落としたままのメルが、戸惑うように立っていた。
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