第126話 メトロン星人と煙草の煙の行方

 煙草を吸い始めたのは19の春だったかな

 二十歳を目の前にしている頃、僕はうっかり家の鍵を忘れてしまい、深夜に親を起こす気にもなれず、しばし夜の街を徘徊することにした


 いや、そこは素直に怒られても家に帰れよって話なんだけれども


 マンションの前にパン屋さんがあって、そこにはジュースと煙草の自動販売機が並んでいた

 僕の住んでいるマンションは目の前に大きな公園があって、今ではその公園をぐるっと囲むようにマンションが建っているけれども、僕が移り住んだときには、家の棟の他は建築中の物件が二軒ほどだったと思う


 当時、近所にコンビニもなかったから、マンションが立ち並んでからは、その店の売り上げはパンよりも自動販売機の方が大きかったんじゃないかしらと言う話は、さておき・・・


 僕はふと、”タバコでも吸ってみるか”という気になった


 大学に通って新しい仲間ができて、喫煙率は6割から7割くらいだったかなぁ

 高校の仲間はどちらかというとタバコは苦手にしている奴が多かったから、僕はなんとなく喫煙所トークを羨ましく思っていた


 我が家には喫煙者はいない

 親戚になると、父方の兄妹は喫煙者の方が多かった

 他にもまぁ、タバコやマッチは割と手の届くところにあって、いたずら心に火をつけたこともあるが、大人は何で煙を吸ってほっとしているのか、まるで理解できなかったし、メトロン星人(※)の戦略は理解できなかった

 それはビールも同じで、なんでこんな苦い泡が好きなのか、まるで分らなかった


 高校のときよくつるんでいたどちらかというとやんちゃな友人はサーフィンが好きで、音楽が好きで、ダンスが好きだった

 そんな彼のスタイルが僕は好きで、タバコも自分の吸いたい銘柄がなければ、妥協せずに売っている場所を探すタイプだったし、100円ライターは使わず、オイルライターを使っていた


 やってみるか


 彼が吸っていたのはKOOLというメンソールの洋モクで、彼曰く”黒人の不良がこのんで吸うたばこ”ということだった

 ああ、そういえばKOOL&THE GANGっていうソウルバンドがいたななぁとか妙になっとくしたものだが、 "Keep Only One Love"の略だと知ったのは随分とあとになってからだ


 ああ、なんかいいかも


 当時、気の利いた自動販売機にはライターも売っていたので、KOOLとライターを買って、僕は公園のベンチで煙草をふかした


 それはまさしく、”ふかした”のであって吸い込むことはできなかった


 ”COOL”じゃん


 なんて言ったかどうかはともかく、メンソールがとても心地よかったのは確かだ


 さて、以来、僕は喫煙者となり、付き合う女性がSOME TIME LIGHTというメンソールの煙草だった時期は、それに変え、別れてからはメンソールを止めて紆余曲折、とある銘柄にたどり着くのだけれども、結婚して二人目の子供ができたときに煙草を止めた


 僕の酷いところは、当時管理職だったのだけれども、自分が煙草を止めるタイミングで、社内を禁煙にした

 煙草は嫌いではないのだけれども、当時の時代の流れからしても正しい判断だったと、今では言えるが、公私混同には違いないか


 それでもなんとなく当時使っていたオイルライターはとってあったのだけれども、それも去年、部屋を片付けているときに見つけて全部捨ててしまった


 のだけれども


 最近思うことがあって、また煙草を吸い始めた

 それは大学に入ったころに喫煙者と喫煙所トークをしたかったのと、まぁ似たような理由だった


 そして人生二度目の禁煙


 前回は、いろんなことを鑑みて禁煙をしたのだけれども、今回はちょっと違う


 もう、自分には煙草は――煙草をコミュニケーションの道具として使う必要はないのだということに気付いた


 そんなことをしたからと言って、仲良くなれるわけでも、相手を理解できるわけでもない

 形から入ることは、ある意味正しいのだけれども、それが必用ない段階にきたら、ずっと使い続けることもない


 酒とはずっと友人でいたいと思う

 煙草も同じである

 だからこそ

 いい友達であるために、少し距離をとるってこともあっていいかな


 また何年かしたら、君の助けが必要になるのかもしれないけれど、それまでの間、達者でいてくれ

 メトロン星人がウルトラマンマックスで再登場した時のように※2


 つまりは、KOOLって銘柄はずっと残って欲しい


 なぜなら君は僕にとっての"Keep Only One Love"なのだから


 ではまた次回

 虚実交えて問わず語り


※メトロン星人

 ウルトラセブン第8話「狙われた街」(監督:実相寺昭雄 )に登場した宇宙人


 ちゃぶ台を挟んでモロボシダンと胡坐をかいて語り合うシーンは有名

 また東京の下町の夕焼けにセブンとメトロン星人が対峙するシーンも壮観


 煙草に人間を狂暴にする薬を仕込んで販売し、人間同士を争わせて地球を侵略しようと企んだが、ウルトラセブンによって阻止される

 しかし物語のエンディング、ナレーションはこう語った


『メトロン星人の地球侵略計画は、こうして終わったのです。人間同士の信頼感を利用するとは恐るべき宇宙人です。

でも、ご安心ください。

このお話は、遠い遠い未来の物語なのです。

えっ? 何故ですって?

我々人類は今、宇宙人に狙われるほどお互いを信頼してはいませんから』


※2ウルトラマンマックス

ウルトラセブン第8話「狙われた街」の続編として『ウルトラマンマックス』の第24話「狙われない街」を実相寺監督が描いた作品

ウルトラセブンにアイスラッガーで真っ二つにされたメトロン星人は実は着ぐるみを作る工場の職人に助けられて、身体を縫い合わせてもらって生きていた

メトロン星人は煙草に変わって携帯電話を使って人類を狂暴化させようと企むがメトロン星人は次のようなセリフを残して地球を後にする。


「40年間潜伏して見守ってきたが、もう攻撃しなくても人類は俺達の手に落ちると確信したんだ」

「人間は便利なツールを手に入れ、どんどん退化し始めたからさ。町中サルだらけ」

「放っておいても滅びるよ。新しい道具で人間の脳は委縮し始めている」

「低能化して、環境を破壊して、礼儀も知らない人類を物好きに守る必要もないだろう?」

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