第82話 ミス・フェロモンと場末な酒場

 その場の空気が変わってしまうような存在ってありますよね?


 たとえば場末なスナックでまったりと飲んでいるところに可愛い女の子たちが入って来たり、艶っぽいお姉さまがカウンターに座ったりすると、なんだが一気に空気が変わります


 お酒を飲む場所というのは、そうやってめまぐるしく空気が変わるところが実に面白いし、それを楽しむために僕は一人で飲みに行くんです


 1人飲みがしたいというよりは、1人その場の空気に影響を与えないような位置に座って、しばらくそのような様相を眺めていたいといった感じでしょうか


 もちろん場を盛り上げるための合いの手や、次の一手を打つことに出し惜しみはしませんし、その場で仲良くなってもう一軒なんてことも良くあることです


 決まったメンバーで行くと決まった流れにしかならないのが、つまらないというわけではないのですが、うっかりすると甘えてしまうのが嫌なのと仲間に情が移るのもまた、良し悪しという物です


 さて、ある夜のこと、店の常連さんが一人の女性を連れて来ます――まぁ、この方、そういうことは珍しくはないのですが、その女性のワンピースは海賊王もビックリするくらいサイズ感が間違っていて、何と言うのでしょう


 ”フェロモンが服を着て歩いている”


 これに尽きると思います


 常連さんはえらく上機嫌で、他の常連さんと盛り上がりはじめますが、ミス・フェロモンはわいわい盛り上がる環には入らず、自分に注がれる視線をあえて無視するかのように振舞います


 カウンターに座っていた僕にマスターが話しかけます


 ”なんか、いろいろと、まちがっていますよね”


 彼の言わんとしていることは解ります

 一つにはその常連さんに手におえるタマではない事

 彼女がおよそ年齢にそぐわない衣服を身に着けている事

 そして短すぎるスカートからはみ出す太ももから尻にかけてのラインが昭和感が漂っている事


 何より場違いな事


 人によっては見ていて不愉快になるかもしれないし、もしその場に他の女性がいたらきっとそう感じていたに違いないのですが、どうやらその時は、そういう人がいなかったのか、どうか

 ともかく記憶には残っていないです


 さて、チラチラと視線を感じ、僕も彼女に臆することなく視線を送ります

 決して僕から視線を外さないようにして、勢いよく濃いめの水割りを身体に流し込みます


 彼女は何度かトイレに立ち、僕の横を通り過ぎます

 そのたびにマスターは”あれはあり得ない、いろいろ間違ってますよね”と僕に話しかけます


 それまで凪いでいた酒場の雰囲気は一気にヴォルテージが上がって行きます

 いつもよりも騒がしく、がやがやとして、まるでまとまりがなく、どこまでも他人に対して無関心な空気が流れます


 トイレから帰ってきたミスフェロモンを常連さんが向かい入れ、僕に紹介します

 その流れで三人はカウンターに僕、彼女、常連さんと並んで座り、会話をしますが、あまりに周りが騒がしく、そしてカラオケで盛り上がっているので話し声が聴こえません


 自ずと僕は彼女に身を寄せ、耳を傾けます


 彼女は声を張り上げることもなく、低く、湿った声で話しますがまるで何を言っているのかわかりません


 ただ息が耳に吹きかかるだけで・・・


 そして膝と膝がぶつかったり、長く黒い髪の毛が、僕の腕に触れたり・・・


 どうにも不味いことになってきました


 では、また次回

 虚実交えて問わず語り

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