第七部 第1話

「ど、百目鬼耳目さん! 僕と付き合って下さい!」

 とんでもないことを言い出したのは、隣のクラスの藤堂島津とうどう・しまづだった。

 剣道部期待のホープだが頭は確かあまり良くない方だったよな、玄関先で百目鬼先輩に告白とは。丁度登校してきたところだった俺は、ミイラに挨拶しようかと思って一瞬足を止めかかったが、ここはスルーした方が良さそうだ。表情の読めない包帯だらけの身体、目さえ眼帯で両方を覆っている。その百目鬼先輩は、はーっと息を吐いて頭を掻いた。

「罰ゲームならやめて欲しいんだけどにゃー、耳目ちゃん困っちゃう。って言うか君は誰? 一年E組藤堂……ああ、薩摩示現流放って来そうだった名前だね。島津君」

「はいっ。出来れば先輩と同じ部活にもっ」

「悪いけど我が探偵部に男子は一人いりゃいーんだわ。ましてあたしの関係になると面倒くさくて堪らない。清く正しいお付き合いがしたいなら相手見てから言って来た方が良いよ。あたしのどこが清く正しそうに見えるのさ。親に紹介も出来ないよ」

「だ、駄目なんですか?」

 下げていた頭を上げて藤堂は言う。そりゃいきなり玄関で告白されて注目の的にしてくるような奴は御免被りたいのが人情ってもんだろう。子犬のようなまだあどけない顔をしている。それがうるっと涙を溜めて自分を見ていると言うのに、百目鬼先輩の表情に変わった様子はなかった。まあ、確かに俺達探偵部の中では一番清くも正しくもない気はするが、ちょっと相手が可哀想な気がしないでもない。朝っぱらから奇人変人コンテスト人間にフラレてたんじゃ一週間は立ち直れないだろう。って言うか探偵部に俺以外の男子は要らないってなんだ。同好会から部になるためにはあと二人は必要だって言うのに、そっちの意味でもお断りって。俺は絶対に嫌だぞ、一人孤独に美少女とキツネとミイラに囲まれて遊ばれるなんて。

 はーっと鬱陶しそうな顔をして(想像だが)百目鬼先輩はさっさと足を玄関に進めて行く。とんとん、と背中を指で叩かれて、振り向くといつものくるっくる髪を垂らしている乙茂内だった。

「なんかあったの? いつもより人がざわざわしてるよ?」

「あーちょっと百目鬼先輩に告白劇があった」

「え、百目鬼先輩が?」

「いや、百目鬼先輩に」

「あそこでショボーンとしてる子?」

「そう、秒で振られた」

「あちゃー」

 少年よ明日がある、思うだけ思いながら俺はさっさと歩き出す。出来れば乙茂内とも隣にいたくはない。男子の嫉妬光線が怖いから、あくまで部活だけのお付き合いにしたいのだが、教室でも結構こいつは絡んでくる。迷惑だと言ったら大げさだが、矮小な問題でもない。俺の高校三年間が掛かっているのだ。ハブは勘弁してほしい。取り敢えず足を進めると、肩を落としていた藤堂がしゃきっとしてこっちを見て来る。その目は真剣だが、嫌な真剣さだった。ざわ、と悪寒が走るような。

「犬吠埼君!」

 何故名前を知っている。

「君だって探偵部を正式な部活にしたいよね? そのためには一人でも部員を多く集めたいよね?」

「いや別に……」

「僕はあの部の走狗になれる! そのためには君や乙茂内さんからの情報が欲しいっ!」

「え、美女も入るの? やだなあ……」

「だから取り敢えず、彼女の事を教えてくれ!」

「知らないで求愛したのか、ほんと訳分んねー奴だな。あー……昼飯はいつも旬のコンビニスイーツだ」

「よし行って来る!」

 登校する生徒を逆走していく藤堂は、やたらエネルギッシュだった。

 何がそんなに彼を百目鬼先輩へと駆り立てるのかは、まるで解らない。それに地学準備室には俺達四人が丁度収まる机四つしかない。

 居場所は自分で作るタイプの藤堂なら棟の端にある音楽準備室からでも机と椅子を持って来そうだが。

 しかしなんで百目鬼先輩なんだろうなあ。

 考えながら俺は数学の公式を一通り無視した。小テストは勿論ズタボロだった。


「百目鬼先輩! コンビニの限定チョコプリンです、どうぞ!」

「いらない。あとなんで勝手に机と椅子増やしてんの?」

「部屋に俺の場所がなかったので……」

「そりゃそーでしょ、あんたは赤の他人。あたしの彼氏でもないし部員でもない」

「でも俺は先輩の事が好きなんです!」

「二度目」

「え?」

「三度目は耳目ちゃんにないって事よ。薩摩隼人君」

 キツネさんは何事もなかったようにくすくすと笑っている。もしかして前にも同じようなことがあったのだろうか。俺が入部する前に、乙茂内も入部する前に。しゅん、とした藤堂はチョコプリンを置いて自分で持って来た椅子に座る。チッと舌を鳴らした百目鬼先輩からはいつもの余裕が感じられなかった。かと言って照れているわけでもない。純粋に鬱陶しそうに俺と自分の方に机をくっつけて、自分の弁当を広げる藤堂。こうされると流石に弁当を蹴り飛ばすとか言うことも出来ず、仕方なしに五人の昼食になる。キツネさんはうふふと笑いながら稲荷ずしを食べ、俺と乙茂内は小さくなり、百目鬼先輩はさっさと昼食のクリームあんみつを食ってしまっていた。

 居辛くなるのが嫌で、あー、と俺は藤堂に声を掛けた。

「藤堂は百目鬼先輩のどこが好きなんだ?」

 ぱあっと顔をきらめかせて、食い終わった弁当を片付け終わった藤堂は嬉しそうにした。人を好きになるとこうなるものなのか? 恋愛偏差値の低い俺にはよく解らんが。

「ミステリアスで、表情も解らないのに惹き付けられるところ! 親しくない人にはそんなに表情を変えて見せないけど、この探偵部では結構声を立てて笑うところ! それに、」

「その辺りにした方がよくってよ、薩摩隼人君」

「へ? 何でです、佐伯先輩」

「君子危うきに近寄らず。耳目ちゃんを観察していたのなら、今がどんな顔なのか分かるはずでしょう?」

 きょとっとした藤堂が百目鬼先輩を見るのに俺と乙茂内も釣られると、ぞっとするようなオーラが出ていた。

 触れたら食い千切られる虎のような歯が紙パックのジュースのストローをがりがり噛んでいる。しかも尋常でない強さで。人に好きだと言われてここまで不機嫌になる人も珍しいな、なんて俺は思う。それは俺が呑気だからだろうか。

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