第3話
次の日は予想通りに雨だった。六限終了と共に俺と乙茂内はバス停に向かった。ばれないようにせめて乙茂内は休み時間のうちにヘアーアイロンでストレートにしてシュシュでまとめた髪でバスに乗り込む。俺は特に目立つ方でもないので、数人離れてバスを待つ。やって来たそれにキツネさんが乗り込むのを確認してから、俺達も乗り込んだ。雨の日は座れない。傘も畳まなきゃならないし、面倒だ。吊革につかまって段々減って行く乗客に、だがキツネさんは座ろうとしないで出口の前で待っている。ぴんぽん。次は神社前、神社前。それに合わせてチャイムを鳴らしたのは、キツネさんだった。バスはゆっくり速度を落とし、俺達はちょっと狭い人垣を掻き分けてキツネさんの後を追う。
降りるのは俺達だけだったのでちょっとてこずったが、ドアが閉まる前に何とか降りることが出来た。九頭竜通りの名前の読めない神社の前に下ろされて、きょろきょろと辺りを見回す。前後左右と見渡してみても、キツネさんの姿はどこにも見えなかった。左右どちらも曲がり角があるが、俺達がもたもたしててもとても曲がり切れる距離じゃない。傘も開かなきゃならないし、水たまりの中を走って行かなきゃいけないのは靴下も濡れるし靴にも水が染み込んで来るし大変だろう。それにそんな事をしなければならない理由もない、俺達の尾行に気付いていない限りは。乙茂内はだんだん戻ってきた髪をふりふり、俺と同じにきょろきょろ辺りを見渡す。そして結局俺達は顔を見合わせた。
「居なくなった――のか?」
「居なくなった――よね?」
完璧に、撒かれた。
ちょっとだけ百目鬼先輩に料金払おうかとも思ったが、それよりも消えたキツネさんが気になってしまって、乙茂内の仕事の時間ギリギリまだ辺りを探し回ってしまうことになった。
キツネよろしく消えてしまったキツネさん。いや、あれはタヌキだったか? どっちでも良いが、その日完全にキツネさんは見付けられなかった。
神社を中心に 一キロぐらいは回ったが、尻尾すら捕まえられなかった。
「哮太君……二万六千円ってある?」
「早くもくじけるな。大体金だったら仕事してるお前の方があるだろう」
「ケータイ代と貯金で殆ど消えちゃうんだよ。それに読者モデルってお給料なしか薄給なんだよ。ちなみに貯金通帳を握ってるのは専業主婦と言う無敵の防衛ラインを持つママ」
「そりゃあ無理だな……俺は一万だけど弁当代徴収されるようになったから実質八千円ぐらいだ」
「一日百円であの豪華さは捨てられないよね」
「それでも趣味は倹約なんだから恐れ入り谷の鬼子母神だ」
「きしもじん?」
「まあ、仏様の一種だ。とりあえず今日は撤収しよう」
「そだね、なんか寒くなって来たし」
「風邪か?」
「そんなやわじゃないし朝はいつもアリナミン飲んでるから大丈夫だよ」
「どんな女子高生だ……」
「こんなに可愛い女子高生です」
「自分で言うな」
ぺしっと頭を叩くと、ぶー、なんて乙茂内は言う。たとえ実際可愛くても、自惚れさせてはいけない。ワイドショーでやってるような人生を選ばせてはいけない。美少女は美女になって美人になってもらわなければ。今のところは美少女だが、先がどうなるかは分からないんだし。
とりあえず折り返しのバスで学校に戻り、乙茂内を駅まで送ってから、俺は帰路に着いた。帰ってから黙って二万六千円貯金を下ろさせてくれと頼んでみたが、勿論答えはノーだった。理由の言えない金品貸出だ、当然だろう。
いじめられていたというキツネさん。通せんぼされていたというキツネさん。だから誰より早く道を抜けて行ったのだろうか。誰にも、今度こそ誰にも裏切られないようにと。
次の日キツネさんは、くちゅんっと小さなくしゃみをした。その意味に俺達が気付くのは、もう少し後の事になる。
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