第3話

 結局探偵部の洗礼を受けてしまった俺は、はあっと息を吐いてまた乙茂内に袖を引っ張られながら、教室に戻る。五限目は古文だ、寝てても良いだろう。基本俺文系得意だし、当たる席順でもないはずだ。昨日のようにワン・テンポ遅れて教室に入ると、男子の視線が昨日より痛い。百目鬼ネットワークとやらの所為だろうか。やめて。俺キツネとミイラと美少女に絡まれてまで男子と距離を取りたくない。ハーレム状態でもないし、乙茂内しか俺に執着してる節がなかったし、本当勘弁して。

「あれ? 美女ちゃん、リップ取れてるよ?」

「え、本当? えーとえーと」

 可愛らしいボストン・テリアのシルエットが敷き詰められたポーチには女の子らしいものがいっぱいだ。各種コンパクトに鏡にアイシャドウ、意外なのが何種類も入っている筆。何に使うんだろう。そして乙茂内はあっれー? と困った声を出す。

「リップ見つかんない、どっかで落としたのかな? ポケットにも入ってないし……」

 ぽんぽんと乙茂内がスカートを叩く。

「哮太君、知んない?」


 ……嫌な予感がする。

 俺は自分のポケットをぽんぽんと叩く。

 ぽろりと浅く引っ掛かっていた色付きリップが落ちた。


 違う俺じゃない何にもしてないのに、男子が俺を睨む視線が鋭くなった。違う俺は女の子のリップ盗んで自分に付ける変態じゃない、罠だ嵌められたんだマジでだから女子もそんな目で見ないで俺マジ泣きそう。となってる所に、あーっと乙茂内が声を上げてにっこり笑う。そして落ちたリップを取って、俺に笑いかけた。

「百目鬼先輩の手品ってこう言う事だったんだねっ」

「へ……?」

 手品?

 何の話だ?

「美女にリップ借りて消して見せたでしょ? でもどこからも出て来なくて困ってたんだけど、哮太君のポケットに入ってたんだー。美女もびっくりだよ、でも一番びっくりしたのってこれ、哮太君だよねっ。あはは、おかしいのっ」

 勿論そんなゲームはしていないが、乙茂内の目が細められ、俺を見ていた。

 肯定しなけりゃ俺はリップ泥棒の変態。

 肯定すれば俺は見事探偵部の一員。

 可愛い顔してなんて恐ろしい奴だ、乙茂内。

「んー、そう言えばそろそろなくなり掛けなんだよね、このリップ」

 キャップを取りくるくる回すと、少なくなってネジ用の穴が見えていた。

 笑いながら乙茂内は俺を見る。

「部活のみんなで今日買いに行こうよ。キツネさんたちは無色だろうけど、美女は冒険したいお年頃だしっ。哮太君の意見も聞きたいなっ」

 魔女だ。美少女は魔女だった。俺が断れないフェーズに入ってからの部活動案内。どこが探偵だよ悪者一直線じゃねーか。って言うか何でそんなに俺に固執する? 鉛筆とか消しゴムとか拾った程度の仲だぞ、こっちは。

「行きます……行きますよ……」

 はあっと息を吐いて、俺は完全に探偵部に取り込まれた。

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