第2話
「あ、本当に来た。おーい哮太くーん」
何故屋上にミイラと美少女が居るのだ。あと得体のしれない美人、おそらく彼女がキツネさんとやらなのだろう。
「ヒッヒ、君の行動パターンを推測して地面が駄目なら上に行くと推測したのだよ。参ったかい? 犬吠埼哮太君!」
「犬吠埼哮太君!」
「犬吠埼哮太君」
ビシビシビシッと三人に一直線に貫かれて、なんだってこんなに執着されているんだろうと今頃謎になる。クラスでもそう目立たないようにしてるつもりなのに。だって目立ったらまた痛い目に合う。足を足で掻いて、疼きを押さえる。ふぅん、と美人に見聞されて、ちょっと恥ずかしいのは秘密だ。乙茂内とは違う。もう少し大人びた視線に晒され俺は居心地悪く招かれるまま、乙茂内の隣に座った。あ! と乙茂内がピアスの見える角度で俺を見上げる。座高の差が身長差に繋がるとは思わないが、今は俺の方が高かった。そしてその笑顔も、独り占めだった。
「ちゃんとお弁当にしたんだね、美女の言う通りっ」
「まあとーちゃんのと一緒に作れば良いだけだって言われたからな。ちなみに中身は俺も知らん」
「びっくり箱御開帳ね」
くすくすとキツネ――さんが、笑う。
「……それで。乙茂内の部活仲間が勢ぞろいで何やってんです、こんな所で」
「あなたがなかなか部室に来ないんですもの。幽霊部員は許されなくってよ、この部」
ぎくっ。
ばれていたのか。
「でも言われた通り、良い子みたいね。逃げも隠れもせず、どっかりと四面楚歌なこの場に居座ることを選んだ。敵に背を向けることを良しとしないその姿、実に天晴よ。少なくとも私なら逃げるもの」
自分なら逃げるようなところに連れて来たのかこの人は。いや、俺は俺の意思でここに来たが。
「明日からはちゃんと部室に来て頂戴ね、忠犬君」
「俺は犬じゃありません」
「じゃあ哮太君って呼んでも良いのかしら」
「さっき思いっきり呼んだじゃないっすか……」
乙茂内が俺の弁当箱を覗き込んでくる。斜めに弁当箱を割っているでかい海老天に、ごくりとするのが聞こえた。駄目だ。海老天は俺も好物なんだから。物欲しそうにしてもメッ。大体モデルがこんなカロリー高いもの欲しがったら駄目だろう。そして俺達の姿を見付けた途端に弁当箱を持って逃げて行く男女の足音は何事だ。ドア開けて来たからめっちゃ聞こえるぞ。うわっとかやべっとか。
「別に昼ごはんぐらい一緒の場所で食べても良いのになー」
はふんっ、とショートカットを真っ青に染めた百目鬼先輩が言う。両目に眼帯を付けているが見えているらしい。
「なんか心当たりでもあるんですか?」
「ああ、これだよ」
百目鬼先輩は袖をまくって包帯だらけのそこを見せる。自傷癖のやばい人かと一瞬思ったが、更にめくられると油性ボールペンらしい字が見えた。ほんのちょっとだけだから何がかは分からなかったが。
「百目鬼ネットワークって言ってね、今はあたしが仕切ってる情報ネットワークがここには書かれているのさ。そのデータを根拠に君が今日はここに来るって見当付けたんだから、中々馬鹿に出来ないものでしょ?」
ヒッヒッヒ、と笑う百目鬼先輩だった。情報ネットワーク? 何それ。何ここ。何これ怖い!
ぞっとしたのを狙ったように、乙茂内が俺の弁当箱に箸を差し出してくる。慌てて避けるとキツネさんがお新香を掻っ攫って行った。それは良い、俺も苦手だから。さらに横から百目鬼先輩に掻き揚げを奪われ、結局乙茂内に海老天も取られた。半分だけ。色付きリップの艶に油も取り添えて、ちょっとドキッとする。と、半分パクっと食べたところで返して来た。尻尾が苦手だったのかもしれない。俺はむしろ好きなんだが。カルシウムがたくさん入ってるから食べなさいと幼い頃に躾けられた所為もある。食育に熱心な母のお陰で学食が味気なく感じられてしまうのは功罪だが。
はいっと百目鬼先輩は冷食のミニグラタンと、乙茂内はシュウマイを一つくれる。あら私だけ渡せるものがないわね、とキツネさんは三つ入っていたのだろういなりずしの弁当箱を見下ろし、最後の一個をあーん、としてきた。
「おにぎりもあるから良いです、むしろ一番被害規模を少なくしてくれたので結構ですっ!」
「あらそぅお? じゃあ新入生の為に買って来ていたこれをあげましょう」
差し出されたのはパックのお茶だ。これは素直に嬉しかったが、油物を奪われていた俺としては複雑な気分でもあった。弁当箱を下ろしやっと食い始めると、乙茂内と百目鬼先輩も自分の弁当を食べ始める。それにしても稲荷ずし三つで腹が膨れるってどういう燃費してるんだろう、キツネさん。体育がないからとかか? 三年だけそんな特別扱いなんて聞いたことはないが。まさか顔に似合わず早弁? それもないような気がする。
うんうん考え込みながら俺は天つゆの染みた白米を掻き込む。このしみ込んだところが美味いのだ。だがてんぷらはてんぷらで単品で喰いたいのも俺である。うー。海老天ー。掻き揚げー。
この恨みは深いぞ、まったく。最後にお茶にストローを差し、ぢるるるるるるっと飲み込む。ちょっと抹茶が入っていて苦い一品だったが、油を口から流して行ってくれた。勿体ないからストローを引っこ抜いて最後まで飲み切ると、くすくすとキツネさんが笑う。ちょっと行儀悪かったな、と照れていると、乙茂内もミネラルウォーターを差し出してきた。気持ちだけ頂くと逃げてみる。しゅんとされるが回し飲みはないだろう、男女で。そこの所はきっちりしておかないと俺が乙茂内ファンクラブの男子にハブられる。高校一年四月からのそれはきつい。
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