第3話
携帯端末を借りて良かったと思えることは、地図が常に手元にある、と言う事だ。歩く方向も教えてくれて実に便利である。到着しました、という音声案内に足を止めると、そこそこ立派な一軒家である。ひょい、と覗き込んで見ようかとも思ったが、不審人物丸出しなのでやめておいた。とりあえず地図を探偵部三人に転送し、自転車を停めてあったコンビニに戻る。そこで適当に乙茂内とのラインの履歴でも見ていると、ぴこん、と更新音が鳴った。グループで返って来ることには、現地集合。現地って乙茂内は電車通学だし、キツネさんは自転車通学だけど、百目鬼先輩は車通学だったはずだ。兄の仕事場近くだからと。どう現地集合するつもりなんだ。
と、目の前に白黒の見慣れた車が止まる。パトカーだ。なっなんだ、コンビニ違法滞在で怒られるのかと思うけれど、そんな事はなく、ドアを開けられると後ろにキツネとミイラと美少女がちょっと窮屈そうに乗っていて、俺は助手席が用意されていた。一番死にやすい場所だな、と思いながら乗り込んでドアを閉める。しかしパトカーなんかどういう筋で調達してきたんだろう。運転している警察官もみんなも何も説明してくれないので、俺はとりあえず地図を眺めることにする。おー、車だと移動速度はえー。
「あ、この家です」
「はいよ。あとは暫くここにいれば良いんだね?」
「うんうん、お願いー」
百目鬼先輩の伝手だったのか。まあこの人ならそんな感じもする。俺達はそれぞれにパトカーから出る。最寄りのポスターが剥がされているのは見たから、まず在宅だろう。その子供は。
チャイムを押したのはキツネさんだった。
『はあい、どなた?』
「お忙しい所をすみません。猫を飼っているお宅を探していまして」
『あらそれなら、一週間前から家も当てはまるわね。ちょっと待ってねー』
少ししてからギンガムチェックのエプロンをかけた目元の優しそうなおばさんが出て来た。
「それで、どういう御用かしら。アンケートとか?」
「いえ、……このチラシを見たことはおありでしょうか」
言ってキツネさんは一枚印刷してきたのだろう猫探しのチラシを取り出した。あら、と目を寄せるおばさんは困ったように、ないけれど……と語尾を汚した。そしてパトカーの存在にも気付いて、ちょっと震えあがる。
「うちの子が拾ってきた猫に、よく似ているわ」
「お子さんは御在宅ですか?」
「ええ……たっくん、降りてらっしゃい! 宿題も今は良いから!」
「なーに、かーちゃ……」
とんとんと軽い足取りで階段を下りて来た少年は、ポスターを広げたままにしていたキツネさんとパトランプの着いた車にヒッとした彼は、小学校高学年ぐらいに見えた。そしてその爪はボロボロだった。コンクリート製の電柱から二十五枚もポスターを引き剥がせばそうもなろう。そして、なー、とカリカリドアを引っ搔く音。王手だ。チェックメイト。少年、たっくんはふるふる怯えて違う、と言う。国家権力恐るべし。それを手駒にする百目鬼先輩恐るべし。
「ちが、違うッミャーコは庭先でカラスに突かれそうになってて、それを追い払ったら懐かれて、別に盗んだわけじゃっ」
「ならどうしてポスターをはがしていたのかしら。二十五枚。こっちも手間は掛けたのよ。無遅刻無欠席を破ってまで」
それは俺だ。とは言わない。
「だってミャーコ取られると思って、」
「猫は結構産むからね、マトモに届けてネゴシエイトすれば分けてくれたかもしれないのに」
「でもっ、でもっ」
「でもじゃありません! あなたなんてことを!」
「とりあえず猫は返して頂けます?」
「勿論です! ミャーコ……」
ドアを開けると元気に飛び出してきて来た子猫は真っ先にキツネさんの腕に飛び込んでいった。はて、そんなに仲が良かったのだろうか、この一人と一匹は。
「それであの、どうか警察には……子供のしたことですし……」
「その子供を躾けたのは親だと言う事をお忘れにならなければ、さっさと帰ります。それでは」
ぺこりと頭を下げてポスターで子猫を包んで遊びながら、キツネさんは去って行く。そのままパトカーに乗るので、俺達もそうした。子供がどんな罰を受けるかは知った事じゃないが、あんまり怒られないと良いな、と思う。ミャーコ(仮)を奪われ両親に怒られ学校でもいじめられたらこっちの胸が悪い。
「彼がどんな罰を受けるのかは因果応報よ。大人なら窃盗って言われるところをドロボーにしただけですもの」
「……それにしてもキツネさん。懐かれてますね、随分」
「ことりちゃんがいつも使ってるアーモンドオイルを借りたのよ。慣れたニオイなら飛びつくかもってね。当たって良かったわ。香水って付ける人によって随分イメージが変わるから」
そんな小細工を……。
「ところであの、パトランプ消してもらった方がありがたいんですが」
「おやそうかい? 地味派手に行こうと言われて点けていたんだけどなあ」
「あ、ここ曲がって! ことりさんち!」
「はいはい」
女子高生の言う事を素直に聞いてしまう警官さんである。良いのかそれで。
百目鬼先輩とキツネさんが下りて、チャイムを鳴らし、出て来たことりちゃんに猫を返す。ぺこぺこなんどもお辞儀をするのが可愛かった。
「いいなーああ言うの。美女仕事が仕事だから肌に傷がつかないようペット職場で禁止されてるんですよー。文鳥なら! って言ったらつつかれるし引っ掻かれるよって言われちゃって。良いなーああ言う家族の形も」
「職場単位って、どういうお仕事してるんだい?」
「ティーン向け雑誌のモデルです。とにかく身体を傷付けちゃダメって言われてるから料理も出来ないんですよー」
「箱入り娘だねえ。うちのも少しは見習ってほしいけど、あれじゃな……」
どんな妹さんがいるんだろう。まあこの三人みたいなのは稀有だから、真似るのも難しいと思うが。
戻ってきたキツネさんが座ると、確かにアーモンドの匂いがした。
乙茂内が先に出て、次は俺の家に着いた。建売を買ったから母さんはあれが要らないこれが面倒くさいとぷちぷち言うが、俺は気に入ってる良い我が家だ。乙茂内の家と同じぐらいの四LDK、一人っ子にはでかい家である。もっとも一室クローゼットにしてるらしいが。あいつらしい。強欲である。キツネさんちとか百目鬼先輩んちもどうなってるか見てみたかったが、また機会もあるだろう。普通の家かもしれないし変な家かもしれない。具体的にどう変なのかは思い付かないが、それでも楽しそうだ。とくに百目鬼先輩の家は。あれで普通のマンション暮らしだったらそれもそれですげえが。
「あ」
俺は気付く。
自転車、コンビニに忘れて来た。
まあ良いか。明日は徒歩で行こう。いつもより早起きをして、近所の土手から聞こえる犬と飼い主達の話声を目覚ましに。そう言う日も悪くない。自分で飼うつもりはない。だって生き物は死ぬから。なるべく遠ざかっていたいのが現実だ。その昔流行った電子ペットさえ餓死させた俺が言う。止めといた方が良い。子供の情操教育にはヘビーだ、生き物の生き死にってのは。
でもことりちゃんの家はつがいが居るみたいだし、何代も飼ってると変わるもんなのかな。虹の橋を渡る、という表現も聞いた事があるが、詭弁だと思う。新しい毛皮を被って帰って来るとか、馬鹿馬鹿しいと思う。死んだ動物は生き返らない。似ている何かが生まれることはあっても、それは違う個体だ。
でなければ一期一会を楽しめないじゃないか、なんて俺は思う。
さて、今日はもう寝よう。明日は朝っぱらから自転車回収だ。コンビニに回収されてる可能性もあるからなるべく早く。うとうとと思い出すのはコンビニで暇つぶしに読んだティーンズ向け少女雑誌。着まわせ子一週間。何度も着替えて。モデルってのは大変だ。その中で動物の世話なんて出来ないだろうから、あいつのトコの会社は正しいと思う。くぅ、と目を閉じる。
見てる分には可愛い猫だったな。
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