第2話
「なんっ、なんでしょうこれっ誰かが猫探し止めさせたがってるってことですよねっ?」
今にも泣きだしそうなその肩を抱いたのはキツネさんだった。しかしこの状態は確かにそう言う事だろう。俺が貼った個所も、百目鬼先輩が貼った場所も、キツネさんが貼った場所も、ことりちゃんが貼ったところも、乙茂内が担当しようとしていた場所も、全部だ。十五枚全部が破り取られていた。しかも乱暴に、ビニール袋を引き裂いて中のチラシだけを取って行っていた。とにかく猫の事だけを隠したがっていたのは解る。と言う事は。
「事故じゃなくて事件になった、って事か」
「哮太君?」
「誰かが故意に猫を誘拐している。しかもチラシを見ても剥ぎ取る線から行って自分の猫として飼っている可能性が強い」
「そうね。この事件には『犯人』がいるわ」
「そんな複雑な事件じゃないと思ってたんだけどなー」
はふんっと息を吐くのは百目鬼先輩だ。確かに俺もどこかでこの事件を軽視していた。だけど『事件』になってしまった以上、俺達は余計に首を突っ込まなきゃならないだろう。
何と言っても俺達は、探偵部なのだ。
帰宅部と強制されている受験組三年生よりも身の軽い二年生からの情報では。自分たちが通った時はすでに剝がされていたとのことだ。百目鬼地獄によると、それは六時ごろだと言う。小学生でも塾から帰って来る時間だけに、あまり絞れない。強いて言うなら中学生は歩いていないかな、と言うところだ。ことりちゃんの家の近くには中学校もないし、駅もそんなに近くはない。バス停もだ。高校に通うのは自転車らしいが、ここは結構偏差値の高い名門校なので、同じような人間は少なくないだろう。
ことりちゃんは取り敢えず事故に遭ってないことには安心していたが、他人の家の中というある意味閉鎖空間に囚われてしまった猫を探すのは困難だ。と、キツネさんがPCを弄ってまた張り紙を印刷する。十枚と少し少なめになったのは、どういう事だろう。
「哮太君、これをことりちゃんの家から放射線状に貼って来て頂戴」
「え、授業」
「美女ちゃんに適当に言ってもらうわ」
「えええっ美女担当ですかそれっ」
「良いから。時は金なり、よ」
ビニールに入れたポスターを持って、俺は乙茂内に借りてる携帯端末を見て自転車に乗った。立ち乗りの出来ない身体なので、精一杯漕ぐことに集中する。手首にはガムテープ、スポーツバッグにはポスター。放射線状に貼る意味とは? 馬鹿の考え休みに似たり、か。俺は結局、この部の走狗なのだから。
何とかホームルームに間に合うと、乙茂内がホッとした顔を見せた。こういう奴だから憎めない。
「良かった、間に合って」
「まーな。ちなみにお前俺の遅刻の理由どういうつもりだったよ」
「お、お手洗いからまだ帰ってません」
「俺をどんな便秘持ちにするつもりだったんだお前は」
危機一発だった、色んな意味で。
足首がずきずき痛むのを堪えて、俺は机に向かいぐでっとした。
直後に担任が来るんだから、本当まったくやっていられない。
「きりーっ、れーい。はよーございまーす」
やる気のない礼をして、俺はぐだっと今度こそ息を整えた。
「じゃあ哮太君、朝に張っていたチラシ。見て来て頂戴」
「へっ?」
昼食が終わったところでそう言われ、俺はまだ痛む足首にきょとんとした。
「もう剥がされていたとしたら大人の、まだ剥がされていなかったとしたら子供が犯人になるわ」
「な、なんでそう」
「遅刻ギリギリに貼られたポスターにまだ気づいていない節もある、って事よ。もう無かったとしたらもう少し出勤時間の遅い大人って意味。さあ早く、昼休みは待ってくれなくってよ」
「わ、解りましたよっ」
「が、がんばれー哮太君」
力のない乙茂内の注力に泣きながら、俺は玄関まで速足で行った。
結果として、すべてのポスターはまだあり、学生犯人説が擁立された。と、携帯端末で報告したところ、じゃあどこか一枚の前で待機していて、と言われた。学校の制服でそんなことをしていては怪しいことこの上ないので、近くのコンビニで何気なく本を読むことで時間を潰した。俺の無遅刻無欠席を目指す一年生としての願望は早々に崩れ、せめて乙茂内があの馬鹿なフォローをしてこないことを祈る。と、週刊新潮を半分ほど読み終えたところで、小学生がポスターにたかっているのが見えた。何も買わずに三時間過ごしたコンビニを出て、早歩きで子供たちの群れに突っ込んでいく。
「おーす子供たちよ」
「わっ」
「きゃっ」
「はい防犯ブザー鳴らさないでな。この猫知ってるのか?」
きょろきょろ目を合わせ合う男女三人は、あのね、と背の高い女の子が答える。リーダーシップを取っているのはこの子らしい。男の子も頑張れよ。いつかの為に。
「友達の飼ってる猫に似てるの」
「家に行った時にお披露目されたから覚えてる」
「お腹の白い斑点一つって言うのもおんなじ」
「でもだとしたらドロボーだよね」
「ね」
「その子の家、分かるかな。あと今はどこにいるか、とか」
「家はねー、ここ!」
携帯端末の地図を見せると、ぽつんとマークがつく」
「今日はねー、塾の日だから六時ぐらいには帰ると思うよ」
「ありがとう。すごく参考になったけど、その子がドロボーかどうかは解らないから、このことは内緒にしてくれるかな」
「はーい」
元気な返事に俺は乙茂内にメールを送った。授業中はマナーモードにしてるから大丈夫だろう。曰く『それっぽい家が見つかった。今から見て来る』と。
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