第3話

(……とは言え)


 巫倍神社は学校からちょっと遠い。いつかのように神社前で俺はバスを降り、きょろきょろと辺りを見回した。キツネさんや乙茂内、百目鬼先輩の姿はない。ま、当たり前か。まだ授業終わったばっかだし。思って鳥居に寄りかかり足を休めつつ、お稲荷さんを眺めていると、ぶぉんッと牛の鳴くような声がした。

 嫌な予感がして振り返ると、そこにはバイクがドッドッドッドッと音を立てている。

 おい。昨日の今日で勘弁しろ。足がマジで痛いんだよこっちは。逃げられる気とかしないんだよ。思い出されるのは二年前。執拗に踏みつけられた足、ぶちんと切れた靭帯の感触、繋がってるけど繋がってない感じが今もあるその部分。またアレが繰り返されたら? 勘弁してくれ、痛いのは嫌いなんだ。あれか? 鳴子先輩の足に思いっきり蹴り入れたお仕置きか? 知るかよそんなの。先にキツネさんを殴ろうとしたのは鳴子先輩じゃないか。


「わっ」


 俺は思わず鳥居の陰に隠れる。しかしバイクは器用にそれを避けて俺のスニーカーの爪先を踏んだ。重量が掛かって痛むが、折れてはいない。端っこの方が結構丈夫だったりするんだよ、とは主治医の言葉だ。こんな感じなのか、ぎりっと歯を鳴らしながら痛みに耐えかねて倒れると、バイクが一旦距離を開いて俺の足に狙いを定めるのが解った。慌てて、でもゆっくりとしか動かない足で杖にすがりながら立ち上がろうとするが、バイクの速度の方が当たり前に早い。轢かれるヤバイ――


「えいっ!」


 ちょっと間の抜けた声に突き飛ばされ、対象のいなくなったバイクは鳥居に正面衝突した。


「哮太君大丈夫? ケガしてない!?」

「……あー」


 俺を突き飛ばしたのは、乙茂内だった。

 また涙目になって。この辺に鏡はないぞ、美少女よ。


 神社特有の鬱葱と生い茂る雑木林から出て来たのは、キツネさんと百目鬼先輩だ。百目鬼先輩の手には何故かドラレコが、キツネさんの手には乙茂内のスマホが握られている。


「はい、九頭竜五丁目巫倍神社です。不審者がバイクで鳥居に突っ込んで……はい、生きてはいるようです。では、お願いいたします」


 ぴくぴくしている犯人は、確かにまだ生きてるようだった。まだ、という表現が我ながら恐ろしいが。キツネさんは乙茂内にスマホを返し、やっと今日最初の笑みを見せる。


「鳥居をうまく使ったわね、哮太君。障害物に敏感なバイクはさぞ遣り難かったでしょうね。美女ちゃんも頑張ったわ」

「あの、これはどういう」

「哮太君っ!」

「はいっ」


 乙茂内に怒鳴るように呼ばれて、思わず敬語になる。


「美女は何でもできるわけじゃないよ、文系殆どできないし長文問題苦手だし英語とかさっぱりだし! でも、何にも出来ないわけじゃないんだよっ!」

「お、おう」

「だから頼っていーの! 私たち探偵部で、仲間なんだから!」


 ぼろぼろ涙を流した乙茂内は俺のシャツに縋りついてひっくひっくと泣き出す。その肩をぽんぽんと二度叩いて、俺は立ち上がった。すると何故か百目鬼先輩が付いてくる。これだけは、こればっかりは、自分で確認しなきゃなるまい。

 俺は気絶しているらしいフルフェイスのヘルメットを、ゆっくり外した。


「……骨鳴」


 それは同じ中学で、友達で、仲間だった、骨鳴勇涯ほねなり・ゆうがいの顔をしていた。

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