第2話

 携帯端末の窃盗事件が始まったのは二週間ほど前からだ。うちの学校では授業中にメールを打つ不届き物が多かったので、十年ほど前から携帯電話は朝に既定の箱に集めて職員室で保管する形になっている。最新型のスマホを取られた奴もいて被害総額は百五十万ぐらいだが、もちろん警察には届けていない。学校の閉鎖性のよく解る事だと思う。生徒個人で警察に相談してる奴はいるみたいだけれど。それにしてもケータイなんか盗んでどうするんだろう。シムフリーにしてネットかなんかで売り捌く? ちょっと安直だな、でも犯罪なんて安直なものか。梅干をカリカリ言わせながら白米を掻き込む。うむ、やはり白いご飯には酸っぱい梅干が良く似合う。ハチミツ漬けなんかも好きだが、やっぱこのカリカリ感がたまらない。唾液がきゅーっと湧いて出るこの感じ。実に良い。

「哮太君は気にならないの? ってそっか。哮太君はケータイ持ってないんだっけ」

「そういう設定になっている」

「あれ? じゃあ持ってるの?」

「どーせメール出す相手なんかいないからな」

「じゃあ美女とアドレス交換しない? 休みの日の暇な時とかにじゃんじゃん送っちゃうよー!」

「残念ながら休みの日は一日中寝る事にしてるんだ、悪いな。……って言うか、お前二台持ちか?」

「そーだよースマホがないなんて考えらんないもーん」

 セーラー服のスカートのポケット――俺はいまいち何処にポケットが付いているのか解らない――からスマホ補取り出すとも待ち受け画面は自撮り写真だった。乙茂内らしい。

「そう言えばキツネさんって携帯端末持ってんですか?」

「持っているわよ。ただし誰からもメールや電話は掛かってこない。親との連絡専用のプリペイド式をね」

 高校生にもなってそれはちょっと虚しかった。いや、父母の心配性の所為で持たせてもらえない俺も似たようなものか。やれ詐欺サイトに引っかかるとか架空請求に引っかかるとか。そこまで子供じゃねーよ。

 さて、それにしても確かに次のターゲットはうちのクラスだろう。知ったこっちゃないが一応担任に警告しておこうか。職員室に置かない方が良いですよ、とか。職員室はあれでけっこう人がいなくなることが多い。授業に飯に授業に。多分犯人は昼休みを狙っているんだろうが、その後どうしているんだろう。

 考えながら弁当を食っていると、キツネさんにほうれん草のお浸しを強奪された。キツネさんは心得ている人なのでメインの唐揚げなんかは奪ったりしない。むしろほうれん草はあんまり好きじゃないから僥倖だった。最後の一個の唐揚げを食べて、ご馳走様。乙茂内と百目鬼先輩も食べ終わると、部室は途端にだらけた気分になった。この取り繕わなくて良い感じが、乙茂内辺りには心地良いらしい。モデルはイメージだからと、教室でのこいつは猫を被っている。その割にスマホは提出していないんだから、案外と腹は黒い。黒くなきゃ芸能界に乗り込んで行こうなんて思わないのか。どうでも良いけど脚閉じろ脚。はしたない。

「百目鬼先輩は、誰が犯人だと思います? やっぱり泥棒が忍び込んできてるのかな、用務員さんの格好なんかして」

「それはまだ情報が足りないねえ。でも内部犯行だとは思うかな、だから学校側も警察に届けないんだろうし。教師か生徒じゃないかねえ」

「学校に教師と生徒以外っています?」

「用務員さんかな」

「やっぱり用務員さんじゃないですかぁ!」

 けらけら笑う百目鬼先輩と乙茂内を、キツネさんは楽しそうに見ていた。


 そして次の日、ケータイはやっぱり盗まれた。

 俺の進言で生徒指導室に置いていたのを、中身ごっそりと。

 さすがに怒り出す生徒達に担任はしどろもどろだったが、ここで新しい事実が出て来た。


「俺のケータイ解約してねーんだけど、基本料金しか取られてないんだよな」

「そうなんだよねー、ゲームとかやってるなら万超えそうなのに」

「大人で言うクレジットカードみたいなもんだろ? ロック掛けてるからじゃね?」

「そうかなあ」

 ふむ。

 スマホを一台盗まれて流石にご立腹の乙茂内は、昼休みの部室できーっと声を上げた。

「もー、何で場所代えたのにばれてんのさー! もしかして哮太君が犯人!? 進言したのも盗みやすくするためっ!?」

「俺がそんな面倒くさいことすると思うか、お前」

「思わないっ! でも、そーとでも考えないとおかしいしゃないっ!」

「おかしくはないよ」

 百目鬼先輩が言う。

「元々出入りの激しい生徒だったら、箱が置いてあるのに気付くはずだもんにゃー。そう例えば」

「天里りりすみたいな?」

「ふふふ。それはどうだろう。ところで愚かな提案があるのだが、聞いてくれるかな?」

 百目鬼先輩の楽しそうな様子に、キツネさんは――

 始終、ただ笑っていた。

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