廃嫡王子とバーバヤーガの弟子

甘味亭太丸

見習い魔女と廃嫡王子

「いぃぃぃやぁぁぁ!」


 アーファナ大陸に絶叫が轟く。

 私たちは今、大陸を収める巨大帝国フィニストの首都アレクサンドルへと侵攻していた。戦争、いや、クーデターを起こしていた。

 でも、私はそんな面倒臭い事に加担する気はさらさらなかった。だというのに、アイツは……イワンの馬鹿はたった二人で超巨大帝国に喧嘩を売ったのだ。


「えぇい、ぴーぴー騒ぐな! 貴様ら魔女の迫害をなしにしてやろうというのだ、これぐらいは協力しろ!」


 イワンの馬鹿は嬉々と目を輝かせて、首都の中央にそびえるフィニスト城を目指して十メートルの巨大魔導兵器『スヴァンヴェート』を駆る。

 青白い陶器のような装甲が雪の降りしきる夜の中にあってなお、煌々と輝く。

 スヴァンヴェートには四つの顔があった。それは頭部、両肩、そして背中に一つあり、それぞれは東西南北を支配する為に、睨みを利かせているという意向を込めた造詣である。全身に無数の槍を携えたスヴァンヴェートはこちらの侵攻を遮ろうとする魔導兵器『ヤールィ』を一方的に串刺しにして、突き進んでいた。


「降ろしてぇぇぇ!」


 そんな事私には関係ない。

 私はただただ叫ぶだけだった。なんでこんな事に巻き込まれたのか。私は半狂乱に陥りながらも多少の冷静さを残していたようで、アイツとの最悪の出会いを思い出していた。

 そう……私があいつと出会ったのは、雪の降りしきる寒い季節だった。


***


「貴様、魔女だな!」

「うひゃぁ!」


 師匠が行方をくらまして数週間が経ったある日の事だった。私は師匠の言いつけを守り、一人修行に明け暮れていた。その日は薬の調合実験を行っていた。

 あいつが現れたのはそんな時だった。外は猛吹雪、だっていうのにアイツは半裸同然のボロキレ姿で、扉を蹴破ってやってきた。そのせいで、吹雪の勢いが家に中にまでやってきて、目茶目茶にしてきた。

 調合していた薬は盛大にぶちまけられ、冷たい雪の風が家の中を濡らしていく。

 だというのに、そんな事なんかお構いなしにあいつはずかずかとやってきて、腰を抜かした私をじっと見降ろしていた。

 長い金髪を適当に後ろで結び、ズタボロのマントを羽織っていたアイツ。目つきは鋭くて、口は真一文字に結ばれていたアイツ。


「な、なに?」


 その時の私は震えていた。寒さにではない。恐ろしさにである。私が住んでいるのはビリビンの森と呼ばれる暗く深い樹海だ。一歩足を踏み入れれば迷って出られないと言われる場所で、それが雪の降りしきる冬であればなおさら危険な場所である。

 私がそこに住む理由は一つで、『魔女狩り』を恐れての事だ。私たち魔女は常に迫害の歴史の中にいたから。

 だから私は突如としてやってきたアイツを魔女狩り専門の何かだと思っていた。魔女狩りは魔女が例え谷底へ住んでいようが、火山地帯に住んでいようがお構いないしにやってくると聞いている。

 だけど、アイツは違った。鋭い三白眼でじっと私を見下ろしていたアイツはいきなり私の腕を取り、自分に引き寄せてきた。


「ふぇあ!」


 男の人の顔を間近で見る事なんてなかった私は、場違いかもしれないがドキドキしていた。しかし、その直後に師匠から教えられた事を思い出す。魔女狩りの中には、魔女を狩る前に慰み者にする輩もいると。

 それを思い出した私はこいつを突き飛ばそうと抵抗したけど、力の差がありすぎて何もできなかった。とはいえ、アイツは私には何もしなかった。じっと私を見つめていた。


「……噂に聞いていた魔女には見えないな。胸が小さすぎる」

「は?」


 開口一番。アイツは触れてはならない部分に触れてきた。


「おかしいな。俺が聞いたビリビンの魔女はもっと身長が高く、胸があると言われていたが。何たる寂しさだ」

「な、な!」


 こともあろうにこいつは私の全身を見てものすごく可哀想なものを見る目を向けてきたのだ。

 そ、そりゃ確かに私はちんまいですよ。師匠からも「体が子どもすぎる」なんて言われてましたよ。でもね、初対面の男にそんなことを言われる筋合いはないと思うんだよね!


「だ、黙れぇ!」


 何にせよ、その時の私は、こいつが魔女狩りだと思っていた。だから、なんとしても始末しないといけないと思っていた。私は全身を使って、体当たりをしかけ、なんとか腕を振りほどくと、杖を構えて、即座に魔法を放つ。

 眩い光弾が一瞬で形成され、発射される。


「ふん!」


 私の渾身の一撃は片手で簡単に払われてしまった。払われた光弾は勢いに従って、私の家の壁を粉砕し、さらに吹雪が侵入してきた。

 私は唖然とした。なんなんだ、こいつ。


「えぇい、まぁいい。噂など当てにならぬからな。おい、さっきので貴様が魔女だというのはわかった。貴様、俺様に協力しろ」


 痛かったのか、手の甲を摩りながら、アイツはそんなことを言ってきた。

 き、協力ですって?


「俺様の名はイワン・ヴェージル・フィニスト。フィニスト王家の第三王子なるぞ!」


 それが私、見習い魔女のサーシャとアイツ、イワンとの出会いだった。


 ***


 そこからの事はもう無茶苦茶だった。


「俺様の国が双子の兄貴に乗っ取られた。だから取り返す」

「はぁ!?」

「もちろん、ただで協力しろとは言わない。俺様が国を取り戻した暁には貴様ら魔女の名誉だって復活させてやる」

「何言ってんのあんた。バカじゃないの? というか、出てってよ! 家直せ!」


 いきなり現れて俺様は王子だとか言う奴を見て、私は「あ、こいつは本当にヤバイ奴だ」と直感した。そしてその直感は決して間違いじゃなかったのだ。


「魔女よ!」

「ひゃい!」


 イワンの馬鹿はまたもや私の腕を取り、意外と綺麗な瞳で私をじっと見つめた。

 その、異性とあまり話したことのない私は、なんというか、免疫がなくて、ちょっとドキドキしていた。別に期待をしていたわけじゃないけど。


「正直、お前を見ていると不安しかないが、背に腹は代えられぬ。ビリビンに住まう魔女は偉大なる魔女だと聞く。魔法の一振りで天変地異を引き起こすほどの魔女だと。お前がその魔女だとは到底見えぬが、魔女という存在は利用できる。だから俺様に協力しろ!」

「へ?」


 そういって、イワンの馬鹿は私を家から連れ出した。

 私は言い訳をする間もなく、凍え死にそうな吹雪の中を連れまわされる羽目になった。

 天変地異を引き起こすビリビンの魔女。それは私ではない。師匠の事だ。

 でも師匠はもういない。ある日を境に戻ってこなくなった。信じたくはないけれど、師匠は魔女狩りにあってしまったのだろう。

 私たち魔女は迫害を受ける存在だ。悪魔と契約した女、その目は赤く光を放ち、燃える炎のような赤い髪に変色する。

 私は、普通の村に生まれた普通の女の子だったけど、魔女のそれに違わない風貌をしていた。そして、捨てられた。

 そんな私を拾ったのが、師匠だったのだ。


「このまま首都へと直行する! 魔女よ、貴様の恐ろしさを兄貴どもに見せつけてやれ!」

「無理無理無理! 私、魔女になってまだ五年……うひゃぁぁぁ!」


 叫ぶ私を無視してイワンはズタボロの衣服から宝石を取り出し、天に掲げた。

 私はそれを見て驚いた。宝石からは信じられない魔力が放出されていたのだ。まさしく神代の代物といっても過言ではない力。

 禍々しい輝きの中に透き通るような青白い光が天を突きさす。かと思えば、貫かれ、大きな穴が空いた黒雲から同じような青白い雷が私たちめがけて落ちてくる。

 しかし、痛みはなかった。むしろ冬の寒波を遮るような温かさがあった。


「なんなのよぉ!」


 その時の私はそんな温かさを実感している暇もなく、突然の出来事にただただ混乱するだけだった。

 対するイワンはフフンと絶大な自信をみなぎらせた笑みを浮かべて、腕を組んでいた。

 そして、巨大な揺れと共に、雪の積もった大地が震え、私たちを何かが持ち上げた。それは巨人、古き神を模した鉄の巨人――スヴァンヴェートだった。


「さぁ行くぞ魔女よ!」

「話をきけぇぇぇ!」


***


 で、結果から話すと私たち二人によるクーデターは盛大に失敗した。

 そりゃ当然だ。スヴァンヴェートがどんなマシンなのかは知らないけど、強力なものだというのは私にもわかる。でも、多勢に無勢とはこの事だ。相手は大陸全土を支配する帝国、しかもその首都なわけで、配備されている戦力だって先鋭中の先鋭、堅牢な守り過ぎたのだ。

 ということで私たちはあえなく撤退を余儀なくされた。


「終わった……私の人生、もうこれでお終いだわ……」


 そして私は、すべてが終わりを告げたかのように絶望していた。なぜって、イワンの馬鹿は首都侵攻に際して盛大に、『俺様はイワン・ヴェージル・フィニスト!』と名乗る。

 同時にこいつは『我が傍には偉大なるビリビンの魔女サーシャもついているぞ!』と私の存在まで暴露したのだ。しかも、いつの間にか私は大魔女にされていた。


「嘆くな魔女よ。たった一度の失敗で何を落ち込む」

「全部あんたのせいよ! 私はね、森でひそやかに暮らしていたかったのよぉ!」

「そうか。だが、それは遠からず無理な話になる所だったな。見るがいい」


 撤退する最中、イワンはスヴァンヴェートのコクピットモニターに一つの映像を映し出した。スヴァンヴェートの四つの顔は飾りではなく、それぞれに映像を捉える機能がある。その時は右肩の顔が捉えた映像だった。


「嘘……そんな……!」


 そこには燃えさかるビリビンの森が写し出されていた。


「兄貴どもは魔女狩りに力を入れようとしていたからな。それもこれも兄貴どもが馬鹿な宗教にのめり込んだせいだ。聖神秘教会め……この俺様を海外留学させたのはこの為か……」


 私はイワンの言葉なんて話半分にしか聞いていなかった。

 そんな事よりも、ビリビンの森が灰になっていく事のほうがショックだった。だって、あの森は私の故郷、私の家、私の安らぎの場所だったから。


「降ろしてよ! 森に返して、あそこは私と師匠の思い出の場所なんだからぁ!」

「悪いがそれは出来ん。それとも何か、貴様は炎に焼かれる趣味でもあるのか?」

「黙れ! そもそも、あんたら王家が魔女を迫害してきたんでしょうが!」

「あぁ、そうだ。偉大なる初代皇帝がそのように下知して数千年だ。しかしな、文明はいついかなる時でも進歩するものだ。俺様は海外留学でそのことを学んだ。魔女とは悪にあらず! 真の悪とは威光を笠に民を惑わせるものたちの事だ!」


 そう語るイワンの顔は、どこか達観していた。一人の少年ができる顔じゃなかった。まるでいくつもの戦場を潜り抜けてきたかのような歴戦の戦士が作りだす顔つきだった。


「イワン、あんた……」

「という事で、仲間を集めるぞ。俺様は国を取り戻すことを諦めていないからな。なぁに、あてはある」

「え?」

「そうら、急ぐぞ! 善は急げ、時は金也! うむ、海外留学は俺様に良いことを教えてくれたぞ!」


 そして、イワンの馬鹿と私による国盗りが、始まったのでした。


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