第7話 ささやく

寒さに向かう季節に、その人に会った。

内緒で触れた唇が、桜の花弁みたいだと思った。

気づかれていないと、思っているのがわかった。

だから私も、何も言わなかった。

ただ、背中に触れた指先に、ほんの少し力を入れただけ。


春。

視界をふさぐように、揺れる花、花、花。

その一片を懐かしいと、ひとり笑えるはずだった。

強い風に煽られ頬に触れた薄紅。

それよりもっと冷たくて、もっと儚くて、もっと恋しいものだったのだと、思い知らされただけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る