白梅記

イーヨ

第1話 白梅記

誰が言っていたのだったか。

桜の根元に埋まっているのは死体で、梅の林に散っているのは人の灰だとかなんとか。

綺麗に咲く花をみて物騒このうえない発想だと思う。

そうだ、先週の現代国語の授業で教師がそういう話をしたのだ。


「トーヤ」


休み時間、その話がなんとなく引っかかっていたオレは隣に座る同級生に話しかけた。


「普通咲いたら花見をするだろう?そこに死体だの人の灰だの、迷惑極まりない発想じゃないか。詩人というのはよくわからんことを考えるんだな」


そういうと、彼、投野郁夫は黒縁メガネをおしあげて微笑んだ。彼ははいつも穏やかに微笑む。小さめの顎に鼻筋がすっと通った華奢な印象の彼の名は「とうのいくお」「投野」はあだ名だ。中学の時、オレが「とうや」と読み間違えてからそれが定着した。


「三鷹、普通そこ、食いつく?」


トーヤは笑う。


「それに普通そこまで授業聞いてないし」


くすくす肩を揺らしているトーヤの声は柔らかい。低くて無愛想なオレとは正反対だ。


「三鷹はさ、詩人だね」


トーヤは切れ長の目を細める。窓際の彼の席には早春の陽が射してふんわり明るかった。彼の笑みもふんわりしていて、オレはちょっとどきっとした。いや、かなりどぎまぎした。だからうっかり口走った。


「死体だろうが灰だろうが、どっちもいい肥料になるって思っただけだ」


トーヤはさらさらした髪を揺らして笑った。トーヤの髪は声と同じくらいさらりと柔らかい。黒髪だけれど陽に照らされると少し茶色がかって見える。髪型は普通の男子高校生というか、少し長めの黒髪を斜めに流しているだけなのに、トーヤが笑うたびにさらさらと揺れる。硬くてあちこち飛び跳ねているくせっ毛のオレとは大違いだ。


「三鷹らしいけど、それ、三鷹のファンの前では言っちゃダメだよ?」

「何だそれは」

「クールでイケメンの生徒会長にはファンクラブあるんだから言っちゃダメ」


しーっとトーヤは人差し指を自分の唇にあてた。


「三鷹独特の詩心だってわかるの、僕くらいだよ?」

「は?詩心?」


オレはむっつりと言った。


「肥料がなんで詩心だ」


その綺麗な同級生はまた微笑んだ。さっきからトーヤは笑ってばかりだ。


「三鷹も恋したら」


彼の柔らかい声。


「恋したら詩人になるっていうから、だから恋したらわかるよ、現国の授業に食いついたのも詩心だって」


彼は綺麗に微笑んだ。あんまり綺麗に笑うから、オレは泣きたくなった。


ああ、恋ならしてるさ、ずっと、中学のときからずっと恋している。

詩人だの詩心だの全くわからんが、この恋が叶うはずないということだけはわかっている。そして、それなのに諦められないということも。

何も知らない同級生、投野郁夫は相変わらずオレの横で微笑んでいる。トーヤ、中学のときからずっと好きな同級生、投野郁夫、オレはお前が好きなんだ。




県立青峰高校普通学科理系二年生の三鷹修一は182センチの長身に引き締まった体躯の持ち主だ。幼少の頃より空手道に親しみ、三年生が引退した今、青峰高校空手部の部長を務めていた。

同時に生徒会会長でもある。こっちは本人が希望したわけではなく、気がつけば周囲から推されて決まってしまった。生徒会に費やす時間を空手の練習にあてたいのが本音なのだが、元来生真面目が服を着て歩いているといわれる男だ。部活や個人練習をこなしつつ生徒会の役目もきっちりと果たしている。

いつも背筋がピンと伸びている三鷹はくせっ毛であちこち跳ねている固い髪と同じく雰囲気も固い。本人も自覚しているのだが生まれつき表情筋が動かないのか、感情がほとんど顔に出なかった。見た目もまとう空気も堅物なのだ。

だが、黒々とはっきりした鋭い目にすっきりとした鼻梁の整った顔立ちゆえ、冷徹の貴公子などとアダ名されてたいそうモテた。実際、空手部の女子マネージャーが六人に増えたのは三鷹が入学してからだ。その六人だとてマネージャー希望者が多く抽選で決まったという。かなりの人気ぶりだが三鷹の持つ堅物な空気のせいか、アプローチをかける剛の者はあまりいない。遠巻きにキャアキャア言われるタイプのイケメンだ。そのかわり、本人の知らないところで密かにファンクラブが結成されたりもしていた。

見た目と生徒会長という役柄から勉強もさぞかし出来て東大京大軽く合格だろうなどと勘違いされる三鷹だが、そこは漫画のヒーローのようにはいかない。進学校なのでそこそこ勉強はできるが天才ではないのだ。本人は地元国立か東京の庶民が行ける範囲の私立大学希望だ。普通のサラリーマン家庭で育っている三鷹の中身はごく普通の高校生だった。


そんな、中身はごく普通の高校生である三鷹がうっかり恋してしまったのは同級生の投野郁夫だ。


三鷹修一が投野郁夫に初めて会ったのは中学一年の夏だった。空手の関東大会会場でのことだ。同じ道場仲間が三鷹を呼びに来た。面白い選手がいるというのだ。見れば試合場である体育館の一角が妙に盛り上がっている。


「三鷹、次の試合、まだだろ?見に行こうぜ」


誘われるまま二階席にまわっていけば、細っこくて小さな少年が防具をつけていた。三鷹の通う空手道場は極真系で、組手試合は頭と顔を守る防具をつけて手にはグローブをはめる。そのかわり直接打撃で組手を行うのだ。


「小学生の部?」


防具をつけて試合場に立つ少年は思わずそう聞いてしまうほど華奢だった。


「ちげーよ。相手見ろよ」


やはり中学生の部だ。相手はこれまた中学生にしてはデカい。小学校三年生と高校生が対峙しているような絵面だ。いくらなんでもこれは勝負にならないだろう。防具をつけて直接打撃の試合といっても総合格闘技バトルのように相手をダウンさせるわけではない。制限時間内に突きや蹴り技を入れてどれくらい有効技をきめられるか、ポイント制である。しかし、ここまで体格差があると圧倒的に不利だ。リーチが違いすぎて技が相手に入らないし。技を決めるためには相手の懐へ飛び込むしかないがそれはリスクが大きい。だが道場仲間は興奮気味に指差した。


「あれでもう三回戦だぜ」


試合の笛が鳴った。


え…


三鷹は目を見張った。小さな体が一瞬で間合いをつめ中段突きから内股、膝蹴りの連打で相手を圧倒している。相手の突きや蹴りは巧みにかわして小技の連打で大きな体を追い詰めていた。そして試合終了まで30秒を切った時だ。ふっと小さな体が体勢を低くした。次の瞬間、高くジャンプする。


「うっそ、二段蹴り」


思わず仲間が声をあげる。三鷹も身をのりだした。決め技が二段蹴りなんて見たことがない。見た目は派手だが失敗する確率の高いあんな大技で試合を決めるなんて。結果は小柄な選手の圧勝だった。


「すげーなアイツ」


仲間が興奮している。三鷹も頷いた。久しぶりにワクワクしている自分がいる。道場ではすでに年長者を相手にしても敵なしの三鷹なのだが、あの少年と対戦したいと心底思った。あんなタイプ、見たことがない。


「へー、さすがの天才三鷹も顔色かわってんじゃん」


仲間がニヤニヤしながら言った。三鷹はわずかに眉を寄せる。


「なんだ、それは」

「だってお前、普段はどんな奴の試合みてもシレーってしてるじゃん」

「……そんなことはない」


昔から三鷹はいつも表情が変わらないと言われてきた。子供らしい表情がないとも。本人は全くそのつもりはないし、感動したり驚いたり腹を立てたりと自分なりに感情豊かだと思っているのだが傍からみればそうではないらしい。アンタは顔の筋肉が硬いのよ、お祖父ちゃん似だから隔世遺伝ねー、母親がいつもそう笑っているからあまり気にしてはいないが、他人から言われるとなんだか不快だ。しかもすぐ天才天才と囃し立ててくる。それも嫌だった。三鷹は人一倍努力して強くなってきたのだ。


「単にオレは表情筋が硬いだけだ」


中1らしからぬ反論をして再び目を試合場に向ければすでに次の試合がはじまっており小柄な勝者の姿はなかった。


「……いなくなってしまった」


表情は変わらないとはいえ三鷹の不快感を感じ取ったのだろう、道場仲間は慌てて試合表を指差した。


「次、準決勝だし、お前の試合の後でやるんじゃね?どうせ三鷹も勝つだろうしさ」


そうか、このまま自分も勝てばあの少年と対戦できる。俄然やる気が出てきた。三鷹は立ち上がるとウォーミングアップをしに下へ降りる。次の準決勝で勝ち上がって必ずあの少年と対戦しよう、そう決めていた。




結局、少年は準決勝で前年優勝者に破れ対戦はかなわなかった。腸が煮えくり返った三鷹は、傍目には至極冷静だったらしいが、決勝でその相手をこてんぱんにやっつけ関東大会で優勝してしまった。

試合後、どうしてもその少年と話がしたくて三鷹は会場のあちこち探した。名前も知らないその少年と次の大会で会える保証はない。少年に会って次こそは対戦したいと言いたかったのだ。二階席の選手控え席をまわっていると帰り支度をしている道場の一団を見つけた。あの小柄な少年がいる。


「あの」


声をかけた。振り向いた少年は女の子かと思うほど綺麗だった。切れ長の目は優しげで整った顔立ちは全体的に作りが華奢だ。さくらんぼのような唇の少年は全体的にふわふわ柔らかかった。目と髪の色が僅かに茶色がかっているから余計に淡い感じがするのかもしれない。一瞬三鷹は怯んでしまう。少年はにこり、とした。


「僕?」

「あ…ああ、そう、えっと」


胴着の胸元に目をやる。名前が縫い付けてあるのだ。『投野』と書いてある。


「あの、とうや君」


一瞬、本人と周りがきょとんとなって、それから爆笑がおこった。あれ、優勝した子じゃん、お前、これ「とうの」だよ、普通はそういう読み間違いはしないって、漢字の勉強ちゃんとやってんのかチャンピオン、色々からかわれた。赤くなって頭をかいていると「投野君」が言った。


「とうやってなんだかカッコいい。僕、今日からトーヤね」

「なんだよ郁夫ー」

「お前とうのいくおじゃーん」

「郁夫って言うな、ダッサイからっ」


ワイワイ騒ぐ「トーヤ」とその道場仲間の中に入って三鷹はだいぶ浮かれていた。後から聞けば平然としていつも通りだったそうだが。


そのことがきっかけで三鷹は投野郁夫『トーヤ』と仲良くなった。隣の地区の中学で道場も近かったからなんとなく一緒に遊んだり稽古したりするようになっていき、大会があれば必ず二人共参加した。

一年の終わりごろには投野は決勝まで勝ち上がってくるようになったので念願の真剣勝負をすることが出来た。背が伸びた投野はリーチが長くなるにつれ手強さが増した。蹴りの鋭さも磨きがかかり、防具をつけていてもふっとばされそうになる。

三鷹は投野の、普段は穏やかなのに試合になると猛禽類のように鋭くなる目が好きだった。柔らかく笑う投野も、闘う時にガラリと空気がかわる投野も、どちらにも惹きつけられた。気がつけば三鷹はいつも投野のことを考えている。投野と一緒にいると心臓がバクバク音をたてるし、投野が誰かと笑いあっていると胸の中がモヤモヤした。中学三年になると三鷹は投野への恋心を認めざるをえなくなっていた。


だが、同性への恋心など打ち明けられるはずもない。いくら綺麗な顔をしていても投野は男なのだ。それでも三鷹は投野と一緒にいたいと思った。だから投野と同じ青峰高校に進学を決めた。県内1位の県立進学校だったので三鷹は必死に勉強した。無事、二人共合格した後、黒い学ランの制服に袖を通した投野が嬉しそうに言った。


「高校の空手部リサーチしたら、あそこが一番清潔だったんだ」


投野の進学理由にちょっと崩れ落ちそうになったのは秘密だ。

三鷹はいつも投野と一緒にいた。一年生の時は隣のクラスだったが15分休みと昼食は一緒だった。もちろん二人共空手部に入部した。そこは極真系ではなく全日本空手道連盟の系統だったので形と組手のルールを一から学び直さなければならない。特別メニューで二人一緒に稽古する時間が増えて内心三鷹は嬉しかった。




三年生が夏に引退すると三鷹が部長になり投野は副部長となった。何の因果か生徒会長も押し付けられた。本当は投野と一緒にいる時間を削られるので三鷹としては不本意極まりなかったのだが、その投野から「生徒会長の三鷹ってカッコいいね」なんて満面の笑顔で言われてしまえば頑張るしかない。恋する男子はチョロイのだ。


その投野は高校に入ってから伊達メガネをするようになった。横長の太くて黒いフレームのメガネだ。はっきりいってあまりオシャレなものではない。不思議に思った三鷹に投野はしかめっ面で言った。


「僕、女顔でしょ?ヤなんだよね、ナヨナヨしてるみたいでさ」


線が細いと言われるのがムカつくのだそうだ。投野はもともと綺麗な顔をしてるが、高校生になり大人びてくると不思議な色気をまとうようになってきた。そうなると同じ高校だけでなく他校の女子や男子まで騒ぎ出す。空手の試合日ともなるとファンクラブよろしく他校生までが応援にかけつけて黄色い歓声をあげるのだ。本人はそれが嫌で、わざともっさりした黒の太いフレームのメガネをかけるようになった。だが、美形は何をやっても美形であって、かえってメガネ男子などとまた騒がれてしまう。しかも試合でメガネをはずすのでそのギャップ効果に三鷹までぼぅっとなってしまう始末だ。

一度、三鷹は「トーヤのメガネはギャップ萌というらしい。お前の意図とは逆効果だ」と忠告したことがある。投野が人目につけばつくほど誰かに取られてしまうのではという恐怖が根っこにあるのだ。だが彼は口をとがらせた。


「三鷹のがクールイケメンって人気あるじゃない。ガタイいいし、妬けちゃうなぁ」


明後日の反論をされて三鷹はそれ以上メガネを取れと言えなくなってしまった。三鷹の恋心はますます心の奥底におしこめられ、どうしようもなく拗れていった。






恋心をこじらせたまま、三鷹は二年生の修了式を迎えた。明日から春休みだ。

だが三鷹の心は暗かった。投野と過ごせる貴重な春休みだというのに、泊りがけの生徒会行事に参加しなければならない。

「全国生徒会連盟」の行事の一つ、他校生徒会との交流会という奴だ。東京近郊の「青少年の家」なる施設で二泊三日、近隣地区5校35人が寝起きをともにし、昼は活動紹介だの地域紹介だの、夜は夜でキャンドルナイトだの座談会だのをやらされる。

三鷹は基本、こういうお役人が喜びそうな行事は嫌いである。やったところで何の意味があるのだと思ってしまうのだ。一匹狼的気質の三鷹はこの手の一緒にろうそくの光の元でなんたらだの、キャンプファイヤーを囲んで一体感を持つだのが正直大嫌いだった。

この行事を知らされた時は顧問に対して断固として拒絶の意志を伝えた。だが、まだ年若い生徒会顧問から「行かないと校長先生にオレが怒られるんだよ~」となんとも情けない口説かれ方をして三鷹の方が折れた。教師も飯のタネを失うわけにはいかないだろう。先生業も大変だと思う。

結果、生徒会長の三鷹と副会長二人、書紀二人に監査二人の計七名は修了式の翌日早朝、きちんと制服を着てマイクロバスに乗り込んだ。今回はずっと制服と学校指定ジャージで過ごさなければならない。学校指定の行事とはそういうものだ。青峰高校の制服は詰め襟の学ランで、首が窮屈なのが嫌で普段三鷹は、というより殆どの男子学生は第一ボタンまではずして着ている。だが、今回は他校との交流会なので詰め襟をきちっと留めなければならない。それも苦痛だ。ただ、この行事が終わったら空手部の合宿だ。


トーヤとずっといられる。


そう三鷹は自分に言い聞かせた。それだけがこの苦行を乗り切る心の支えだった。


同室にしたしな…


部屋割りは部長権限、部長と副部長で来年度の方針を話し合う、と言えば不自然ではないだろう。我ながら女々しいとの自覚はあるが、打ち明けられない恋心を抱える身としてはそのくらいの役得があってもいいんじゃないかと思っている。


トーヤ…


「青少年の家」に向かうマイクロバスの窓からぼんやりと流れる風景を眺め、三鷹は投野を心に思う。けして想いを告げられない恋しい同級生を。物思いにふける三鷹は、背後で女子役員三人が「この機会に三鷹君との親密な関係ゲット~っ」と拳を握っているのに気付くはずもなかった。





「青少年の家」は山に囲まれた小さな町のはずれ、小高い丘の上にあった。

早朝に出発したというのに町に到着したのはもう十時を過ぎていた。マイクロバスは昔ながらの木造家屋が並ぶ町並みを抜け、山道に入る。普通車がやっと離合できる幅のひび割れたアスファルト道は藪に囲まれていた。だがすぐに視界が開ける。丘の中腹からは道が整備され、「青少年の家」につづく斜面は一面、手入れされた芝だ。


青少年の家、と彫り込まれた黒塗りの大きな柱が立つ入り口を抜け、マイクロバスは広々とした駐車場に入った。すでに到着している他校のマイクロバスが四台停まっている。

宿泊施設は駐車場から坂道を上ったところに建っていた。前庭は石畳になっており、玄関前には掲揚台がある。建物の両端に作られた花壇にはパンジーやビオラが植えられていた。他校の生徒達は掲揚台の前に整列しており、どうやら三鷹達青峰高校は最後だったようだ。

すぐに『入所式』なるものがとりおこなわれ、所長挨拶だの地元高校校長の挨拶だのスケジュール説明だのが続く。この手のことが苦手な三鷹は内心げんなりとしながら辺りに目をやった。

宿泊施設はつい最近出来たようで新しい。小高い丘の上に建てられた青少年の家からは眼下に町を望むことができた。藪の途切れた所から自分達が通ってきた道がところどころ、顔を覗かせている。3月半ばの風はまだ冷たいが開放感にほっと息をつけた。


「それでは部屋に荷物を置いて昼食まで自由時間とします。12時になりましたら食堂に集まるように。今日は他のクラブ合宿も入っていますから、食堂での生徒会の場所を確認すること。それから」


施設やスケジュール説明を終えた青少年の家の若い男性職員が宿泊施設の裏手を指差した。


「こちらの裏手、テニスコートとバスケットコートの奥ですが、昔からの梅林があります。中には樹齢千五百年とも言われる白梅の古木もあるので見に行くといいですよ。丁度満開です。たーだーし」


びし、と若い男性職員は指を突き出した。


「絶対に枝を折ったりしないこと。それから、ちゃんと遊歩道があるのでそれを外れないこと。根元を踏み固めると木が弱るからね」


では解散、の声に生徒たちは一斉に力を抜いた。やはりこういう行事はダルい。三鷹は部屋に荷物をおいたら一人になれる場所を探そうと決める。二泊三日とはいえこのノリで過ごすのはキツい。ボストンバッグを抱え宿泊施設に入ろうとした時だ、隣の列にいた男子生徒が声をかけてきた。


「もしかして三鷹修一君だよね、青峰高校空手部部長の」


振り向くと紺色のブレザー姿の、実直そうな男子生徒がにこにこ笑って立っていた。背丈は三鷹よりも少し低めでがっちりとした体型だ。角張った顔に髪は短く刈り上げている。その男子生徒は山吹高校生徒会長の立花と名乗った。


「夏の全国制覇、おめでとう。試合みてたけど、三鷹君ホントに強いね。あの上段前蹴り、すごかった」

「……あぁ、ありがとう」


三鷹と投野が入ってから青峰高校空手部は夏、冬とも組手も形も全国大会を連覇している。空手雑誌の取材を受けたり新聞に載ったりしたせいか、色んな人に声をかけられるようになっていて、それにまた辟易していたのだが、この立花という生徒は嫌な感じがしなかった。黒目の多いぐりっとした目が真っ直ぐでへつらった色が全くないからかもしれない。誠実な感じの奴だと三鷹は好感を持つ。その立花は照れたように言った。


「実は僕の高校、去年から空手部ができたんだ。まだ弱小だけど一応僕が部長でさ」

「そうか。同じ空手部なんだな」


無表情と言われる三鷹だが好感をもった相手にはそれなりに表情を和らげる。


「それでね、三鷹君みたいに強い選手に会えたの、すごくラッキーっていうか」


がしがしと刈り上げた頭を立花はかいた。


「その、迷惑でなかったら、自由時間に稽古つけてもらえないかな。防具とかないからその、形だけでもいいんだけど」


控えめな物言いだがけして卑屈な色はない。ホント、迷惑でなかったらなんだけど、と首を竦める立花は好ましい。三鷹は目を細めた。


「こちらこそよろしく頼む。稽古ができなくてつまらないと思っていたところなんだ」

「ほんと?」


ぱぁ、と立花が顔を輝かせた。


「ありがとう。三鷹君には部活の練習方法とか色々聞きたいこともあるんだ。っていうか、三鷹君みたいな有名選手に会ったっていったら部のみんな、うらやましがるよ」

「オレはそんなたいしたもんじゃない。だが空手の話ができる相手がいるのはありがたいな」


よかった。このままこのノリの行事が続いたらストレスで死ぬとこだった、内心ほっと安堵したところに黄色い声が割り込んできた。


「三鷹さーん」

「三鷹さん、空手ジャーナル見ました。1月号の見開き、青峰高校でしたよね」

「連覇おめでとうございます。私達、応援に行ったんです」

「立花君、三鷹さんを独り占めはだめよ」


立花の大きな体がふっ飛ばされた。他校の女子役員達だ。三鷹はあっという間に女子生徒に囲まれた。男子生徒達は女子の迫力に圏外へはねとばされている。女子は参加者のおよそ半数、17名だ。その中でも積極的に声をかけてくるのは容姿、能力ともに自信のある女子達のようだった。それぞれが牽制しあって押しが強い。それ以外は遠巻きに三鷹を見ていたりその場を後にしたり、ただ、やはり全国紙に載る選手である三鷹に皆、興味はあるらしい。


「三鷹さんってぇ、空手で忙しいのに生徒会役員もなさるんですね~」

「アジア大会選抜にいかれるんでしょ~。大変なのに」

「この春休みもどこか遠征なさるんですか」

「三鷹君は責任感強いから、ちゃんと部活も役員の仕事もやるのよねっ」


三鷹に攻勢をかける他校女子に対して青峰高校の女生徒三人がガードに入る。


「都大会とかもちゃんと出るし。」

「海外遠征も大事だけど、部活を大事にしてるのよ、三鷹君は」

「というか、うちの高校の役員にあまり迷惑かけないでもらえますか?」

「はぁ?私達、ただおしゃべりしてただけですけど」


バチバチバチ、と見えない火花が女生徒達の間に散った。その隙に三鷹は女生徒の群れから抜け出す。立花が恐ろしげに言った。


「き…君も大変だね、三鷹君…」


三鷹はただ、ため息をつくしかなかった。





体育館と格技場の脇を抜け、テニスコートの裏手に遊歩道が続いている。そこに梅林が広がっていた。

三鷹は立花と並んで遊歩道を歩いていた。実は、部屋に荷物を置いた三鷹が梅林に向かおうとすると女子生徒たちがくっついてきたので、無理やり立花を引っ張ってきたのだ。

この実直そうな立花が声をかけてくれてよかった。一人だったら散歩するのも恐ろしい。なるべく後ろにひっついてくる女子は見ないようにして三鷹は梅を眺めた。

都内の梅はもう散っていたが、ここは今が満開だ。紅梅、白梅、とりまぜて咲く様はそれは見事だった。その中に、ひときわ目立つ白梅の古木があった。遊歩道から少し奥まった場所だ。一本だけ他の梅の木から離れてそれは植わっている。花びらだけでなくガクまで青白いその白梅は、木全体から凛とした気品がただよっていた。三鷹狙いの女子生徒達も圧倒されたのか、ため息をもらす。三鷹も立花もその古木に見愡れた。


「すごいね、こんな梅、見たことない」


ほわ~っと立花が言った。


「あぁ、見事だ」


言い伝えでは樹齢千五百年だというが、これは本当に千年以上の古木かもしれない。それほどこの古木の存在感は圧倒的だった。ワイワイと声がして他の男子生徒達も梅林にやってきた。やはり白梅の古木を見てすげぇ、だのマジか、だのと感嘆の声をあげている。普段、花に興味を持っているわけではない高校生たちをも魅了する白梅はやはり別格だ。三鷹は古木のゴツゴツとした幹と、青白い花にただ見惚れる。不思議な色気のある花だと思った。どこかで感じたことのある色気だとも。


「三鷹さん」


突然、右から高い声がしてぎょっとした。立花がいたはずのそこに紺のブレザーにチェックのリボンの制服を着た女生徒がいる。ふわふわの緩やかなくせっ毛を肩まで下ろし背丈は三鷹の肩くらい、目が大きく可愛らしい顔立ちだ。そして十分に自分の可愛らしさを自覚している。その女生徒は上目遣いに三鷹を見上げてきた。


「三鷹さん、あんまり見つめると梅の木に取り憑かれちゃいますよ」


可愛らしく目を瞬かせる。だが白梅に見惚れていた三鷹には邪魔なだけだ。思わず眉を寄せるが女生徒は一向に気にした風もない。


「私、立花君と同じ山吹高校会計の南っていいます。南百合子」


よろしく、とにっこり笑う。


「あの梅ね、気に入った人間に梅の精が取り付くっていわれてるんですよ?三鷹さん、かっこいいから気をつけないと」


さりげなく体を寄せてきた。三鷹は僅かに身を引く。そこへ別な声がした。


「こんにちは。青峰高校の三鷹さん、ですよね?」


長い黒髪をさらりと揺らしすらりとした女生徒が百合子の反対側に立っていた。


「緑が丘高校生徒会副会長の加賀美涼子です。はじめまして」


大人びた美人だ。紺のブレザーにネクタイとチェックのスカートがよく似合っている。気がつけば三鷹の周囲は女生徒だけになっていた。肝心の立花はというと女生徒達からの無言の圧力に跳ね飛ばされ三鷹から三メートルほど離れた場所へ追いやられている。


「…立花く…」


名を呼ぼうとすると青い顔で立花はぶんぶんと両手を振った。よほど女子からの圧力が恐ろしかったのだろう。立花の後ろには男子生徒達がワラワラ集まっていて面白そうにこっちを見ていた。

女生徒達は口々に自己紹介をし喋りかけてきた。南百合子と加賀美涼子は三鷹の両脇をがっちりキープして譲ろうとはしない。三鷹は困惑した。校内ではこんな風に群がられることはない。だがこの生徒会行事でやってきた女生徒達はそれなりに自信があるからか、三鷹へのアプローチが凄まじかった。女子にモテて悪い気のする男子はいないのだろうが、あまりの迫力に三鷹は恐怖すら覚える。


トーヤはこんなんじゃない…


無意識に投野に救いを求めてしまったのか、柔らかい笑顔が脳裏をかすめる。


トーヤはもっと…


その時、男子生徒の間から素頓狂な声が上がった。


「おい、アレ」


呆然と梅林の奥を指差している。他の生徒達も指差された方向を凝視した。


「え…」

「なっなに…」

「…マジ?」


梅の精がいる。

皆の視線の先、白梅の古木のその向こうに、梅の精が立っていた。早春の光を集めて梅の精は静かに佇んでいる。整った花のかんばせ、透けるような白い肌は傍らに咲く白梅の花びらのようだ。茶色がかった髪がさらりと陽光をはじいた。口元には優しげな微笑みが浮かんでいる。男子生徒だけでなく三鷹に群がっていた女生徒もぽかんとその梅の精を見つめた。皆の視線に気づいているのかいないのか、梅の精は全く無頓着にこちらへ一歩踏み出してくる。そして白い手を眼前に掲げた。そこには黒い物体、全員がハッと息を飲んだ。


パシャッ


シャッター音。


「三鷹、何やってんの?」


梅の精はそう言ってにっこり笑った。がさがさと茂みが動いて、梅の精の後ろから、まるで眷属のようにぞろぞろと数人の男子高校生が姿をあらわす。


「あれぇ、生徒会じゃん。」

「なにしてんの?生徒会。」


梅の精の眷属達はわらわらこっちへ近づいてきた。その後ろから梅の精もにこにこ笑って近づいてくる。


「三鷹、君の合宿先ってここだったんだ」


よく見れば梅の精はジーンズに白T、ベージュのシャツを羽織っている。


「…トーヤ」


惚けたように三鷹はその名を呼んだ。


「お前、メガネは…」

「ん?写真撮るのに邪魔だし、してこなかった」


ケロリと答える投野に三鷹は、さんざんメガネを取れと言ってきた過去を思ってがくりと肩を落としていた。





「写真クラブの撮影合宿なんだ」


奇しくも青峰高校写真クラブと生徒会の泊まる宿は同じだった。今、彼らは食堂で一緒に昼食をとっている。写真クラブ総勢六名が自分達のトレイを持って三鷹の横に移動してきたのだ。そのせいで三鷹から席が離れた女生徒達が凄まじい目で睨んできたが、オタク気質の写真クラブの面々はまったく頓着していない。バンダナメガネにチェックシャツの集団にとって今のところ被写体以外関心はないのだ。


「投野君の空手合宿にかからないよう日程組んだんだよね」

「そうそう、今年は梅林の撮影したくてさ」

「コンテスト挑戦するんだよな」

「近場で見事な古木があるって情報、投野君が持ってきてさ、急遽ここに合宿することにしたの」


投野は高校に入ってから部活とは別に写真クラブに入った。もともと親父さんの趣味がカメラで、新しいものを買ったからとデジタル一眼レフのお下がりが来たからだそうだ。


「うちの父親情報なんだけどね。オヤジも写真サークルの撮影会行くから」


投野は三鷹の向かいに陣取っている。


「こないだマクロレンズもらって、だったら今回のテーマは花にしたいなぁって」


唐揚げを頬張る梅の精に他校の男子高校生達はすっかりぼうっとなっている。


「とっ投野さんって、あの青峰空手部の投野郁夫さんですよね。」


三鷹の隣に座っていた、というより三鷹が強引に座らせたのだが、その立花がどもりながら投野に話しかけた。


「形の部の優勝、おめでとうございます。組手も個人戦三位でしたよね。凄いです」


でもこんなに綺麗な人だとは…もごもごと言う立花に投野はにっこり笑いかけた。立花は真っ赤になる。立花の向かい側にいた山吹高校の女生徒が身を乗り出した。


「えーっ、投野さんって空手部なんですか?」

「じゃあ、三鷹さんと一緒?」

「だから仲いいんだぁ」


今度は投野にすり寄る女子生徒達を青峰生徒会女子役員達が牽制した。


「投野君は三鷹君と並んで空手部の双璧だもの」

「チーム戦だって副将で青峰、支えてるし」

「ゴリラみたいな対戦相手、打ち倒せるの」

「空手に興味ないと知らないわよね」


女子の険悪なムードに男子生徒達は知らん顔を決め込んだ。案外男同士、交友を深めるチャンスかもしれない。立花をはじめ、男子生徒達は投野にアピールしはじめる。投野は愛想よく応対していたが、写真クラブの面々はどうにも他校の馴れ馴れしさが気に入らなかったらしい。


「今の投野は写真クラブなの」

「投野、早めに食べて撮影行かないと、光の加減で変わっちゃうからさ」


どうやら女子生徒はどうでもいい写真クラブにとって投野郁夫はアイドルのようだ。


「あの古木、攻略難しいよ?」

「急ごうぜ」

「そうだね」


投野は慌てて皿の残りを口に放り込むとカメラバッグと上着を掴んで立ち上がった。テーブルを離れ際、ふっと三鷹を振り返る。


「三鷹、君、今日はいつ終わるの?」


突然言われて三鷹の心臓が跳ねる。


「僕達、これからウォークラリーなんですけど、三時半頃には宿に戻る予定です、投野さん」


三鷹のかわりに立花が答えた。


「そう…」


一瞬、投野は何か言いたげな顔をしたが、じゃあ後で、とだけ言って食堂を出て行った。






三鷹達が解放されたのは予定より遅い四時を過ぎた頃だった。写真クラブはまだ帰ってきていない。女子生徒達につかまる前に三鷹は宿を抜け出した。やみくもに歩く。胸がもやもやしていた。今頃、投野は写真クラブのメンバーと一緒なのだろう。


笑いあい、親しげに肩を抱いて…


撮影会の合宿があると聞いてはいた。同じクラブ員同士、ふざけあったりじゃれあったりするのも普通のことだ。しかし、投野がそうしているのを目の当たりにするとやはり平静でいられない。胃のあたりから黒い塊がこみ上げてくる。


『いつまで生徒会、相手にしてんだよ。』


投野を呼んだ男子生徒は挑むような目でこっちを見ていた。まるで投野は自分達のものだとでも言わんばかりに。


「くそっ。」


三鷹は忌々しげに呟いた。醜い嫉妬だ。自分には何を言う権利もないというのに、投野を独り占めしたくてたまらなくなる。三鷹は無性に稽古をしたくなった。突きや蹴り、形の稽古をしている時だけは何もかも忘れられる。そして、道場にいる時だけは投野の視線を自分のものに…

ふいに強い香りを感じた。梅の香りだ。梅林を歩く三鷹のまわりには、当然梅の香りが漂っていたのだが、一際強く香ってくる。目をあげると、白梅の古木の前に来ていた。午後の遅い陽を浴びて白い梅の花びらは僅かに色を持ち、凛とした佇まいにに艶が加わっていた。三鷹は古木に歩み寄った。はらっと花びらが散ってくる。ごつごつとした黒い幹に手を触れ、三鷹は花を見上げた。ガクまで青白い白梅は、風もないのに花びらを散らす。


「トーヤ…」


我知らず、三鷹は愛しい名を呼んだ。この木の傍らに立つ投野を見た時、一瞬、梅の精かと本気で思った。


「トーヤ…この梅の花に似ていると言ったら、怒るだろうな…」


なんで男の僕が梅の花なんだ、とむくれる様が想像できて、三鷹は笑みをこぼした。はらり、と白い花びらが三鷹の肩に舞い落ちる。


「トーヤ…」


苦しい恋だ。いつか、自分はこの恋を昇華することができるのか。三鷹は木の幹に額をつけた。小さく呟く。


「トーヤ…」

「あんまりその木に近付くと梅の精に取り込まれちゃいますよ」


ぎくっと振り向くと、女生徒が立っていた。ここへ着いてからやけにまとわりついてくる、南百合子とか言ったか、立花と同じ高校の女生徒だ。


「言ったじゃないですか。その木には言い伝えがあるって」


媚びるような笑みが口元に浮かんでいる。


「すっごく昔に、恋人を待ちながら死んだ女の人がいて…」


南百合子は周りの梅の枝を手で揺らしながら近づいてきた。三鷹は眉をひそめる。


「その女の人、死ぬ前に頼んだんですって。自分の死体を燃やして、その灰を梅の根元にまいて欲しいって」

「そんな昔に火葬の習慣があったとは初耳だな」


三鷹の冷たい口調にかまわず、百合子はその前に立った。


「そんなの知らない、どうでもいいもの」


大きな目で三鷹を見上げた。


「でもその女の人の気持ちはわかっちゃうな。腐りたくなかったのよ。腐るんじゃなくて…」


ふふっ、と女生徒は誘うように口元をあげる。そのあからさまな視線に三鷹は吐き気がした。


「体も心も燃やして、それを取り込んだ梅の中で恋人を呼ぶの。私のなかへ来てって…」


可愛らしい顔つきでしかし淫らな空気を纏う、それは男にとって魅力的かもしれないが、三鷹には嫌悪しかわかない。黙って立ち去ろうとするといきなり腕を取られた。百合子は伸び上がって三鷹の耳元に口を寄せる。


「三鷹さん、苦しい恋、してるんでしょ」


腕に百合子の胸があたる。


「私、慰めてあげられるとおもうんだけど…」


体を擦り付けてくる。三鷹は体を離そうと百合子の手を振りほどいた。


「きゃあっ」


わざとらしい悲鳴をがあがる。百合子はそのまま三鷹の胸に倒れ込んできた。


「なっ」

「あ…」


引き離そうと百合子の肩に手をかけたのと同時に背後から声がした。振り向くと投野が立っている。


「ごめん、僕、えっと…」


呆然とする三鷹に投野がを困ったような笑みを浮かべた。


「ごめん、邪魔しちゃって」


そのまま投野は足早に去っていく。


「トーヤっ」

慌てて後を追おうとする三鷹に百合子はまた腕をからめた。


「あ~、ごめんなさ~い。つまづいちゃってあたし~」


三鷹は思わず百合子を睨みつけた。手を振りほどき投野の消えた方へ駆け出した。百合子が何か叫んだが無視して走る。しかし、投野の姿はもうどこにも見当たらなかった。






三鷹が投野を見つけたのは夕食時の食堂だった。クラブの仲間に囲まれて談笑している。話しかけようにも三鷹が入っていける雰囲気ではない。そのうち「生徒会交流夕食会」がはじまったので席を動く事ができなかった。そして「交流会」が終わった頃には投野の姿はどこにもなかった。

食事が終わると自由時間だ。三鷹は急いで食堂を出ようとした。


「青峰高校の生徒会長さん」


すらっとした美人が横合いから声をかけてきた。確か、昼にも側に寄ってきた女子だ。


「加賀美です、緑が丘高校の」


長い黒髪をゆらして微笑む。


「御校の文化祭の資料拝見して、少し質問したいことがあって」

「あ、いや…」


生徒会のことだと言われたら断りにくい。だが今は投野が先だ。


「すまんが後でいいか?」

「やだ、三鷹さん、焦って誰を探してるんですか?」


百合子がしゃしゃり出てきた。元はと言えばこの女のせいで、とムカついてくる。小柄な百合子は大きな目を瞬かせて三鷹を見上げた。


「当ててみましょうかぁ」

「あなた、なに?私は生徒会の話をしたいと」


加賀美が言えば百合子がふん、と鼻をならす。


「口実でしょ?」

「なっ…失礼ねっ」

「生徒会のことならアタシ達青峰生徒会、お答えしますよー」


青峰の女生徒までくわわった。三鷹は黙ってそこを飛び出す。付き合いきれない。廊下を見回すが当然、投野の姿は見えなかった。


部屋か…?


二階にのぼり写真クラブの部屋を叩いた。


「トーヤ?投野君のこと?」


クラブ員の一人が訝しげに三鷹を眺めた。


「部屋には戻って来てないけど」

「トーヤに用があるなら僕が伝えるよ」


いつも投野の側に陣取っている男子生徒が言った。写真クラブ員にしてはガタイのいい奴で彫りの深い顔立ちの二年生だ。挑むような目で三鷹を見てくるのはこの生徒も投野になにがしか気があるのか。なにより、なんでコイツ、投野郁夫のことを『トーヤ』呼ばわりしているのだ。


「三鷹君は生徒会行事で忙しいんじゃないの?」

「切原君に伝言頼んだら?」


切原というのか


思わず三鷹は挑戦的な態度の生徒を睨んだ。切原がう、と怯むのがわかる。だが三鷹はすぐに態度を改めた。


「邪魔してすまなかった」


三鷹は頭を下げた。道場でいつも戒められているではないか。武道に精進している身で普通の相手を威圧するのは恥ずべきことだ。そういうのは強さとはいわない。


「伝言を頼めるだろうか。オレが探していたと」

「わっわかった」


どこかおっかなびっくりこたえる切原にもう一度三鷹は頭を下げる。


「ありがとう」


部屋を辞し、三鷹は館内をまた探して歩いた。ウロウロしているうち、ぐるりとまわって一階ロビーに出る。話し声が聞こえた。


トーヤ


間違えるわけがない。投野の声だ。観葉植物の向こうに人影が見える。


「ト…」


呼びかけようとした時、楽しげな笑い声が響いた。思わず三鷹は足を止める。


「そんな笑わなくったって」

「だって立花君、おもしろい」


立花?山吹高校の立花か?


数歩踏み出すと投野と立花が見えた。笑顔で談笑している。投野が笑う度にさらさらの髪が揺れた。まとう空気は大人っぽいのに、相づちを打つ時小首をかしげたりと、ふいに幼い表情になったり、そんな投野に立花はどこかぼぅっとした顔を向けていた。カッと三鷹の頭に血が上った。ツカツカと二人に歩み寄る。


「三鷹」


気づいた投野が微笑んだ。


「あ、三鷹君」


立花も三鷹に笑いかける。


「今、投野君にも話してたとこなんだけど、実は明日、うちの部活の連中が…」

「トーヤ」


三鷹は投野の手を掴んだ。そのままぐいぐい引っ張って歩きだす。


「ちょっちょっと、三鷹」


戸惑う投野の声がしたが、かまわず三鷹は外へ出た。ロビーにはただ呆気にとられた立花が残されていた。






「三鷹、どこ行くの、三鷹ってば」


痛いよ、という投野の声に三鷹はやっと我に帰った。


「あ…すっすまん」


慌てて掴んでいた手をはなす。投野は手首をさすった。


「どうしたの?こんなとこまで引っ張ってきて」


気がつくとそこは白梅の古木の前だった。遊歩道の外灯の光が梅林の奥までとどいているのか、花々が白く夜空に浮かび上がっている。三鷹は戸惑った。立花と楽しそうに話す投野をみてカッとなったが、落ち着いてみるとここまで引っ張ってきた理由が見つからない。だいたい、夕方、百合子にしがみつかれたのだって、投野には関係のないことなのだ。投野はじっとこっちをみつめている。三鷹は言葉に詰まった。


「いや…その…」


いたたまれず目をそらすと、投野がふっと白梅の古木に手を添えた。


「さっきまでね、僕、この木の写真撮ってたんだ。夜空に白梅が映えるんじゃないかと思って。」


投野は幹をそっとなでる。その仕種が妙に儚げで三鷹はどきりとした。


「なんだかこの木、不思議だよね。なにかこう…」


幹を優しくなでている。白梅の花びらが投野に降りかかった。はらはらと白い花びらに包まれる投野、白梅の木に溶け込んでいきそう…


「トーヤ」


三鷹は思わず投野の肩を引き寄せた。投野がきょとんと三鷹を見上げる。


「三鷹?」

「あっ、その、すっすまんっ」


焦って手をはなす三鷹に投野はくすっと笑いかけた。


「三鷹、さっきから『すまん』ばっかり」

「…すまん」

「ほら」


可笑しそうに肩を揺らす。三鷹も苦笑いをもらした。


「ねぇ、三鷹、三鷹は夕方の事、気にしてるんでしょ」


突然投野にきりだされて三鷹はぎょっとなった。実際、言われた通りなのだが、はいそうです、というのも憚られる。投野はくすくす笑った。


「そんなにしかめっ面しなくてもいいよ。どうせ三鷹の気を引きたい女の子が強引に迫ったんだってことくらいわかってるから」


君とは付き合い長いからね、そう言って投野はにこっとした。三鷹は力が抜けた。夕方から必死になっていた己が滑稽だ。はぁ~っと大きなため息が漏れる。ふっと投野が三鷹の肩に触れた。


「ねぇ三鷹」


切れ長の目が見つめてくる。


「でもどうして必死で言い訳しようとしてたの…?」


三鷹はぎくりと体を強ばらせた。投野が囁いてくる。


「ねぇ、誤解だっていいたかったんでしょう?何故…?」


心臓が壊れそうなほど音をたてはじめた。


「ねぇ…何故…?」

三鷹…


投野の吐息が耳にかかった。白梅が香る。目眩がするほど甘い。


「…トーヤ」


三鷹は投野に手を伸ばそうとした。と、するりと投野が体を離す。


「空手部のみんなにに言いふらされたらヤバイからでしょ、三鷹修一がナンパしてましたって」


かうように笑った。


「言っちゃおうかな~。どうしよっかな~」

「トットーヤっ」

「うそうそ」


それから投野はあっけらかんと三鷹の手をひく。


「帰ろ、三鷹。冷えてきたよ」

「あ…ああ」


拍子抜けした三鷹は手を引かれるままに歩き出した。


「明日も生徒会行事?大変だね」

「まぁ…しかたないがな」


たわいない会話、手を引かれたまま宿に向かう。ふいに強く梅が香った。投野の髪の毛に白梅の花びらが一枚、からまっている。三鷹はぼんやりとそれを見つめていた。






その夜、三鷹は夢を見た。むせかえるような梅の香り、投野が梅の林の中にいた。投野は奥へ奥へと歩いて行く。


ああ、あの白梅の木だ…


梅の木の下に女がいた。長い黒髪の美しい女だ。投野は女の元へ行こうとする。三鷹は訳もなく不安になった。


だめだトーヤ、行くなっ。


だが声がでない。投野に近付く事もできない。三鷹は必死で叫んだ。


行くなっ。


女が投野へ手を伸ばす。女はその抱きしめた。


トーヤッ。


ふと、女がこちらを見た。婉然と微笑む。きつい梅の香り…





目覚めは最悪だった。額の汗を拭って三鷹は息をつく。まだ明け方で、同室の生徒達は熟睡していた。三鷹は額に手を当てた。


どうかしている…あんな夢…


ふっと梅が香ったような気がして三鷹は顔をあげた。夕べ体についてきたのか、梅の花びらが一枚、枕元に散っていた。







翌日はよりよい生徒会活動を行うには、というテーマでの勉強会、ついでに体育館で親睦ドッジボール大会だ。さすがにぐったり疲れた。体よりも心が疲れた。企画実行の教育委員達が求める『明るく健全な高校生』でいるのも骨が折れる。教育熱心なよき指導者であらねばならぬ担当教諭も心なしか疲労の色が濃い

二時に解散を言い渡され、生徒達は自由行動となった。三鷹は稽古するという約束どおり、立花と一緒に格技場へ向かった。正直、何も考えずに体を動かしたかった。形の稽古をしている間は投野のことで悶々と悩まずにすむ。

今日も投野と話す機会がなかった。朝から写真クラブのメンバーにがっちり周りを固められ、声をかけるどころではなかったのだ。特に切原という生徒が投野にぴったりと貼り付いて生徒会に近付けまいとする。朝食もそこそこに投野を引っ張っていってしまった。思い出すだけで腹立たしい。

格技場への道々、立花の話に生返事をしながら三鷹は夕べのことを考えていた。結局投野に手を引かれて宿まで帰ったのだ。


手を繋ぐ…


中学の時から一緒にいるが、そんなことは今までしたことがない。投野の手は白くて華奢にみえて、それでもしっかりと鍛えられた筋肉の張りがあった。


オレはトーヤと手を繋いだのか…


じんわりと投野の手の温もりが蘇ってくる。今さらながら、三鷹はそのことにどぎまぎした。二人、手を繋いで宿へ帰ったのだが、ロビーではあっさりおやすみを言われ、投野は部屋へ戻ってしまった。別に何かを期待していたわけではないが、三鷹はひどく落胆した。三鷹の手にはまだ繋いだ時の熱が残っているのに、その熱を分け与えてくれた投野にとってはなんでもないことだったのだろうか。三鷹はまた胸が苦しくなってくる。振払うように額に手を当てた時、立花の声が飛び込んできた。


「やっぱりマズかったかな、三鷹君」


話を聞いていなかった。ぎくっと顔をあげた三鷹に立花は困ったように笑った。


「ほら、夕べ、ロビーで僕が投野君に稽古に参加してくれないかって頼んでただろう?投野君、撮影会が引けたら覗きに来てくれるって約束してくれたんだけど、やっぱ余計な事だったよね」


どうやら立花は、三鷹が黙って投野を連れ出したのを気にしているらしい。


「オレのほうこそ、すまなかった。その…」


まさか『トーヤがお前に笑ったから嫉妬しました』とは言えず、三鷹がきまり悪そうに言葉を探していると、立花がうんうんと力強く頷いた。


「三鷹君も大変だよね。あんなふうに写真クラブだっけ、露骨に投野君、ガードするんだもんなぁ。ヘタしたら生徒会連中と揉めるよね。いや、僕らが悪かったんだ。昼飯の時、投野君囲んで勝手に盛り上がったし、女子連中が妙な騒ぎ方したから。三鷹君、そのことで投野君と話をしにいったんだよね」


三鷹は内心、胸をなでおろした。立花は、夕べ三鷹が投野を連れ出したのは写真クラブと生徒会のもめ事を避けるためだと思い込んでいる。


「いや、そっそれはやっぱり、写真クラブはうちの学校の生徒だからな、喧嘩腰でも困るかなと…」


今はその勘違いがありがたい。三鷹はそれに乗ることにした。


「かえって不快な思いをさせてすまない」

「それはいいんだ、ホント、三鷹君のせいじゃないし」


ぶんぶんと両手を振った立花は突然、こちらをうかがうような表情になった。


「それで、昨日のうちに話すべきだったんだけど…」


ガシガシと短髪をせわしなくかく。


「あの、ほんっと、事後承諾お願いするようで申し訳ないっていうか、実は…」


ぼそぼそと気まずそうに話された内容は部活のことだった。三鷹に会ってそれを自慢したくなった立花は部の連中にLINEしたそうだ。それが空手部顧問の耳に入り、ならば部員達と組手や形の稽古をやってもらえまいかと自由時間を使えるよう教育委員会に渡りをつけてしまったのだとか。


「ほんっとごめん。うち、地元校ですぐそこなもんだから、ほら、ここへ来る道沿いにあったあの高校なんだけど」


立花がごつい体を縮める。


「その、三鷹君の迷惑になるようなら断ってくれて全然かまわないっていうか、ただ会うだけ会ってくれたらみんな喜ぶというか」


恐縮しまくる立花に三鷹は苦笑した。


「いや、こっちこそ、そんな風に評価してもらえて光栄だ。それに稽古できるのはオレも嬉しい」

「ほんと?」


立花が破顔した。素直な男だ。ずっと悶々とした思いを抱えていた三鷹は救われたような気持ちになる。


「行事行事でストレスたまっているしな」

「だよね、立派な高校生でいるの、疲れるよ。一日で限界だぁ」


三鷹は吹き出した。立花はそれを見て少し驚いた顔をする。


「三鷹君、そんな風に笑うんだ」

「当たり前だ、オレのこと、なんだと思ってたんだ?」


三鷹はいつしか気分が軽くなっていた。立花が嬉しそうに笑う。


「最初はさ、なんか雲の上の高校生って思ってたんだけど」

「酷いな」

「普通に遊びに行けそう」

「行くか、一緒に」

「だね、行こうよ」

「LINE交換」

「うん、あ、待って、スマホ」


立花がごそごそポケットを探る。合宿が終わったら連絡を取り合おうとあれこれ相談する。表情は固いが案外中身は人懐っこい三鷹だった。







格技場には人だかりが出来ていた。行事に参加している生徒会メンバー達だけでなく、春休みで暇なのか、山吹高校の教職員や一般生徒の野次馬まで集まってきている。三鷹と山吹高校空手部との稽古は一大イベントの様を呈してきていた。もっとも、女子連中は応援する気満々で、相変わらず学校同士、火花を散らしている。

山吹高校空手部は立花をくわえて総勢12人だ。皆、胴着に着替えて格技場の畳に座っている。ウォーミングアップを終えて準備は万端、だが、山吹高校空手部は皆ガチガチに緊張していた。無理もない。あの『三鷹修一』と組手ができるのだ。空手をやっているものには、一年のときから全国連覇を続け、海外試合でも勝利しオリンピック強化選手にも名指しされている三鷹は雲の上の人である。格技場は異様な緊張と昂揚した雰囲気に包まれていた。

三鷹が格技場にあらわれた。ざわめいていた場がしん、となる。その存在感にあちこちからため息が洩れた。三鷹は顧問の胴着を借りている。別にジャージでやってもよかったのだが、顧問んがどうしてもと言ったのだ。まぁ、雰囲気は大事だろう。

「押忍」の声で一礼し、三鷹は畳の上にたつ。三鷹の通っていた道場は極真系なのでフルコンタクトだが、部活である全日本空手道連盟の組手は防具を付けない。手にグローブを小さくしたような布製の防具をつけるだけだ。直接打撃は決してしない。寸止めでどれほどの技を相手に決められるか、ポイント制で競う。三鷹自身はそれでは物足りなくてたまに通っていた道場で稽古をつけてもらっているが。

今回の稽古は連盟のルールだ。山吹高校空手部のほとんどはまだ白帯か黃帯、部長の立花と副部長が茶帯で紫帯が二名いるだけなので三鷹はかえって気を引き締めた。初心者は慣れていないので怪我をしやすい。

三鷹は一人ずつ、アドバイスをくわえながら組手を行った。全力での組手ではない。それでも三鷹は楽しかった。やはり稽古はいい。あまりに下手くそで足元がおぼつかなる部員にも三鷹は丁寧に基本を教えた。茶帯の二人には全力で突きや蹴りを出させては合間に一本、平手で技を入れた。トップクラスの選手とはまた違い、予想外の動きをするのが三鷹を楽しませた。動くたびに女生徒が黄色い声を上げていたが、三鷹の耳には入っていなかった。ひととおり組手が終わり、次は形の練習に移ろうかという時、突然、澄んだ声が格技場に響いた。


「三鷹ーっ」


はっと見上げると、外から格技場の窓によじ登って投野が手を振っている。


「三鷹、調子どうー?」

「投野君」


立花が笑顔全開で投野のほうへ駆け寄っていった。


「あ、立花君、昨日はありがと。お言葉に甘えてきちゃった」


にこにこ投野が笑うと立花は真っ赤になった。


「投野君、三鷹君と少し稽古する?僕らじゃレベル違いすぎて」

「でも胴着持ってきてないよ?」

「僕の予備があるんでよかったら」


投野は窓から飛び降りると周りにいる写真クラブ員達に何か言った。


「じゃ、立花君の胴着、貸して」


そのまま格技場の入り口に走っていく。じろっと睨み付けてくる写真クラブ、特に切原が物凄い目をしたが、立花はあえて無視した。


「じゃあオレらもトーヤを応援しに中、入るか」


切原が写真クラブメンバーに言った。その声に三鷹の胸はざわついた。空手部の仲間が『トーヤ』と呼ぶのは全く気にならないのに切原が言うと妙に腹が立つ。投野はすぐに着替えて更衣室から出てきた。格技場にどよめきが起きた。胸元が見える白い胴着を着た投野は凛としてそれでいて香り立つような色気がある。


「トーヤ、やっぱ胴着、似合うな」


格技場の入り口近く、更衣室のドアの横に立っていた切原がため息をつくように言った。写真クラブの面々も黙って頷く。


「そりゃ、空手部だもん」


くすくす笑いながら切原に手を振った投野は三鷹の正面に立った。


「三鷹、約束組手やろうよ」


上目遣いに微笑まれ、三鷹は少し慌てた。何か、いつも以上に色っぽい気がする。その時、ふっと強く梅の香りがした。


「…?」


三鷹は思わず投野を見つめた。


「三鷹?」

「いや、今、梅の匂いが…」


梅林から漂ってきたにしては香りが強すぎる。


「お前、梅の花でも持って来たのか?」

「まさか」

「梅の匂い?」


三鷹の近くにいた立花が訝しげに首をひねった。


「オレには何も。」


ふっと香りが消えた。


気のせいか…?


三鷹は軽く頭を振った。そして投野に向き直る。


「約束組手か?」


返事のかわりに投野がにこりとする。三鷹の胸がまたドキリと跳ねた。


「そう、僕と三鷹しか出来ない高速約束組手、一番から順に」


パシン、と胴着の襟を引っ張って鳴らす。


「さっきのじゃ君の凄さは伝わらないもの。汗一つかいてないじゃない」


空手部員全員と練習組手を何度か繰り返したというのに三鷹は汗一つかいていない。とん、と投野は三鷹の正面に跳ねてきた。ふっと鼻腔をかすめる梅の香り、目を見開く三鷹の前に投野の顔があった。妖艶な笑みを口元に浮かべている。触れる程頬を近付けた投野は吐息とともに三鷹に囁いた。


「青峰の三鷹修一がどんなにすごい男か、僕がみせつけたいんだ。」

「トーヤ?」


いつにない投野の態度に三鷹は戸惑った。すっと離れた投野は約束組手のできる位置まで下がっている。さっきの妖婉さなど微塵も感じさせない笑顔であっけらかんと言った。


「メチャクチャ高速約束組手だからね、三鷹」

「あ…ああ」


我に帰った三鷹はちらっと周りに目をやった。三鷹とのやりとりを目の当たりにした立花達空手部員が顔を赤くしてぼうっと投野をみている。彼らが投野の色香にやられたのは一目瞭然だ。三鷹は心中穏やかではない。


っとに、油断も隙もないな…


投野の無邪気さが恨めしい。片恋の相手は魅力的で、ライバルは増える一方だ。


しかし…


三鷹は妙な違和感を感じる。投野は確かに魅力的でたまにとんでもない色艶をかもしだすが、さっきのはどこかおかしかった。投野のあの笑み、投野はあんな笑い方をしていただろうか。


「三鷹、ぼんやりしてると技くらっちゃうよ?」


投野の声に三鷹は雑念を払う。切れ長の目がひたと三鷹を見据えていた。約束組手は攻守、決まった形で組手を行う。だが息が合わないとモロに攻撃が入るので非常に危険だ。それを投野は高速でやるという。


本気でくるな。


三鷹は静かに気合いを入れた。







「やっぱり超一流だなぁ」


山吹高校の空手部顧問が感嘆の声をあげた。部員達も目を輝かせている。とんでもないスピードで行われる約束組手に度肝を抜かれたようだ。組手試合のように相手を打ちまかすのではなく、お互い持てる力を全開にして心を触れ合わせるような組手、投野とだけ三鷹はそういう組手が出来た。それにギャラリーが圧倒されたのはいうまでもない。


「オレらっ、感動しましたっ。」


汗を拭う二人の側で山吹校部員達が興奮している。投野は三鷹の隣でにこにこ笑った。


「ね、三鷹ってすごいんだよ」

「それはお前もだろ」


三鷹は投野の額を小突く。ふふっと投野は肩を竦めると、そろそろ戻らなきゃ、と格技場の入り口に目をやった。写真クラブがこちらを見ている。


「ありがとう。おかげで楽しかったよ。胴着、洗濯して返すから」

「いや、いいス。投野君の汗つき胴着、お宝かも」


立花は冗談めかして笑っているが案外本気が入ってるかもしれない。


「洗濯しといてやる、オレに渡せ」

「え~、自分でできるよ」

「いいから胴着、オレのバッグのとこに置いとけ」


ジロリと三鷹に睨まれ投野は肩をすくめた。


「三鷹の過保護」


わかったわかったと手を振り、くるりと更衣室へ駆けていく。ふわっと梅が香った。三鷹はぎくっとその背を見つめる。


何だ…


違和感がぬぐえない。約束組手で打ち合って確信した。何かおかしい。投野が投野でないような微妙な違和感がある。どこが、といわれても言葉で説明できないのだが、真摯に技を出し合えるからこそ感じる何かがある。技もスピードも確かに投野だ。しかしこの奇妙な感じは何なのだろう。ふと、夕べ見た夢がよみがえる。長い髪の女、白梅の木の傍らで投野を抱きしめた女の夢、どこかへ投野が連れて行かれるような…


「三鷹君、じゃあ、形の指導お願いできるかな」


顧問の声で三鷹は我に帰った。投野の背を見送っていた三鷹は気がかりを残しながら再び畳の上に戻った。







夕食時、写真クラブの投野ガードは鉄壁だった。投野ともう少し空手の話がしたい立花は果敢に鉄壁にトライしたが、切原にあえなく討ち果たされた。女子生徒すら、「オレら、写真展の段取り話してるとこだから」と追い払われる。投野は困ったように微笑むばかりだ。三鷹が話し掛ける隙など微塵もなかった。

夕食が終わっても、風呂場でも三鷹は投野を捕まえ損ねた。明後日は空手の合宿で一緒になるのだから、と自分に言い聞かせても、妙に胸騒ぎがして三鷹は落ち着かなかった。



就寝時間もせまる頃、三鷹は部屋の前の廊下でやっと投野をつかまえた。


「ちょっといいか、トーヤ」

「三鷹さん、写真クラブは部屋で…」


投野の隣でゴタゴタ言おうとした写真クラブ員を三鷹はひと睨みで黙らせた。今回は許してください、心の中で道場の師範に手を合わせる。


「あ、先に部屋へ帰っててよ」


にっこりと投野がうながすと、半分腰の抜けたクラブ員は大慌てで駆け去った。呆れたように投野はため息をついた。


「三鷹、君さ、自分がどれだけ迫力あるか、自覚した方がいいと思うよ。」


それから投野は、くすっと笑って三鷹の額をつついた。


「ほら、また眉間に皺よってる。」


三鷹はいぶかった。こうしている投野はいつもの投野だ。変わった所はない。まじまじとみつめていると、突然腕に何かがぶつかってきた。


「三鷹さ~ん、こんなところにいたんですかぁ~」


山吹高校の南百合子だ。


「ほ~ら~、投野さんにかまうとまた写真クラブさん達に怒られちゃいますよぉ」


べたべたとまとわりついてくる。最悪のタイミングだ。


「それにぃ、生徒会の皆も待ってますしぃ、あたし、呼びにきたんです~」


甘ったれた物言いに三鷹は眉を寄せた。


「すまんがトーヤに用が…」

「三鷹、じゃ、僕、部屋に帰るから」


すっと投野は三鷹の脇を通り過ぎる。


「ト…」


投野と呼び掛けようとした三鷹に、梅の花が強く香った。


「…梅…」


三鷹はぎくりと身を強ばらせる。


「え~、梅ってどーかしたんですかぁ。」


百合子がしなをつくりながら手を引くが、三鷹は呆然と投野の消えた廊下の先をみつめるばかりだった。






梅の香りがする。強く甘い梅の花の香り…


ふと目が覚めた。まだ真夜中だ。時計は夜中の二時をさしていた。誰かに呼ばれたような気がして、三鷹は起き上がった。同室の男子生徒達はぐっすり眠っている。また梅が香った。窓は閉っているのに、何故こんなにきつく香るのか。


「三鷹…」


微かに自分を呼ぶ声がする。はっと三鷹は窓に駆け寄った。部屋は二階だ。がらりと開けた窓の向こうには梅林が広がっている。


「…三鷹…」


三鷹は窓から身を乗り出して目を凝らした。梅林の下の小道に人影がある。宿の脇の外灯に照らされ、こちらを見上げていた。


「トーヤっ」


人影は投野だった。クリ−ム色の無地のパジャマが闇に白く浮き上がっている。三鷹は紺色のパジャマに上着をはおると、大急ぎで階下に降りた。ロビーに人気はない。玄関の鍵も開いていた。宿泊客用の外履きに足をつっこんだ三鷹は、玄関を飛び出す。小道の先に投野はいた。


「トーヤッ」


三鷹の姿をみとめると、投野はすっと目を細め、小道の奥へ入っていく。


「トーヤ」


三鷹はただ名前を呼んで後を追った。紅や白の花の中、投野の背中がぼんやり白く浮かび上がっている。三鷹がどんなに走ってもその距離は縮まらなかった。ふわふわと投野のパジャマの裾がひらめく。胸騒ぎが強くなる。夕べ見た夢の情景が重なる。


「トーヤ、待てトーヤっ」


梅の花びらがはらはらと散る。ふっと投野が視界から消えた。目の前に舞い散る白梅の花びら、いつのまにか三鷹は白梅の古木の前に来ていた。


「トーヤ…?」


投野は古木の幹に背をもたせて立っていた。外灯のせいなのだろうか、そこだけぼうっとほの明るい。青白い花の下で淡いベージュのパジャマを着た投野も燐光を纏ったように浮かび上がっている。投野が口元に微かな笑みを佩いた。


「待ってた…三鷹…」


はかなげな笑み、三鷹は引き寄せられるように投野の前に立った。幹にもたれたままこちらを見上げてくる。


「待ってたんだ…君を…」


梅が香る。はらはらと落ちかかる白い花びら、その中で淡く微笑む投野。くらりと目眩を感じた。理性が警鐘をならす。


トーヤを連れて帰るんだ。トーヤ、そんな薄着では風邪をひく、宿へ戻ろう、そう言って上着を着せかけ宿へ…


「…トーヤ…」


声が掠れた。投野がどこかうっとりと囁く。


「君だけを待っていた…」


唇が自分の名前をかたどる。甘く、優しく、三鷹…と。

頭の中が白くはじけた。三鷹は乱暴に投野の手を引くときつく抱きしめる。投野はされるがまま、三鷹に体をあずけてきた。


「トーヤ」


噛み付くように唇を合わせた。ずっと恋いこがれてきた同級生、三鷹はその唇を貪った。熱が奔流となって全身を駆け巡る。必死に唇をあわせていると投野の舌がぬるりと滑り込んできた。夢中になってその舌に吸い付く。ねっとりとからませ深くなる口付け、三鷹は投野を抱きしめたまま草の上に倒れこんだ。首筋に顔を埋め、きつく吸い上げる。


「…ふっ…」


投野が僅かに声をもらした。頭の芯がクラクラする。濃厚な梅の香り、三鷹は投野のパジャマをたくしあげ、白い肌に唇を這わせた。恋い焦がれた体がびくりとはねる。せわしなく手を這わせながら肌を吸った。


「ん…」


投野が身を震わせる。


「トーヤ、トーヤ、トーヤ…」


三鷹は憑かれたように名を呼んだ。荒い息をつき、夢にまで見た肌に印を散らしていく。きめ細かく張りのある肌に三鷹は酔った。


「あぁ…みた…か…」


吐息とともに投野が自分を呼ぶ。素肌で、全身で投野を感じたい。三鷹は邪魔なパジャマを取り去ろうと身をおこす。次の瞬間、三鷹は凍り付いた。投野が自分の下で微笑んでいる。蕩けるように妖しく美しく。

だがそれは投野ではなかった。

三鷹は体を強ばらせその顔を凝視した。姿形は投野郁夫だ。しかし、目の色が違う。投野の目ではない、いや、纏う空気が生きた人間のものとは思えなかった。


「三鷹…?」


三鷹の動きがとまったのを不審に思ったのか、投野が半身を起こした。艶やかな唇が吐息をこぼす。


「三鷹…来てよ…」


手を伸ばしてくる。


「ねぇ、三鷹…」


三鷹は咄嗟に体を引いた。だが、膝立ちのまま動けない。投野はかまわず三鷹の頬に触れてきた。


「三鷹…」


そのまま耳もとに唇を寄せる。


「三鷹…好きだよ…」


ゆっくりと首筋にくちづけてくる。


「好きだよ…君が…」


きつい梅の香りが三鷹を包む。目の前が白く霞んだ。投野の白い肌、赤い唇…まるで咲き乱れる梅の花のよう…ぐらりと三鷹の視界が揺れた。梅の香りに溺れていくようだ。


「三鷹が好き…」


投野の瞳が妖しくきらめいた。その時脳裏に投野の笑顔が浮かんだ。花が綻ぶように、光がこぼれるように笑う投野、少し拗ねたように、甘えたように自分を呼ぶ声


『ね、三鷹』


三鷹は渾身の力をこめて投野を引き剥がした。


「お前は誰だ。」


目に力をこめて睨み付ける。


「お前はトーヤじゃない。誰だ、お前は。」


投野が妖艶に笑った。三鷹の背にぞくりと悪寒が走る。


「トーヤだよ、三鷹」


投野はゆっくりと口を開いた。切れ長の目がうっとりと細められる。


「君を愛してあげられる投野郁夫だよ。」


その目は夢の女のものだった。






三鷹は別に幽霊だのお化けだのを信じているわけではない。その手の話に興味も持たなかった。超常現象があろうがなかろうが、生活に関わってくるわけでなし、あれこれ考えるのは時間の無駄だと思っている。妖かしの類いがいると主張する者にはそれは存在するのだろうし、いないと主張する者には存在しないのだろう。つまり、どうだっていいことだった。

しかし、目の前で笑う投野が投野ではないということだけは確かだ。三鷹の本能がそう告げている。そして、三鷹は自分の感覚を信じていた。

投野はしなやかな手で髪をかきあげた。


「ねぇ、君を愛してあげる…」


だからおいでよ…


投野の囁き声が頭の芯をドロドロに溶かして身の内に入り込んでくる。引きずられそうな己を三鷹はぐっと腹に力をこめて耐えた。


「…トーヤを返せ。」


唸るように声を絞り出す三鷹に投野がうっとりと囁き返す。


「トーヤだよ…僕は…」

「トーヤを…」

「そう、トーヤだよ…三鷹…」

「トーヤを返せっ。」


三鷹は怒鳴った。その激しさに投野は驚いたように目を見開いていたが、すぐにくすくす笑い出す。


「この子がお好きなのでございましょう?」


赤い唇が吊り上がる。


「この子を手に入れたいと、ご自分のものになさりたいと」


目を細めて投野が笑う。三鷹は瞠目した。


「お前…」


くすくす笑う投野の顔がぶれる。そしてその顔に女の顔が重なった。真っ白い女の顔が三鷹に微笑む。


「ならばお抱きなさいませ。あなた様がこの体をお抱きになったら」


投野と女の顔がゆらゆらと揺れては交互にあらわれる。


「この子は永遠にあなた様のもの…」


三鷹の体に雷に打たれたような衝撃が走った。


トーヤがオレのものに…


女は婉然とした笑みを浮かべる。


「そう、あなた様だけの」


女の顔が投野に変わった。白い指先が三鷹の頬を撫でる。三鷹の喉がごくりと鳴った。


「三鷹だけを愛してあげるよ…」


とてつもない誘惑だった。想い続けてきた投野を自分のものにできる、諦めてきた恋を叶えられる.


トーヤを自分だけのものに…


「三鷹…」

甘い声。


「三鷹…おいでよ…」

僕の中に…


三鷹の体がふらっと傾いだ。投野の肌に手が伸びる。喉がからからだ。


「三鷹…」


甘い吐息、甘い香り、からみつくような梅の香り、目眩がする。甘く濃い梅の…


三鷹は固く目を閉じた。


オレはトーヤを…


三鷹は胴着を着て道場の床に立つ投野を思い浮かべた。凛として気高く、光に満ちた姿。そう、光りだ。自分にとっての投野は眩い光だ。

ぎりっと三鷹は唇を噛んだ。血が滲んで、鉄錆びの味が口に広がる。光は投野の心、魂の姿、その光を失ってまで手に入れて何になる。三鷹は目を開け、目の前で微笑む姿を見つめた。そして強くきっぱり言い放つ。


「オレが好きなのは投野郁夫自身だ。体だけなど意味がない。」


投野が目を見開く。だが、すぐに口元をつり上げて笑った。美しいが、やはり投野の顔ではない、投野はこういう笑いかたをしない、三鷹は今度こそ迷いなくその姿を見る事が出来た。


オレはトーヤを取り戻す。


三鷹は瞳の奥を覗き込んだ。体の奥底にいる投野に語りかける。


「戻って来い、トーヤ」


女は驚いて目を見開いていたが、その目に嘲りの色を浮かべた。


「無駄な事を」

「トーヤ、そこにいるんだろう。」


三鷹は女を無視してひたすら呼び掛ける。


「オレの声を聞け。トーヤ、戻ってこい。」

「聞こえやしません。この子はあたくし、あたくしはこの子、あなた様はただ受け入れればいい」

「トーヤ、戻ってこい、戻って来るんだ。」


女の声に苛つきがまじった。


「何をお迷いですの?この子が欲しいのでございましょう?だったらお抱きなさいな。簡単なことではありませんか」

「トーヤ、戻ってくるんだ。」


声が優しくなった。


「勘違いなさらないでくださいな。この子がいなくなるわけではありません。この子とあたくしが一緒になるだけですの。この子とあたくしであなた様をただ愛しますのに」


三鷹にはもう女の誘いは何の意味も持たなかった。三鷹は祈るように強く語りかける。


「トーヤ、トーヤ、戻ってこい」

「戻って来たらあなた様、拒まれますのに、それでもよろしいと?」

「トーヤ、戻るんだ」


女が顔を歪めた。


「トーヤ、戻れトーヤっ。負けるんじゃないっ」


三鷹は必死で呼び掛ける。


「あたくしを追い出すおつもり?」

「トーヤはトーヤ自身のものだ。お前なぞが触れるなっ」


ぎりぎりと女が憤怒の相になった。


「あたくしを追い出すと、あたくしを追い出してこの子を失うと、そうおっしゃいますか。永遠に手にはいらないどころか、この子はあなた様を嫌悪するでしょうに」


三鷹は苦しげに目を閉じた。


「この先、永遠に嫌悪されても?その覚悟がおありで?」

「かまわん、トーヤがトーヤであってくれれば、オレはそれでいい。」


三鷹はきっぱり言い切ると女を見据えた。その瞳の奥には静かな炎が燃えている。三鷹は血を吐くように叫んだ。


「戻って来てくれ、お前の心は誰かに取られる程柔じゃないだろう。拒んでもいい、オレを嫌ってもかまわない。お前はお前自身でいてくれ」


トーヤ…


こうして触れられるのは最期だと、三鷹は想いをこめて愛しい体を抱きしめる。投野の体がぴくっと揺れた。


「み…たか…」


絞り出すような声、はっと三鷹はその顔を見た。投野は辛そうに眉を寄せている。


「三鷹…」

「トーヤか?」


肩をつかんで目を覗き込むと、眉を寄せたまま投野も見返してきた。


「トーヤッ」


投野は何かに耐えるようにぐっと歯を食いしばる。突然、白梅の花びらが二人の周りで渦を巻いた。香りがからみつく。投野が苦しそうに呻いた。三鷹は苦悶する体をかきいだき、我を忘れて叫んだ。


「トーヤ、好きだトーヤ、オレはトーヤが好きだっ」


ざっと一陣の風が吹き、花びらが散らされた。一瞬、花びらの中に白い着物の女が見えた。綺麗な、しかしひどく悲しそうな顔をしていた。







投野が僅かに身じろぎした。ハッと三鷹は我に帰る。いつのまにか風はおさまり、夜の大気に漂う梅の香りはほのかだ。遊歩道から射してくる外灯の光は弱々しく、花々は薄い闇に沈んでいた。三鷹はまだ投野を抱きしめていた。腕の中の体がもぞもぞ身じろぎする。三鷹はその顔を覗き込んだ。


「トーヤか?」

「…う…うん。」


バツの悪そうな顔をしている。三鷹はじっとその目を見つめた。投野の頬がかぁっと染まる。


「あ…あんまり見ないでよ、恥ずかしいじゃない」


投野郁夫に間違いなかった。女の影は片鱗もない。三鷹は心底ほっとした。


「…よかった」


投野の首筋に顔を埋め、三鷹は息をついた。


「よかった…トーヤ…」

「あ…あの…」


戸惑ったような声、三鷹はハタと今の状況に思いいたる。


「あっ、そのっ、すっすまんっ」


慌てて投野から体を離そうとした。しかし、膝立ちのまま長時間動いていなかったせいで、上手く動けない。


「すまな…っつ…」


急に動いて三鷹は膝の痛みに呻いた。情けなく尻餅をつき、両手で体を支えたまま、三鷹は天を仰いだ。


これで終わりだ…


投野は戻って来てくれた。これでよかった。しかし、我を忘れてその体に触れた。しかも告白までしてしまった。もう側にいることはできないだろう。三鷹は安堵とともに、胸の奥が切なく痛むのを感じた。諦めなければならない。


終わりだ…


瞑目する三鷹の手に、温かいものが触れた。投野の手だ。驚いて目を開ければ投野がおずおずと言った。


「あの…ありがとう…三鷹。」


三鷹は微笑む。こんな自分にまだ優しい言葉をくれるトーヤ、それで充分だとおもった。それなのに、投野は三鷹ににじりよってくる。夜目にもわかるほど、頬を紅潮させていた。


「えっと…あの…三鷹…さっき君、僕の事…すっす…」


そのまま投野は俯いてしまう。重ねた手が僅かに震えていた。三鷹は俯く投野の項を切なく見つめた。


優しいトーヤ、友情を、信頼を裏切られた気持ちだろうに、最後通牒をつきつけることができないのだ、どこまでも心の優しいトーヤ、こんなオレにまだ情をかけてくれている…


三鷹の胸が千切れそうに痛んだ。しかし、逃げ出すわけにはいかない。これが彼の側にいられる最期ならばなおさらだ。三鷹は重ねられた投野の手に指をからめ、ぎゅっと握った。はっと投野が顔をあげる。揺れる瞳をじっと見つめて、三鷹は静かに告げる。


「好きだ。ずっと好きだった。すまん、迷惑なのはわかっている。これからもうお前には…」

「ほんとに…?」


唐突に言葉は遮られた。真っ赤な顔で、目を大きく見開いて、ずいっと膝をすすめてくる。その迫力は思わず三鷹が体を引くほどだ。


「三鷹、ほんとに?ほんとに僕のこと、好き?」

「すっ好きだ…」


恋を諦める決意をした三鷹の苦悩なぞふっとばす勢いの投野に三鷹は面喰らった。興奮した面持ちで投野が迫る。


「友達の好きとかじゃないよっ、僕とあんなことやこんなことしたいっていう好きっ?」

「は?」

「だーかーらっ、僕とエッチしたいかっていう…」


がばり、と三鷹は投野の口を手で塞いだ。


「バッバカ、ななななにをお前っ」

「だって大事なことでしょっ」


ぶん、と投野は三鷹の手をはたき落とす。


「三鷹は僕にあんなことやこんなこと、したいのっ?」

「お前なぁ…」


三鷹は頭を抱えたくなった。自分は今、全身を引き千切られる思いで投野への恋慕を断とうとしているのだ。この真摯な苦しみに『あんなことやこんなこと』はないだろう。


「あのな…」

「ねぇ、どうなのっ?三鷹の好きは僕とイロイロしたいっていう好き?」


三鷹は額を押さえてため息をついた。そして、のしかからんばかりに詰め寄ってくる投野の露になった胸を指でトンと突いた。


「答えるまでもないだろう。」


そこには三鷹がつけた痕が薄紅色の花のように散っている。突つかれて投野は初めて己の状態に気がついた。


「わぁっ」


叫びざま投野はパジャマの前をかきあわせペタリと座り込んだ。三鷹は苦笑いしか浮かばない。苦しんだわりになんて間抜けな恋の終焉だろう。


「そういうことだ」


投野が上目遣いに自分を見つめている。三鷹は最期を告げる言葉を続けようとした。


愛しいトーヤ、お前に負担をかけるような真似はしない…


「トーヤ、オレは…」

「嬉しい…」


耳まで赤くなって投野がうっとり呟いた。


「嬉しい、夢みたい、三鷹が僕を好き…」


それから蕾がほころぶように笑みをこぼす。


「僕も…僕も三鷹が好き、ずっと好きだったんだ、ずっと…」


三鷹は呆けた顔で投野を見つめた。


「三鷹、僕も三鷹のことが好き」


投野がにっこり笑った。ぽかりと口を半開きにしたまま、三鷹は目の前の綺麗な顔をまじまじと見た。頭の中は投野の言葉がぐるぐるまわっている。


好き?オレを好きといったのか?あんなことやこんなことをしていいって意味で言ったのか?いや待て、幻聴じゃないだろうな、あの女がまだ中にいるとか、幻覚をみせられているなんてことは…


突然、むにっと頬が引っ張られた。目の前で真っ赤な顔の投野が睨んでいる。


「僕は投野郁夫、もうあの人はいなくなったし、君が幻覚を見ているわけでもないの。」

「…なんでわかった…」

「君が考える事なんてもろわかり。」


投野がくすくす笑った。


オレがお前を好きだったことには気付かなかったくせに…


三鷹は引っ張られた頬をさすりながら心の中で呟いた。目の前では照れくさそうに投野が笑っている。その顔を見ているうちに喜びがこみ上げてきた。


トーヤもオレを好きでいてくれた…


二人とも、地面に座ったまま見つめあう。


「トーヤ…」

「…うん」

「…その…」


胸が一杯で何を言っていいのかわからない。頬を赤らめた投野が目を伏せた。唇が笑みを深くする。艶やかな唇、今さらながら、緊張して心臓がドキドキしはじめた。ふっと投野が伏せていた目をあげる。三鷹の心臓が一挙に跳ねた。


「三鷹、あの…」

「帰ったら続き、してもいいか?」


え、と投野が固まった。しまった、と三鷹が口を押さえた時はすでに遅く、投野の顔が茹蛸のようになる。


「いや、あの…だから…」


そんなことを言うつもりではなかったのだ、あんまりお前が魅力的に笑うからつい心にもないことを、いや、したくないというわけじゃなくて、もちろんしたいのだけれど、その前にもっとお前に好きだという気持ちを伝えるつもりでいるのだ、

という意味のことを三鷹は言おうとした。言いたかった。しかし、もとより口下手な男である。あわあわとうろたえて体を硬直させるばかりだ。投野が頭から湯気を出すかという勢いで怒鳴った。


「ばっ馬っ鹿じゃないのっ」

「すっすまんっ」


慌てる三鷹の腕の中に投野がぽすっと入り込んできた。顔を胸に押し当てているが耳が真っ赤だ。


「いいに決まってる」

「………」


三鷹は再び硬直した。投野がぎゅっとしがみついてくる。


「だから、いいって言ってるでしょ」


蚊の鳴くような声で繰り返した。


「…トーヤ」


三鷹は腕の中の体を抱きしめた。


「トーヤ、トーヤ、トーヤ…」


名を呼ぶ事を、抱きしめる事を許されたのだ。頬にあたるさらりとした髪の感触と肌の温かさを三鷹は噛みしめる。


「トーヤ…」

おずおずと投野が顔をあげた。三鷹はそっとその唇に指で触れる。やわらかい感触、指にあたる吐息が温かい。


「トーヤが好きだ…」


瞳が揺れる。


「…三鷹が好き…」


吐息とともに投野は囁き、そして静かに目を閉じた。三鷹は唇を近付ける。そっと、壊さないように、三鷹は想いをこめて口付ける。唇を合わせるだけの口付けだったが、涙が出そうな幸福感に包まれた。気持ちが通じ合ったというだけで、ここまで満たされるものなのか、三鷹は柔らかい投野の唇に酔いしれた。はらはらと梅の花びらが散っている。花びらの舞い散る梅林で二人は離れ難くいつまでも抱き合っていた。






合宿最終日、交流会参加校の生徒達はバスに乗る前に梅林に立ち寄った。生徒会を見送りに行こうよ、という鶴の一声ならぬ投野の一声で、写真クラブも渋々後ろを歩いている。相変わらず女子生徒達は火花を散らして牽制しあい、投野に声をかけたい立花は写真クラブから牽制されていた。

遊歩道半ばの辺りで誰かがあっと声をあげた。皆の行く先に白梅の古木がある。


「わっ、何で?」

「散ってるよ。」


古木の枝には花が一つもついていなかった。梅林の他の梅は昨日と変わらず花を咲かせているのに何故か古木の花だけが散っている。根元一面、白い花びらだ。


「うわ~、オレ、今日もこの木、撮ろうと思ってたのになぁ」


写真クラブの一人が残念そうに声を上げた。三鷹が投野に目をやる。投野もまた、三鷹を見ていた。


あの女の人、恋人が自分のところに帰ってこないって、自分は捨てられたって知ってたんだ…


夕べ、ぽつりと投野が呟いた。さすがにいつまでも抱き合っているわけにいかず、名残惜しく立ち上がった時だ。土を払った投野を三鷹は再び抱き込んで歩き出そうとすると、彼が白梅の古木を振り返った。


「三鷹がさ、女の子に迫られてるの見て、かなりムカムカしたんだ。なんだかすごく辛くてね、そしたら誰かに呼ばれたような気がして…」


気がついたらこの白梅の木の下に来ていたのだと言う。


「あの人の心に同調したんだろうね。よくわかったんだ…あの人、恋人の心変わりを知っていた。だけど待つのを諦められなかった…死んで灰になっても諦められなかったんだよ…」


それって辛い…そう目を伏せた投野を三鷹は抱きしめた。耳元に口をよせて囁く。


「オレはお前から離れない…」


だからオレ以外を見るな、たとえ何かを哀れんだとしても…


独占欲丸出しの三鷹の言葉に投野は嬉しそうに頷いた。それが夕べのことだ。二人共、何故古木の花が散ってしまったのかわかる気がした。三鷹はじっと投野を見つめる。投野はかすかに微笑みを返した。


「三鷹さーん」


そこへ百合子が割り込んできた。


「これ、連絡くださいね」


三鷹の学生服にメモを差し込んでくる。


「ちょっと、生徒会の交流で個人的なことは困るんじゃないですかっ」


青峰の女子がすかさず噛み付く。美人の副会長がスマホを振った。


「三鷹君、せっかく知り合ったんだしLINEの登録お願い」

「投野君、投野君の写真見せてほしいな。文化祭出すの?」

「アタシ達、遊びにいくし」

「お二人の連絡先、いただけます?試合も応援いっちゃう」

「だからっ、うちの高校の生徒にちょっかいださないでくださいっ」


ぎゃあぎゃあかしましい。


「あ~、もうお前ら、いいからとっととバスに行けーっ。」


ここ二日の騒ぎに辟易した担当教諭がとうとう音を上げた。






女子はともかく、それなりに交流を深めた男子生徒達はなごやかに別れの挨拶をしていた。


「三鷹君、投野君、ホントに色々、ありがとう」


山吹高校の立花が心底名残惜しそうに言った。


「僕らも絶対、都大会勝ち上がれるようがんばるし」

「その前に遊ぶ約束しただろう?」


三鷹がスマホを振れば立花は嬉しそうに笑った。


「うん、絶対ね。連絡するから」


やはり気持ちのいい男だ。三鷹は晴れ晴れとした気分で立花と握手した。その横では担当教諭が写真クラブに声をかけている。


「お前ら、もう帰るだけなら乗っていかんか?旅費節約になるぞぉ」

「お言葉はありがたいんスけど、オレら、生徒会じゃないッスから」


写真クラブは相変わらず投野の周りをがっちり固めている。特に切原は優越感まるだしの視線を送ってきた。


「道中、クラブ員だけで盛り上がるってのも楽しいんスよ」


なぁ、トーヤ、と切原は親しげに投野の肩を抱いた、その時だ。纏わりつく女子生徒達をかきわけ、ツカツカと三鷹が投野に歩み寄った。投野はきょとんと三鷹を見つめる。


「三鷹?」


三鷹はぐいっと投野の手を引き写真クラブのガードから引き離すとやおら抱きしめた。あまりのことに投野はされるがまま三鷹の胸に抱き込まれる。全員、呆気にとられて二人を見つめた。三鷹は低く、しかしはっきりとした声で宣言した。


「トーヤ、あまりオレをやきもきさせるな。お前の恋人は結構嫉妬深いんだ」


そう告げて耳元に口付けると、三鷹は写真クラブをギロッとひと睨みして投野を腕から解放した。呆然とする切原達写真クラブ、担当教諭も周りにいた生徒達も口をパカリと開けたまま固まっている。白く凍り付いた空気の中、三鷹は一人、スタスタとバスに乗り込んだ。そして、誰よりも早く我に帰ったのは熱い抱擁を受けた当人、投野郁夫だった。首筋まで赤くなって拳を振り上げる。


「みっみっ三鷹のバカーーーッ」


その声を合図にしたかのように、大慌てで青峰高校生徒会と生徒会担当教諭はバスに乗り込んだ。バスが動き出す。投野は赤い顔でまだ何やら叫んでいる。三鷹は窓越しにそれをみやると楽しそうに肩を揺らした。


触れるな、触れちゃいけない、触れたら蹴られる…


青峰生徒会の面々は意識を逸らそうと必死に努める。凍り付くような空気の中で、三鷹一人上機嫌だ。


そうだ、トーヤ、お前が受け入れた男はとてつもなく独占欲が強くてやっかいなんだぞ。


三鷹は心の中で愛しい面影に語りかける。


ここまできたら遠慮はしない、よからぬ虫は追い払うし想いを隠したりもしないからな。


宿泊施設が遠くなる。バスは山道を下っていく。ちらほらと丘の向こうに見え隠れしていた梅林も完全に視界から消えた。三鷹は夕べの不可思議な体験を思い起こす。灰になっても恋人を思い続けた女、自分を裏切った恋人を待ち続けて死んだ女、その情念に自分達は引き寄せられた。三鷹は最期にかいまみた、女の悲しい表情を思い出す。激しく、そして哀しい想いだ。だが、自分達は生きている。生きて、これからの人生をお互いに形作っていくのだ。まだ高校生の自分達には、この先、何があるかわからない。惚れたはれたですまない様々なことが起こってくるだろう。だが自分達は離れない。この想いだけは何があっても譲れないのだ。白梅の女の情念に飲み込まれなかった自分達の想いは何があっても本物だ。


そうだろう?トーヤ。


三鷹は心のなかで恋しい姿に語りかける。


トーヤ、誰よりも強くお前を想う…


口元には自然と笑みが浮かんでいた。




三鷹さんが笑ってるよ~~


男子生徒はもとより、担当教諭も女子生徒達も必死で三鷹から目を逸らした。恐かった。とっても恐かった。伝説のメデューサも三鷹の笑顔にはかなうまい。


見るな、見ちゃいけない、見たら石になる…


帰りつくまで生徒会役員と担当教諭が精神的苦行を続けていたとは、三鷹には思い及ばぬことだった。





一ヶ月後、三鷹達が三年生になってはじめての学校新聞が発行された。トップにでかでかと掲載された写真は、青峰高校内のみならず、高校空手界にも大きな衝撃を与える事になる。


『熱愛発覚、三鷹修一♡投野郁夫』


三鷹が投野の耳元に口付けている瞬間が絶妙の角度で撮影されていた。


「よりによって写真クラブの真ん前であんなことするから~~~っ」

「梅の林に咲く恋、か。言い得て妙だな」

「なに新聞のあおりに感心してるのっ。じゃなくってっ」


真っ赤になって抗議しにきた投野に三鷹はしれっと答えた。


「これで少しは虫よけになるだろう。」


投野はがっくり脱力する。


「何だか三鷹、すっかり居直ってない?」

「当然だ。」


三鷹はぽふっと投野を抱き寄せた。


「お前ごとあの女に持っていかれるところをやっと取り戻したんだ。これ以上、つまらん虫にたかられてたまるか」

「…三鷹、ここ、部室…」

「それがどうかしたか。」


居直った三鷹は恐い…


部員達が見てみぬ振りをしたのはいうまでもない。




気持ちを押し殺してきた反動かどうなのか、三鷹は堂々と投野にかまった。投野は投野で、はじめのうちこそ戸惑っていたが、あの天然な性格である。すぐに三鷹のラブビームをにこにこ顔で受け止めるようになった。もちろん誹謗中傷の類はある。興味本位に騒ぎ立てる連中もいる。優秀な選手とはいえただの高校生に世間の荒波はきつかろう、そう誰もが思っていたが、思いの外この高校生カップルは図太かった。どちらの両親も子供を責めたりしなかったのがよかったのかもしれない。誹謗中傷の入り込む隙もなく、次第に周囲はそれをある意味畏敬の念をもって遠巻きに見守る事になる。至上にして最強のバカップル誕生であった。





オレは始めからこの恋を諦めていた。臆病なオレの心は、トーヤが好きだと叫びながら想いが涸れる事を望んでいたのかもしれない。

だが、トーヤを失いそうになってオレは思い知った。失うくらいなら、もしくは、諦めきれず死んでなお思い続けるくらいなら、当たって砕け散ったほうがいい。いや、オレの場合、幸運にも砕け散ることはなかったが。


灰になっても相手を想い続ける女、あれはもしかしたらそうなったかもしれないオレの姿だ。あの女はいつまで梅の木に留まり続けるのだろう。愚かな激情、そして哀しい激情だ。オレはその一途さを哀れとも愛おしいとも思う。だが、少なくとも生きて伝えなければ想いは虚しく消えるばかり、たとえそれが数百年経た熱情だとしても空回りを繰り返すだけだ。あの女はその虚しさを抱えてどこまでいくのだろう。救われる日が来るのだろうか。


投野郁夫、愛しいオレの同級生、想い続けた年数はあの女に比べるべくもないが、想いの深さでは女の激情に負けてはいない。生涯オレはお前にだけ捧げつくすだろう。恋をすると詩人になるんだとオレの綺麗な恋人は言った。だがオレは詩人にはなれそうもないし、詩人の考える事も相変わらずさっぱりだ。ただこれだけは断言できる。恋することはやはり幸せで、恋が叶うのはもっと幸せなことなのだ。そしていつかお前に告げよう。

投野郁夫を愛した三鷹修一は世界一の幸せものだと。



おわり

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白梅記 イーヨ @eyoeyo40

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