第42話 ちょっと裏に来なさい。

「チビ、おすわり!」


「ワフッ。」


「お手!」


「ワフッ。」


「偉い、偉い。よくできたね。」


朝から元気だなぁ。


まだ薄暗いのに屋敷の前ではプリムが楽しそうにチビと遊んでいた。昨日会ったばかりなのにもう親友のようだ。


「おーい。朝っぱらからはしゃぎすぎると仕事がきつくなるぞ。」


「あっ、雄太。おはよう。ほら、チビも挨拶して。」


プリムは最高の笑顔をくれたが、チビは「フッ。」と鼻で笑ってそっぽを向いてしまった。こいつ絶対俺のことを自分より下に見てる。


「プリム、そいつをちゃんとしつけとけよ。誰が助けてやったのか、よーく教えといてくれ。」




チビの世話はプリムがするということに昨日決まった。


本当はリリーナが適任で本人もそのつもりに見えたが、夕食の後、チビはリリーナの部屋に入るのを嫌がった。


もしかしたら野生のカンが働き、リリーナと一緒に寝るのは危険だと察知したのかもしれない。


ユイに至っては近寄ることすらできずに論外。まぁ、そりゃそうか。


満を持して買って出たのがプリムだった。





「雄太、チビはお利口さんだよ? ね、チビッ。ほらっ、これ、取っておいで~。」


プリムが木の枝を思いっきり投げる。するとチビは体に似合わずもの凄いスピードで落下地点へ先回りし、空中でそれをくわえるとプリムのところへ戻って来た。


「いい子いい子。」


チビは尻尾をバタバタと振っている。


「・・・プリム、それ貸してくれ。そら、取って来い!」



ブンッ。


・・・ヒューンッ。




・・・・・・・・・・カランッ。



木の枝は地面に落ち、そして寂しく横たわったままだった。


「ファフッ。」


自分で取りにいけよ、そんな目でチビはこちらを見てその場に寝そべった。


「・・・雄太、チビに馬鹿にされてない?」


「う、うるさい。お願いだからそんな目で見ないで。」


プリムの憐れむような視線に耐えられなくなり、俺は倉庫へと急いだ。


――――――――




・・・やっぱり、いるわけないか。


倉庫の作業場は薄暗く、いつも癒しとやる気をくれる女の子や文句を言いながらも手伝ってくれる女の子はいなかった。


なんだろう、みぞおちの辺りがキュッと締め付けられるような・・・。


昨日のことをことを思い出し、顔が熱くなるのがわかる。


俺はブンブンッと頭を振った。


「し、仕事しなきゃ。仕事。」


とりあえず体を動かしていれば余計なことは考えないだろう、そう思って作業台に向かう。しかし、1人でいるとあれこれと考えてしまい、まったく集中することはできなかった。


「む、無理だ。プ、プリム! プリムさん、お願い来てください!」


「なーに?」


トテテテッと小走りでプリムが倉庫へとやって来る。その無邪気な顔を見て俺はどこかホッとした。


「・・・仕事、手伝ってくれ。頼む。」


「えー!? ボク、チビと一緒に遊びたい。」


「そんなにむくれないでくれ・・・店に連れて行ってやるから。」


「本当!? ・・・頑張ります!!」


この世界で初めてお出かけできるとわかり、プリムは猛烈な勢いでピーマンを袋に詰め始めた。







「わぁ。すごい! どんどん進んでいくね!!」


車の外で流れていく景色を見て、プリムはかなり興奮していた。反対にチビは助手席の足元にうずくまって立ち上がろうとさえしない。


商品作りを終えた俺達は出荷のために車で店へと向かっている。


「プリム、チビは動いている車の中が怖いってさ。」


「チビ、一緒にお外見ようよぉ。」


そう言いながらプリムはチビを抱きかかえた。彼女の手の中でチビはプルプルと震えてこちらに助けを求める。


「プリム、窓を開けるともっと気持ちいいぞ。」


ちょっと仕返しいてやろうか。そう思った俺はスイッチを操作し、助手席の窓を全開にした。風が勢いよく顔に当たり、プリムは「すご~い!!」とはしゃぐ。


・・・娘っていいもんだな。


そう思っていると、チビがいつの間にかぐったりとして、うなだれていた。


「ははっ。やり過ぎたかな。プリム、チビはそろそろ降ろしてやってくれ。」


これで俺のことを少しは上に見てくれるといいが・・・。


――――――





「・・・雄ちゃん。こんな子どもに手を出したらさすがに犯罪だと思うの。」


「ヒデちゃん、待って。完璧に誤解だから。」


鍛え抜かれたマッチョな体、鮮やかな青ひげ。店長のヒデちゃんは一緒に来たプリムを見て俺をロリコンと思ったらしかった。


「おはようございます! ボク、プリムって言います。雄太のお嫁さんです!!」


どうしてお前は教科書通りテンプレの嘘をつく?


「な、なんですってー!?」


「ヒ、ヒデちゃんも騙されないで。こいつふざけてるだけだから。」


外見は男そのものだけど、中身は乙女。それがヒデちゃん。そのピュアな心は何人をも疑わない。


「そ、そうよね。ふぅ。まったくビックリさせないでよね。もう、ダメよ。お嬢ちゃん。大人をからかっちゃ。」


彼はその大きな手でプリムの頭を撫でた。だが、プリムは気持ちよさそうにするわけではなく、頬を思いっきり膨らませる。


「むー! ボク、本気だよ。雄太のお嫁さんにボクはなる!」


お前はどこかの海賊か!


「・・・雄ちゃん。ちょっと裏に来なさい。」


「あ、ちょっと、ヒデちゃん。何で俺の腕を掴んでるのかな? ははっ、それにその顔、怖いなぁ。店の裏で何を・・・あ、やめて! コブラは! コブラは! いやああああ!!!」


「男嫌いで二十歳くらいの女の子はどうしたのよーーー!!!」


ヒデちゃんに関節を決められ、俺はあっという間に意識を失った。

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