第41話 返事はいらないです。
「よーし! 休憩!!」
その声を聞いた騎士たちは素振りをやめ、剣を納める。全員が肩で息をしながら大量の汗をかいていた。
ある者は疲れてその場に座り込み、ある者は水を求めて井戸へと走って行く。
しかし、ただ1人だけ黙々と剣を振り続けている女の子がいた。
そのおかげでリリーナは庭に降りてすぐに目的の人物を見つけることができた。
「あなたは休憩しないのですか?」
動いている剣の前に出るのは危険だ。そのため後ろから話しかける。しかし、彼女は素振りをやめなかった。こちらの方を向くことなく答えを返す。
「ふっ・・・ふっ・・・。私・・・見習いだから。頑張らないと。」
「適度な休みを取ることは成長するために必要だと思いますよ。クラウスもそう思いませんか?」
「その通りです。根を詰めてばかりだと体を壊してしまいます。」
リリーナとクラウスの言葉が癇に触ったのだろうか。剣が空を切る音がとたんに鈍くなった。それから2、3度剣を振ると彼女は素振りをやめ振り返る。
「あのねぇ! 誰だか知らないけど、口を出さないで、くれ・・・る?」
最初は不機嫌そうだったが、目の前にいる人物が何者かすぐにわかったらしく、その顔は驚愕から焦りへと変化した。そして慌てて膝をつくと精一杯頭を下げる。
「ひ、姫様!? わ、私、大変失礼なことを。お許しください!」
額を地面にこすりつけながら謝罪する彼女にリリーナは尋ねた。
「そ、そこまでしなくてもいいですよ。上から見ていて気になりましてね、どうしてあなたは剣で生きようと思ったのですか? 女なのに。」
彼女は間違いなく殿方に好かれる体をしている。危険な騎士の仕事をしなくても嫁ぎ先などいくらでもあるだろうに。
「・・・わ、私は体の丈夫さには自信があります。ですが、家が貧しく、学校に行けませんでした。学も富もない平民の女は働く所や縁談などありません。体を売らないかという話はいくつかあったのですが・・・それは受け入れることができませんでした。」
「体を売るって・・・。いくら家が貧しいと言っても、両親や親族など相談できる人はいたでしょうに。」
「父はいません。それに親戚からも縁を切られていて。私が生まれる前から母は1人で生きてきたと聞かされました。」
「その、お母様は?」
「去年の暮れに・・・。」
「じゃあ、あなたにご家族は?」
「はい。おりません。」
リリーナは彼女に申し訳ないと思った。自分の気晴らしのために話しかけたのだが、頭を下げさせたばかりかつらいことを彼女に思い出させてしまった。
「顔を上げてください。」
「は、はい。」
金色の髪が揺れる。彼女の顔は初めて見るのに、どこか懐かしい気がした。
「・・・あなた、名前は?」
「はい。ユイと申します。」
ユイ・・・どこかで聞いたような。その時、リリーナの頭に亡くなった母の顔が思い浮かんだ。
『あなたには姉がいます。名前はユイと言うようです。』
「あ、あの。姫様・・・?」
ジッと見つめられユイは困惑していた。
まさか、そんなことってありますか・・・?でも、この不思議な気持ち。
「・・・クラウス。彼女はこれから私の守護騎士の1人として傍に置いてもらうよう騎士団に図ってもらえませんか?」
「了解いたしました。」
突然の出来事に口をあんぐりと開けながら驚くユイの横で、執事は静かに頭を下げた。
~~~~~
「姫様。今日より騎士団の一員として姫様をお守りします。」
頼みます。期待していますよ、ユイ。
「はい! お任せください。」
「ひひひ、姫様。わ、私の後ろに隠れていてください。こんな虫などっ。ひいっ。」
森で巨大なイモムシのモンスターに襲われた時、私の前に立って守ってくれました。
粘液まみれにされながらも、そのモンスターを何とか斬ることができましたが、中身と体液を全身に浴びてあなたは虫が苦手になりましたよね。
「姫様、うかつに前へ出ないでください! きゃあーーーっ。」
蛇が大量に投げ込まれた落とし穴に、私の代わりに落ちたこともありました。
青ざめ気を失いながら笑う顔は今も忘れられません。
「姫様! 危ないっ。ぐうっ。」
バルベアに襲われた際、身を捨てて私をかばったせいであなたは生死の境をさ迷いました。奇跡的に意識を取り戻して言った言葉に私、泣きそうでしたよ。
「・・・姫様、ご無事で何よりです。」
ユイ、あなたはいつも傍にいて、常に私を守ってくれましたね。
その背中の温もりは他人のものとは思えません。
あなたは体が勝手に動いてしまうと言いますが、それはやはり私の姉だからではないでしょうか。
「姫様! 新設とはいえ私なんかを騎士団の団長にするとは本気ですか!?」
もちろん本気です。いつまでも私のこと助けてくださいね。
「姫様、あくまで噂なのですが公爵様が姫様との結婚を望んでいるとか・・・。」
まぁ、公爵からは何度かアプローチがありましたからね。私にその気はまったくありませんが。
「姫様、公爵様はどこか信用なりません。あの目は野心に燃える目です。」
でも、私が了承しないのに結婚はできないでしょう。心配はいりませんよ。
「いえ、公爵様が国王様や兄君様に頼み込めばあるいは・・・。こうしちゃいられません。姫様、後は私にお任せください。」
ユイ・・・?
ユイ、ユイ! どういうことですか。自分から公爵のところへ嫁がせて欲しいと申し出たそうじゃないですか。
「姫様、私が公爵様の懐に飛び込んで目を光らせましょう。大丈夫、私は平気です。公爵様も姫様と非常に近い人間を手に入れることができたとお喜びのようですから。」
だけど、そのためにあなたは自分を犠牲にするのですか?
「・・・自分は大好きな姫様をお守りする騎士ですから。」
~~~~~
リリーナは膝の上で眠るユイの頬を優しく撫でていた。
「雄太さん。」
「・・・はい。」
「私は、雄太さんのことが好きです。」
「大好き・・・でも、それ以上にユイのことが大切なのです。」
リリーナはこちらを見て、そして笑った。涙が一粒溢れ、頬を伝ってユイの顔へと落ちる。
「どうか、どうかお姉ちゃんを幸せにしてあげてください。よろしくお願いします。」
その顔はメイザース家の姫様としてではなく、もちろんユイの主君としてでもない。
姉を想う妹のものだった。
「リリーナ・・・俺は、俺は。」
「んっ・・・。」
先ほどリリーナの涙が顔に当たったせいか、ユイは意識を取り戻し身じろぎする。
「返事はいらないです。ユイが起きましたからね・・・ほらっ、ユイ。目を覚まして。もうすぐ美味しい夕食ですよ。」
「リ、リリーナ様?」
「はいはい。リリーナですよ。私の膝の上が気持ちいいからっていつまでも寝られたら困ります。」
「え!? いや、あの、その。申し訳ありません。」
ユイは慌てふためきながら立ち上がり起立をする。その様子を見てリリーナはクスクスと笑った。
「ふふっ、雄太さんとおチビちゃんに笑われていますよ?」
「な!? ・・・おい雄太。まさかとは思うがお前が犬をけしかけたんじゃないだろうな?」
「あ、いや。俺はそんなこと・・・。」
「ワ、ワフッ。」
俺が否定するよりも先にユイの眼光に耐えられなくなったチビがその場を逃げ出した。
「犬が逃げるってことはやはりそうなんだな。殺す!」
彼女はコブシを振り上げながら襲い掛かって来る。
「ご、誤解だーーー!!!」
「問答無用!!」
俺とチビがユイに追いかけまわされるのを見て、リリーナはお腹に手を当てながら笑った。そしてつぶやく。
「ふふっ。お姉ちゃん、頑張ってね。」
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