第30話 大丈夫です。
「私とユイは公爵のところへ。雄太さんはユイの剣を探してきてもらえませんか。」
プリムや牛田たちが公爵と戦っているところへ向かおうとすると、リリーナがそう言った。
「え!? でも・・・。」
俺なんかがいても戦力にならないことはわかっている。だけどせっかく会えたのに離れるのは嫌だった。
「私に考えがあるんです。公爵に勝つための。」
「雄太、お願いだ。剣を探してきてほしい。公爵を説得するのはもう無理なのだ。」
リリーナとユイは俺をじっと見る。
「・・・わかりました。俺が戻って来る前にやられたりしないでくださいよ。」
「ふっ、誰に向かって言っている。」
俺はユイの剣・ヴァレンタインを求めて走り出した。
――――――
「くっ。」
「さすがだな。そんな武器でも一応やるではないか。」
ユイは公爵の繰り出す斬撃をクワで受け止める。しかし、防御するのが精いっぱいで反撃はとてもできそうになかった。
「プリム、水魔法の準備をお願いします。」
「え!?い、いいけど。あの服、魔法効かないって言ってたよ。」
「大丈夫です。合図をしたら大量の水を公爵に当ててください。」
「わかった!」
プリムは目を閉じて魔力を練る。
「牛田さん、満田さん。」
「「は、はひっ。」」
緊張したのか2人の声は裏返った。
「私が指示したら公爵の気を引いてもらえませんか?ほんの少しでいいのです。」
牛田と玉崎は力強く頷いた。
――――――
「ない。・・・・ここにもない!」
1階は全て探し終えた。廊下の突き当たりにあった階段を使って2階へ上がる。そしてすぐ近くにあった扉を開けた。
「ここって満田と公爵が会ってたところか。」
部屋の内装には見覚えがある。キョロキョロと見回しながら奥へと進む。そこにあった机をふと見ると探していた剣が無造作に置かれていた。
「あった!くそっ、ユイは大丈夫か?」
剣を見つけた俺は、それを抱えて走り出す。廊下を抜けるとエントランスの2階に出た。すると突然、ガァンッという音がして、下からユイに渡したはずのクワが飛んでくる。
「おしまいだな。」
手すりから身を乗り出し、階下を見ると公爵が剣先をユイに向けようとしていた。
まずい!? 公爵の気を逸らさないと。そう思った俺は思わずでかい声で叫んでいた。
「おい!!ロリータ公爵!!!」
公爵は視線だけで声の主を見ようとした。その瞬間、リリーナも指示を出す。
「牛田さん、玉崎さんお願いします!!」
『うおおおおおおお!!!』
牛田と玉崎はクワを持って突進した。公爵はそれをいとも簡単に避ける。いつの間にか2人が持っていたクワの柄は切られ金属の部分がカランと音を立てながら床に落ちていた。
「残念、奇襲失敗だな。」
公爵は余裕の笑みを浮かべた。だが、突進のお陰でユイは公爵の間合いから外れている。
「雄太!剣を!!」
俺は持っていたヴァレンタインをユイに向かって思い切り投げた。
――――――
ユイは剣を掴むとその美しい刀身を鞘から解き放つ。そして体の正面に構え深呼吸した。
「・・・・剣を手に入れたくらいで私に勝てると思っているのかね?」
公爵に動揺は見られない。自分の方が力量が上だとわかっているからだろう。
ユイは大きく息を吸うと掛け声とともに走り出した。
「やあああっ!!!」
キィンッという金属音が響き渡る。
彼女が渾身の力で振り下ろした剣を公爵は楽に受け止めていた。
「さぁ、どうする!」
公爵がユイの剣を押し返して反撃しようとする。その時、「プリム、今です!!」とリリーナが叫んだ。
「いっけー!!!」
プリムの手から水が大量に噴射され、公爵の体全体にかかる。
「ぐっ、魔法は効かないとわかっているだろうに。足止めのつもりか。がぼぼ。」
その瞬間をユイは見逃さなかった。今、公爵は水に包まれている。その水を彼女は『斬った』。
「な、なにを!?は、はがっ。カカカ。」
「・・・剣のウデで勝てるとは思っていない。だが、私には姫様やプリム、異世界の男たち。そして、雄太がいる。だから・・・勝てた!!」
公爵は言葉を発しなかった。いや、できなかった。
彼は水ごとヴァレンタインで切られ、凍りついてしまっていた。
「「や、やった、勝った!!」」牛田と玉崎が飛び上がって喜ぶ。
プリムも2階にいる俺に「いえ~い。」とピースサインを向けた。
ユイは「ふぅ。」と息をつくと体の力が抜けその場に座り込んでいる。
そんなみんなを見て、俺も1人「よっしゃ!」とガッツポーズした。
エントランスが勝利の余韻で満たされる中、リリーナは1人1人の顔を見渡し、そして頭を深く下げた。
「みなさんのお陰で公爵を捕まえることができました。本当にありがとうございます。」
彼女は顔を上げると右手を胸に当てながら言った。
「後のことは・・・私、リリーナ=メイザースに全てお任せください!」
――――――
2週間後
「婆ちゃん、これで全部か?」
「そうだよ。」
「・・・。」
「何ぼーっとしてるんだい。早くしないと日が暮れちまうよ。」
俺は野菜を入れたコンテナを慌てて抱え、倉庫の中へと入れた。
「ただいま・・・って、言っても意味ないんだっけ。」
屋敷に入ってもクラウスさんの「お帰りなさい。」という声は聞こえない。それに畑から帰って来るのも婆ちゃんと俺の2人だけだった。
公爵を氷漬けにして捕まえた後、駆け付けたメイザース家の兵をリリーナが指揮して暴動を鎮圧させた。
彼女は「後処理を他の人間に任せるわけにはいきませんね。」と言い、俺やミートリオに礼を言うと「お世話になりました。」と異世界へ帰って行った。
もちろん従者であるユイ、プリム、クラウスもリリーナと一緒に戻り、この世界には彼女の屋敷だけが残されている。
異世界と繋がっていた鍾乳洞は出口をいつの間にか塞がれており、通り抜けることはもうできない。
つまり公爵と戦ったあの日から俺は婆ちゃんと2人きりの生活に戻っていた。
「明日はナスの苗が大量に届くからね。手抜きせずにちゃんと植えるんだよ。」
それはリリーナと一緒に畑で作る予定のものだった。だけど、彼女はいない。
「婆ちゃんはさ、寂しくないのかよ。みんないなくなって。」
「そりゃあ寂しいさ。でも農家はくよくよしたら負けだよ。切り替えが大事なのさ。さ、明日も早いんだ。さっさと寝るよ。」
――――――
朝、目が覚めると商品作りのため、いつものように倉庫へと入る。
「おはようございます。雄太さん。」
「ふぇっ!?」
俺は驚いて変な声を上げる。テーブルではクスクスと笑いながらリリーナが作業していた。
「うそ、本当に?」
リリーナはゆっくりと頷き「本当ですよ。」と言う。突然。ズシッと背中が重くなった。誰かが飛びついている。
「雄太!ボクがいなくて寂しかったでしょ?」
この幼い声・・・プリムだ。
「あ、ああ。寂しかったさ。」 まずい、声が震えてしまう。
「雄太殿、ご迷惑をお掛けしました。また御厄介になります。」
「・・・クラウスさん。」
彼もテーブルの脇から現れた。それにもう1人、コンテナの影に隠れる男嫌いの女の子がいた。
(ほら、ユイ早く言わないと。)
(ほ、本当に言うのですか?)
彼女は何やら小声でリリーナと相談している。すると覚悟を決めたのか影から一歩踏み出すと顔を赤らめながら言うのだった。
「ふ、不束者だが、よろしくお願いする。」
――――――
「今日はお返事を言いに来ました。」
松本さんは吸っていたタバコを消すと「それで?」と言った。
「大変ありがたいお誘いだったのですが、すみません。」
「・・・これからの人生どうするんだい?」
「俺、農業一本でやっていきます。そう決心したんです。」
「そうか。・・・つらいことたくさんあるかもしれないよ。」
「大丈夫です。俺には『家族』がいますから。」
俺は満面の笑みで答えた。松本さんはもう一度「そうか。」と言って笑った。そして右手を差し出す。
「うちの店に納品したくなったらいつでも連絡するといい。特別扱いはしないが、ちゃんと商談してやろう。」
「はい!」
俺は力強くその手を握り返した。
――――――
秋になった。畑は順調で様々な野菜ができている。
今日はサツマイモの収穫だ。
「こんな風にしてですね、ウネ3つ分の芋づるを鎌で切って、めくるようにしていくんです。ほら、力はいらないでしょ?」
「ふっ、私とこのヴァレンタインがあれば造作もないことだ。」
「いや、剣じゃなくて鎌を使ってくださいよ。農業なんだから。」
「そうですよユイ。その剣は私を守るためにあるのでしょう?」
ユイは「そうでした。」と言いながら赤くなる。
プリムは夏に拾った犬・チビと一緒に畑の中を走り回っていた。
「ほらほら、喋ってないで手を動かす。じゃないと金は稼げないよ。」
婆ちゃんも平常運転、金の亡者だ。
「おい、プリムお前も手伝え。頑張ったら買い物連れて行ってやるぞ。」
プリムはチビと一緒に駆け寄って来て「頑張ります!」と敬礼した。
俺は改めてリリーナ、ユイ、プリムの顔を見渡す。
「じゃ、まぁ今日も一生懸命やりますか。」
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