第26話 ではこちらへ。
「・・・う、ちょっと太ったな。」
満田を説得しに行く日の午後、真っ黒なスーツに手を通し、ネクタイをキュッと閉める。これを着るのは会社を辞めて以来だったが太ももの辺りが窮屈でベルトの穴も一つ外にしないといけなかった。
「よし、行くか。」
気合を入れ部屋を出て外へと向かう。車の前まで来ると待っていたリリーナたちが初めて見る俺の姿に驚いた。
「まぁ、素敵なお洋服です。」
「雄太、カッコいい!」
「・・・少しはまともになった。」
「ありがとう。リリーナさんとユイさんだって今日キマッてますよ。」
見慣れたジャージ姿ではなくリリーナはドレス、ユイは甲冑を身に着けていた。本気の格好ということなのだろう。しかし、プリムだけはいつも通り俺のお古のパーカーだった。
「お前はそれでいいの?ダボダボだぞ。」
「うん。これでちょうどいいの。」
もはや何も言うまい。俺は玄関に立っている婆ちゃんとクラウスさんを見て右手を上げる。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております。」
「・・・雄太、みんな。怪我だけはするんじゃないよ。」
クラウスさんはお辞儀をして、婆ちゃんは心配そうな顔で手を上げた。
――――――
車ではリリーナが助手席に座り、ユイとプリムが後部座席に納まる。走り始めるとすぐにプリムがはしゃぎ出した。
「こらっ、暴れるな。静かに座っていろ。」
注意するユイの声が聞こえて来る。
「・・・だって、お出かけ初めてなんだもん。」
「遊びじゃないんだぞ。」
「むぅ、ユイのケチンボ。」
2人の会話を聞いていたリリーナが「ふふっ。」と笑う。
そっか・・・そうだったな。リリーナ達はまだあの島から出たことがないんだった。
この件が落ち着いてたらみんなでどこかに行くのもいいな。お弁当持って。
そのために何としても説得を成功させないと。
俺はアクセルを踏む足に力を込めた。
――――――
満田の敷地には奴の車が止まっている。
どこにも行ってないようだな。しかし、ここで合流予定の牛田達はいない。
どうしよう、1人で先に行くか?・・・いや、連絡を取ってみよう。
携帯を鳴らしてみるがコール音が続くだけで繋がらなかった。
1人で行くしかないな。車を降りて玄関の前に立つ。深呼吸を一度して、インターホンのボタンをゆっくりと押した。
・・・だが、昨日あれだけピンポンと鳴った音がまったく聞こえない。何度も押してみるが同じだった。
どうやらインターホンのスイッチを切っているらしい。
「居留守・・・なのか?」
ドンドンドンッ、と扉を叩いた。大声で名前も呼んでみる。しかし、満田が出て来る気配はなかった。
これでは満田を説得することはできない。
「くそ、話すら聞かないってことかよ。」
一旦車へ戻ることにした。このままではまずい。
――――――
「どうしました?」
リリーナが心配そうに聞いて来る。
「ダメです。車もあるし満田は中にいると思うんですけど、出てきません。」
「いっそ私が切り込もうか。」
剣を手に取るユイ。
「暴力はまずいですって。」
「満田さんはこの後公爵のところへ行くのでしたね。それを待ってみるのはどうでしょうか?」
「・・・今のところそれしかないですね。でも、ここに俺達がいたら奴は家から出て来ないかもしれない。ちょっと離れます。」
俺は来た道を戻り満田の家からは見えにくい脇道に車を止める。
「しばらくここで様子を見ましょう。」
リリーナは「わかりました。」と言って静かに頷いた。
―――――
太陽が傾き始めうす暗くなってくる。すると、満田の家の玄関にポッと明かりが点くのがわかった。
「あいつ、やっぱり家にいたんだ。」
ガラッと戸を開けて満田が家の中から出て来る。そしてそのまま山の方に向かって歩き始めた。
「公爵に会いに行くのでしょうか。」
「たぶんそうだと思います。でも、あの先は行き止まりで何もないはず。公爵は本当にいるんでしょうか。」
「・・・行って確かめましょう。」
「あ、ちょっと待ってください。暗いと危ないんで懐中電灯持っていきますから。」
俺達は車を降りて満田に気づかれないよう一定の距離を保ちつつ後をつけた。
「・・行き止まりですね。それに誰もいません。」
やはり俺の言った通り行き止まりになる。そこに満田の姿はない。
「へっくち!うぅ、ここ寒いよぉ。」
可愛いくしゃみをしてプリムは震える体を温めようと自分を抱きしめていた。
「大丈夫か?これ、着ろよ。」
スーツのジャケットを渡すとプリムは嬉しそうにそれを着る。
「ここは鍾乳洞から出る冷たい空気のせいで夏でも涼しいんだ。ほら、あそこ。」
俺は山の斜面を指差した。そこには2メートルくらいの不気味な縦穴が空いており中から白い空気が出ている。
「・・・雄太、あそこの中はどうなっている。」
「え?う~ん、確かあそこも奥は行き止まりなはずだよ。子どもの頃に入った時の記憶でしかないけど。」
「姫様、私はあの中が怪しい気がします。」
ユイの言ったことをリリーナは少しだけ考え、やがて頷く。
「雄太さん、行ってみましょう。」
鍾乳洞の入口の前に立つとあふれ出る冷気の勢いはさらに強くなる。
「私が先頭を歩く。姫様は真ん中、雄太とプリムは後ろを頼んだ。」
ユイの指示に従って隊形を作る。俺は後ろから懐中電灯を照らし、その明かりを元にユイは剣を構えながら前進した。
―――――
5分くらい歩いただろうか、暗闇の奥の方からユイとは違う、ガシャン、ガシャンと金属がこすれ合う音が聞こえて来る。空気が緊張するのがわかった。
「・・・気を付けろ。」
ユイが臨戦態勢を取ったのを見て、俺の心臓はバクバク言い始める。
お、落ち着け、落ち着け雄太。
そう自分に言い聞かせる。すると空いていた手をプリムが優しく握った。
・・・ありがとう、プリム。
前から現れたのは全身を鎧で覆った2人の騎士でその鎧に付けられた装飾は華麗を通り越して悪趣味と言っていいほど派手だった。
彼らは俺達の姿を確認すると洞窟中に響き渡るほど大きな声を出した。
「止まれ!貴様ら何者だ。ここがロバート公爵の私有地と知って立ち入っているのか!!」
公爵の私有地?いつからここはそうなったのだろう。
「答えろ!」
「ユイ、雄太さん。ここは私に任せてください。」
リリーナはゆっくりユイの背中から出ると、威厳のある声で言った。
「私の名はリリーナ=メイザース。」
その名前を聞いて騎士たちは明らかに動揺する。
「リ、リリーナ=メイザース!?ま、まさか・・・姫様?」
「あなた方は公爵の私兵ですね。公爵のところまで案内をお願いします。」
リリーナは頷いて権力者としての笑顔を兵士たちに向けた。すると2人は態度を改め一礼すると、「こ、こちらです。」と慌てて来た道を戻り始める。
「すごい。まるで偉い人みたいだ。」
ユイが小さく「偉いんだ。」と言った。リリーナがどこか遠い人のようになった気がした。
―――――
やはり俺の知っている鍾乳洞とは違っていた。奥へと進むにつれて次第に明るくなってくる。
「あそこが出口です。」
行き止まりのはずの洞窟から外に出れた。そして、そこに広がる光景を見て俺は愕然とする。
「う、嘘だろ。こんなところにどうやって。」
目の前には見渡すことができないほど広大な農場が広がり、多くの作物が実っていた。人間がクワを振るったり、収穫をしたりしている。
そして、それを見張るようにして屋敷が1つ建っていた。
「姫様、公爵様はこちらです。」
「その前に1ついいかしら。ここは何というところですか?」
「は、はぁ。『イロリナ農園』ですが・・・。よろしいですか。ではこちらへ。」
イロリナ農園と聞いてリリーナとユイは難しい顔をする。そして俺達は騎士に連れられて公爵のいる建物の中に案内されるのだった。
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