第22話 一緒に農業をやる仲間ってことです。

この屋敷について簡単に説明しよう。1階は食堂、調理場、風呂場、応接室などがあり、2階は寝室がメインとなっている。


リリーナ達がこの世界に来て以降、1人ずつ部屋が割り当てられ、屋敷に向かって右側を男性陣、左側を女性陣が使用していた。


部屋の中はベットとクローゼット、小さな机があるくらいで他には何もない。リリーナが不必要な装飾、置物をすることを嫌がったらしい。


「姫様は無駄なことに対して公費を出費なさいませんでしたので。」


自慢げに言うクラウスさんの顔が忘れられない。


反対に俺と婆ちゃんが住んでいた家は物で溢れかえっていた。


どちらも生活力には少し欠けていて俺は男でガサツだし、婆ちゃんは農業に専念し過ぎて家のことには手が回らなかった。


「クラウスさんが来てくれ本当によかった。」


婆ちゃん最近何回もこう言う。そう、3000万円という金額をリリーナに吹っ掛けたはしたが、ここでの生活も気に入り始めているのだった。


――――――

風呂に入り、夕食を食べて俺は部屋に戻って来た。


「ふぅ、よく食べたな。美味しかった。あいつらもバカなことしなければ一緒に食べられたのに。」


窓を開けると夜風が入り込んで来て気持ちいい。


「・・・やっぱりのぞきなんかするもんじゃないよな。」


「う、うるさい。」 「お前に。」 「俺達の気持ちがわかるか。」


「よく死ななかったな、お前ら・・・。」


樹に縛られ高く吊るされたミートリオが口々にわめいている。体中傷だらけでユイの激しい折檻を受けたのがわかる。


「何度も。」 「死ぬかと。」 「思ったぞ!」


しかしあれだ、ユイは男に触られるのはダメなのに、自分から拳で殴るのは平気なんだな。


「黒崎。」 「助けて。」 「腹減った。」


「そうしたいのは山々だけど、ユイさんに叱られるのは俺も怖いからな。そのままの状態を楽しんでくれ。」


さて、もうすぐリリーナが来る頃だろう。何もない部屋とはいえゴミくらいは捨てておかなければ。


・・・と言ってもクラウスさんが昼間に掃除をしてくれるおかげでゴミを見つける方が難しかった。


「あ、そうだ。」


大事なことを忘れていた。こんなのが見えたら気分悪くなるもんね。


俺は窓を閉めて、外が見えないようカーテンもしっかり閉じた。


―――――

コンコンッ。


部屋の扉をノックする音が聞こえ、そして「雄太さん。リリーナです。」という声がする。


俺はいたって冷静に「開いてますよ。」と返事をした。すると、扉をソロソロと開けてパジャマ姿のリリーナが入って来るのだった。


「お休み前にお邪魔して申し訳ありません。」


「外を眺めることくらいしか、この部屋ではやることがありませんから。大丈夫ですよ。」


「夜に何か見えますか?あ、お星様でしょうか。」


「・・・今日は大きな妖精が見れましたね。3匹ほど。」


「まぁ。私も妖精を見てみたいです。」


あんなオッサンの妖精を見たらリリーナも男嫌いになるかもしれない。


「目が腐りますからやめときましょう。あ、俺のベットに座っていいですよ。」


そう言われリリーナは静かに腰かけた。


俺は隅に置いてあった椅子を取り寄せ座り、向き合う形になる。


「ベットに座ってくださればいいのに。」


この人は何を言ってるんだ?年が離れてるとはいえ、仮にも男と女だぞ。俺にだってそういう気持ちがないことはない。むしろある。


改めてリリーナを見る。


可愛らしい水玉模様のパジャマを着て、俺のベットにちょこんと座っている。


うん、やっぱり可愛い。可愛いだけにまずい。ミートリオのようにはなりたくない。


「いやいや、ユイさんに見つかったら殺されますので。」


ふぅ、よかった。理性の方が勝っている。


「ふふっ。」


何とか自分を抑え込もうとする俺を見ていたリリーナから突然、笑みがこぼれた。


このお姫様、オッサンをからかって楽しんでいるな。大人の男は純情なんですからね、からかうのはほどほどにしてください。


―――――

「そ、それで話って何でしょう?」


ドキドキしたせいか、声が上ずってしまう。


「お婆様からもらった畑のことです。私はこの畑を通して、ここで自立できる力を身につけたいのです。そのために、雄太さんのお力をお貸しください。」


リリーナは大きく頭を下げる。


ユイの言った通りだ。彼女はこの世界で生きていこうとしている。


「は、畑のことなら婆ちゃんに聞いたほうがいいんじゃないですか?」


「お婆様はこの畑には何も口出ししないとおっしゃってました。それは雄太さんのためでもあるそうです。」


「俺のため?」


「はい。今とは違う雄太さんになって欲しいとのことです。」


婆ちゃんはそろそろどうするか決めろと言いたいのだろう。今は手伝って小遣いをもらうだけの情けない状況だし。リリーナの畑を手伝うことをきっかけに、農業を真剣にやれってことかな。


リリーナのお願い、ユイの頼み、婆ちゃんの想い、松本さんの誘い・・・。


ダメだ、これはいい加減に答えちゃいけない。ちゃんと整理してよく考えるんだ。


①、リリーナと一緒になって農業に専念する。

  ・リリーナ達とずっと暮らせる。

  ・わずらわしい人間関係なんかない。

   (ミートリオが頻繁にやって来る可能性はある。)

  ・収入が不安定、食べていけない可能性がある。

  ・ユイの好感度が大幅に下がる(たぶん)。


②、松本さんの話を受けて仕事を始め、畑を手伝わない。

  ・収入が安定する。

  ・ユイの好感度が大幅に上がる(たぶん)。

  ・いろんな人に立ち向かわないといけない。

  ・リリーナ達とずっと一緒には暮らせない。



・・・



・・・・・・・




あれ?ちょっと待って、考えるまでもなくない?


どう考えてもリリーナのお願いを受け入れたほうがいい気がするんですけど。


確かに収入は不安定になるかもしれない。


でも、だからって死ぬことはないだろ?おそらく。


『リリーナたちとずっと暮らせる』ってことは、リリーナにからかわれ、プリムの可愛いイタズラに怒りながら、ユイに殴られる。クラウスさんの美味しいご飯付き。


・・・いい人生じゃないか。


ユイの好感度が下がるって言ったが、今がすでに最低値 (なはず)だ。これから根気よく上げればいいだけのこと。





決めた。




俺、リリーナと一緒に農業頑張る。


「リリーナさん。」


「はい。」


「一緒に畑を大きくしていきましょうね!!」


「はい!!!」


ガサガサガサガサ!!


なんだろう?窓の外から何かが激しく揺れる音がする。それに、気持ち悪い男の声も。


(黒崎、てめぇ!) (う、裏切り者!!) (殺す、まじでこいつ殺す。)


「・・・何か聞こえませんでしたか?」


「・・・妖精が騒いでいるんでしょう。」


後で妖精が吊るされた枝を切ってしまおう。新しい生活をスタートする前に死にたくはないもんね。


―――――

「良かった。」


リリーナはホッとしたような顔をする。どこか俺が断るのではないかという不安があったのかもしれない。


「俺達は今日から正式にパートナーですね。」


「パートナー?」


「一緒に農業をやる仲間ってことです。」


そして俺は右手を彼女の前に差し出し握手を求めた。


リリーナは意図がすぐにわかったようで躊躇うことなくその手を握り返す。


2人の田舎生活はここからが本番だ。


「雄太さん、『私たち』が一緒に作る初めての野菜は何になりますか?」


「そうですねぇ、夏向けの野菜なんかがいいと思うんですよね。」


キュウリ、トマト、ピーマン・・・簡単に作ることができて単価の高いもの。


俺は去年の夏、満田が言っていたことを思い出していた。


「枝折れナスなんかいいかもしれません。」


「枝折れナス?」


リリーナはまだ見たことないこの世界の野菜に首をかしげるのだった。

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