第21話 必要なのは棺桶でしょう。
「はぁ、疲れた。腰が痛い。」
「あの程度の広さで疲れたなんて情けない。昔は機械なんてなかったし、広さは何倍もあったんだよ。」
「・・・身に染みた。」
午後から再開した土起こしは夕方までに終わらなかった。人力だけでやることがいかに大変かわかった気がする。
暗くなる前に作業は一旦中止して屋敷へ戻ることとなった。婆ちゃんの提案で朱色に染まった砂浜をみんな裸足で歩く。太陽の熱が足の裏にじんわりと伝わってきて気持ちいい。
「また、明日頑張りましょうね。みなさん。」
リリーナに声をかけられて「はい、もちろんです。」とユイは答えていた。俺はその光景を見ながら昼間の休憩時間にユイと2人で会話した内容を思い出す。
―――――
「え!?リリーナさんの手伝いを真剣にやるなって?」
「バ、バカッ。声が大きい。姫様に聞こえるだろ。」
男に触れないユイは近寄って俺の口をふさぐことはできない。右手の人さし指を口の前に立てて『シーッ!』っと言う。慌てて声のトーンを落とした。
(ご、ごめん。でも手伝うなってどういうこと?)
(私たちはこの世界とは別の世界から来たことはわかっているな。)
(それはもちろん。)
(姫様はここでの生活を楽しんでおられる。元の世界に帰りたいと言わないし、考えてもいないようだ。)
たしかにリリーナは毎日ニコニコ笑ってて充実しているように見える。
(・・・だが、それでは困るのだ。姫様のお力がないと国が傾いてしまうかもしれない。国王である父君の命令で嫌々していたとはいえ、姫様の政治能力は父君や兄よりはるかに上だ。メイザース家のためにも戻ってもらわないといけない。だが、この畑が順調に行くと一生ここで過ごすと姫様が言い出しかねない。)
(つまり、畑を失敗して帰りたくなって欲しいと?)
(そうだ、婆様は畑のことに口出ししないと言っていた。お前がばれないように手を抜けばうまくいかないだろう。自分がこの世界で生計を立てることができないとわかれば国に帰りたくなるはず。私がその間に国へ帰る方法を見つけておく。なに、婆様と約束した金のことは心配するな。国に戻れればどうとでもなる。)
リリーナにはやるべきことがあるんだな・・・。
俺は大勢の人の中で働くことに疲れ、ここに逃げ帰って来た。商社に勤めていた俺は仕入先と販売先の間に入ってペコペコ頭を下げてばかり。もううんざりだった。
リリーナがここの生活を気に入って、心底楽しんでいるように見えるのは、俺と同じで多くの人のために権力を振るう仕事から逃げたいと思っていたからではないだろうか。
でも、俺と彼女は全然違う。
彼女には国で帰りを待っている人がいる。
俺にはどこにも待っている人なんかいない。
いや、たった1人だけ認めてくれた人がいたっけ・・・。
(ユイさん、実はですね。ある人から仕事の誘いをもらってまして。それを受けると畑のことはあまり手伝えなくなると思うんですよ。)
それを聞いたユイの顔はパァッと明るくなる。
(なんだ、プラプラしているだけのダメな男と思っていたのに。婆様も心配していたぞ?雄太はこのままでは1人で生きていけないって。)
婆ちゃん、そんな風に思ってたんだな。
(まぁ、何にせよ姫様には国帰ってもらわねばならん。雄太も私たちのことは気にせず、自分のことを頑張るんだな。)
―――――
俺もずっと婆ちゃんの手伝いだけをしているわけにはいかない。
農業の道へ進むのか、松本さんと一緒に働くか。
「私たちのことは気せず、自分のことを頑張れ・・・か。」
「え?何か言いました?」
誰にも聞かれてないと思ったのに、いつの間にかリリーナが横を歩いている。
「ななな、なんでもないです。独り言です。」
「ふふっ、変な雄太さん。」と彼女は笑った。
しばらく並んで歩いていたが、リリーナはいきなり「そうだ!」と言ったかと思うと砂を蹴って俺の前に回立った。笑顔をこちらに向けると手を後ろに組んで言う。
「雄太さんに相談したいことがあるんです。今日の夜、お部屋に行きますから寝ないで起きててくださいね。」
―――――
屋敷に着くとクラウスさんがいつものように出迎えてくれた。
「皆さま、お疲れ様でした。姫様、お風呂の用意ができております。」
「ありがとう。クラウス。お婆様、ユイ、プリム行きましょう。」
女の子たちは体についた汗と泥を落とすため風呂場へと向かって行く。
俺も風呂が空くまで休憩しようと思い屋敷の中へ入る。すると、玄関の扉の内側でモゾモゾと動く影があった。
「黒崎くぅん。」 「お帰り。」 「なさ~い。」
「うわっ、お前らまだいたのか。」
顔が青くゾンビみたいだったが牛田、玉崎、鳥飼の3人だ。どうやら動けるくらいには回復したらしい。
「早く帰ったら?自分ちの仕事どうするんだよ。」
「いや。」 「まだ。」 「帰れない。」
「・・・ぶつ切りで話すのやめて普通に喋ってくれない?それに帰れないって何でだよ。」
『女の子が風呂に入っているなら、のぞきに行くしかないでしょうが!!』
変態たちは声と心を1つにして高らかに言った。
「待て、お前ら。のぞきはよくない。犯罪だ。それに、もしばれたら三途の川を渡るまで殴られるぞ。」
「・・・なんかお前、のぞいて殴られたことがあるみたいな言い方だな。」
ギクッ。いや、あれば事故だ。のぞきなんかじゃない。
「私も40年若ければお供したのですが・・・。」
「クラウスさん、いきなり乗っかってこないでくださいよ。こいつらが引き返せなくなりますから。な、今ならまだ間に合う。のぞきなんて馬鹿なことはやめるんだ。」
「黒崎、お前はどうか知らないが俺達は妖精なんだ。」
妖精って。玉崎、お前はいきなり何を言い出すんだ。ついにおかしくなったのか?
「この世に生まれ落ちて31年。女の子のことを何も知らずにここまで来た俺達は人間から進化して妖精になってるんだ。そうだろ牛田。」
「ああ、その通りだ鳥飼。そうさ、妖精である俺達は帰らなくちゃいけないんだ。女子のお風呂場というネバーランドに。」
『黒崎君、一緒に行こう!!』
「お断りします。」
ミートリオは俺に悪態をつきながら屋敷の外へと出て行った。おそらく窓からのぞくつもりなのだろう。
「クラウスさん。」
「はい。傷薬や包帯の準備は出来ております。」
「いや、必要なのは棺桶でしょう。」
あいつらが生きて帰れるとは到底思えなかった。
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